Novel

□Shin'sBirthday
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慣れたぬくもりが側に無いことに気づき、目が覚める。

俺の隣で毛布は抜け殻のように小さな人型の皴を作ったまま丸まっていた。
朝の空気が次第に冷たく澄んだものになりつつある海域で、僅かな隙間に滑り込む空気が剥きだしの肩を震わせる。

引き寄せた毛布に残る●●の香りは柔らかく俺の身体を包み込み、脳に残る甘い余韻を貪り続けたくなるほどに心地いい。

一人で眠らない習慣をいつから俺は日常へと変えたのだったろうか。

もうハッキリと思い出せない程両腕が記憶する温もりを求め、その不在に反応して目覚めるようになってしまった。

寝転んだまま小さく息を吸いこむ。
「…はぁ。眠り過ぎたか…」
吸いこんだ息を吐き出すと身体がすっきりと目覚めてくる。

アイツが俺よりも早く起きるなんて珍しい。
「今日は豪雨か?」
呟いた言葉に自分でおかしくなって笑ってしまう。
目の前に居なくても、こうして笑顔になってしまうくらい―全てがアイツで満たされていた。



コンコンッ
二度のノックの後、ドアが開く。
エプロンをした●●が勢いよく顔を出した。

「シンさん!おはようございます!もうすぐご飯ですよ〜寝坊なんて珍しいですね!」
「寝坊じゃねーよ。夜はどっかの誰かが寝かせてくれねーからちょっと寛いでただけだ」
「え?私の寝言や寝相はマシになったはずですよ?!」
「…そっちじゃねーよ」
「っわかってますけど!寝かせてくれないのはむしろシンさんでっ!私だってドキドキして眠れなくてっ…」
「ベッド入って3秒で眠るヤツが何言ってるんだ。おかげで俺はイライラして寝不足だ」
「へ?確かにベッド入った直後の記憶は曖昧ですけど…って、っあ!」
毛布をどかしてベッドから身体を起すと、●●は顔を赤らめる。

「今更何を驚いてるんだ」
軽く伸びをすると、
「えっ!だって…起き抜けのシンさんって…」
「何だよ?」
「色気がありすぎるんですもん!朝から心臓に悪いっていうか〜」
●●は染まった両頬を抑え、目を逸らして早口になる。

「き、きょうの朝御飯はですねっ。シンさんの好きなアロエヨーグルトとシュリンプサラダ、クロワッサンとハムエッグと苦めのコーヒーでっ」
朝食のメニューは美味そうだが、それよりもっと美味そうなものが目の前にある。

「へえ…ちょっとこっちに来い」
「や、やだ…その顔は絶対良からぬことを企んでますよね?」
「企んでたとしても来い。3秒以内にだ」
「う…ちょっとだけですからね!すぐ戻らないとご飯の配膳のお手伝いが…」
●●が観念して近付いてくる。
その腕を掴み、腕のなかへ引き寄せる。

「ぎゃっ」
少し屈み、赤く色づいた耳を食むと、●●は色気のない叫び声をあげた。

そして耳を抑えてバッと離れようとする。
「何だよ。色気のねー反応だな。昨夜はあんなに素直だったってのに」
「そそそういう問題じゃっ…た、食べないでくださいっ」
「仕方ねーだろ。美味そうだったんだから。ほら、ますます赤くなって食べごろだ」
つうっと耳から首筋に指を這わせると、●●はビクッと身体を震わせる。

「私は食べ物じゃないんですっ」
「フーン」
「私より朝御飯食べてください。えっと今日はシンさんの好きなものばかりで」
「ん。さっき聞いた」
食堂へ戻ろうと後ずさる●●に詰め寄り、その頬にチュッとキスを落とす。
「う。き、聞いてます…?シンさん?!」
「聞いてねー」
「き、聞いてくださいよ〜!そして服着てくださいっ」
「嫌だ」
「駄々っ子ですか!?珍しい!ちょっと、いやかなりドキッとしちゃったじゃないですか!」
「だろ?」
「確信犯ですかぁ!?」
クックッ、と俺の楽しい笑い声が部屋に響く。


「ほら、トワ。シンを呼びに行かせるの●●じゃ駄目だろ。ぜってーこんなことなってると思ったんだよ」
「ハヤテさん。でも前に僕が呼びに行った時すっっごい怖い顔で睨まれたんですって」
●●の肩越しにドアの入り口から間抜けた声が聴こえる。

「ったく。あのシンが色ボケするとはな。●●…おそろしーヤツだぜ」
「まったくですね。あのシンさんが女の人にこんなふうに…あ!朝食はちゃんと残しておくのでごゆっくり〜」

「…覗いてんじゃねえよ」
「…」
俺と●●は二人そろって開け放たれたドアを見る。

「うわああああ!見られました!見られましたよシンさんっ!は、恥ずかしい!むりっ!」
●●は顔を覆ってうずくまる。
「それは今更だろ」
「いやですっ。わ、私は恥ずかしいんです」
「俺とこうするのがか?」
「違いますっ!そうじゃくてっ。シンさんはそりゃあ凄く色っぽいしカッコいいし!シンさんとするのがってことじゃなくて!
今から食堂で皆でご飯食べるんですよ?恥ずかしくて顔合わせられない…」
「諦めろ。あいつらの事は空気だと思え」
「思えません…だってハヤテさんニヤニヤして見てくるしトワ君もキラキラした目でみてくるしっ」
「なら睨み返してみろ」
「え?睨む?」
「お前はいつまで経っても海賊らしい迫力がないからな。ほら、俺をあいつらと思ってやってみろ」
「そ、そうですよね。はい…」


「ぶっ」
「シンさん?何で笑うんですか?睨んでるんですよ?!迫力出てますか?」
コイツ、笑わせる気しかねーのか?
真剣に眉を寄せるが、ポメラニアンが震えながら威嚇しているようにしか見えない。
可愛くて仕方ない。

「なんだそれは。誘ってるのか?」
「何でそうなるんですか!睨んでるんですってば」
●●の頬を両手で挟むと、むにっと寄せる。
「ひんひゃん。ひらふぃひふいれす」
「何言ってるかわからねーな」
「はらひてふらふぁい」
「ぷっ。おもしれー顔」
俺が笑うと、●●は顔を真っ赤にして怒ったように顔をしかめた。
「やればできるじゃねーか。だが、それじゃ逆効果だな」
寄せた頬に突き出た唇に自分のそれを重ねる。

「っ!」
唇を離し、何とも言えない表情を浮かべる●●に満足した俺は脇にあったシャツを手に取って纏う。
「ほんとにお前といると退屈しねーな。こんな何気ない朝でもな」
着替えながら呟くと、
その背中から俺の身体に細い腕が回される。

「シンさん」
心臓の裏側から心地よい声が響く。

上着に手を伸ばし、振り返った俺は●●ごと包んで抱き寄せる。
俺の上着にすっぽりと収まり顔を出した●●は真っ直ぐに俺を見て微笑む。

「何だ?」
「何でもない朝じゃないですよ。今日はシンさんが生まれた日なんですから。お誕生日、おめでとうございます」
「ああ」

そういえば今日は11月11日だ。
毎年律儀にカウントダウンをしている●●を見慣れつつある俺はすっかり油断していた。
だからコイツはいつも以上に早起きでいつも以上に元気で、いつも以上に――幸せそうなのか。

「やったー!今年も一番に言えましたよ!」
「フン。そんなに喜ぶことか?これからも毎年一番に祝わせてやる」
「毎年毎年、絶対一番にシンさんに言えるように頑張りますね!」

当然だろう?
お前が居ない11月11日など何の意味も無い。
俺に再び命を与えたのも、生きる意味を与えたのも、
今こうして世界中で一番俺が幸せなんだと思えるのも。
全てお前と出会えたからだ。
お前が目の前で笑っているからだ。

「さぁシンさん!朝御飯食べましょう!今日はシンさんの好きなものばかり張り切って作ったんですから!お昼も夜も愉しみにしておいてくださいね!」
「一日すごい量を食わされそうだな」
「ナギさんスペシャルもありますよ!ケーキもあります!あ、もちろんお酒も!夜は宴ですもんね!」
「ああ。だが宴は適当に引き上げるぞ」
「え?何でですか?」
「11日11日の最後に食うのは一番好きなものだと決めてるからだ」

俺は上着を羽織り、●●に微笑みかける。
理解したのか●●は頬を弛ませた。
「ぷっ。ニヤけて気持ちわり―顔」
「に、ニヤケたっていいじゃないですか〜。シンさんが生まれてくれたお誕生日なんだもん」
「やらしーヤツだな」
「何でそうなるんですか!もう!」
「ハハッ」
「ん…でも、今日は特別だから…さ、最後も頑張ります」
小さな声で●●は告げて、はにかむ。
「ヤバい。今のはマズい」
「え?」
「この俺が理性を飛ばしそうだった」
「!」
俺達は笑いあいながら、食堂へと向かう。

俺が色ボケている?
フン。冗談じゃない。
そんなハズないだろう?
俺は極めて冷静に、確実に。
この恋に溺れている。







【掲示板】シンさんお誕生日おめでとう





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