Novel
□Sailing day
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「シンは?」
「航海室に籠ったままだ。食事はいらないとの事だったけど、何か持って行った方がいいね。」
「おいハヤテ。これを持って行ってくれ」
「げ!何で俺が」
ナギ兄とソウシさんの会話を余所事のように聞いていると突然ふられる。
「今日お前の代わりにシンが剥いたポテトだ」
「わ、わかったよ!持ってきゃいーんだろ」
ナギ兄の有無を言わせない凄みに、仕方なくトレイを受け取る。
サンドイッチとフライドポテト。そして酒。
フライドポテトは俺が食いたいって言ってたからナギ兄が加えてくれたメニューだ。
「おいメシだぞー」
ドアを開けると、シンは机に向かって海図を描いていた。
「おい?メシだっつってんだろ」
返事をしない。
「おいっ!」
「うるさい。デカイ声出さなくても聞こえてる。邪魔するなら出て行け」
「なら返事くらいしろよ!」
こっちも見ずにペンを走らせている。
せっかくこのオレが運んでやってるってのに…こんな愛想のねーヤツほっとけばいいのに、ソウシさんもナギ兄も甘すぎだろ。
「ったく。ここに置くぞ」
机の脇にトレイを置く。
「ナギ兄のフライポテトうめーんだから、いらねえならオレが食うぞ」
「…」
シンは無言で海図と向き合ったままだった。手元の海図を覗き込む。
「すげ…」
思わず声が出て、オレは慌てて口元を押さえた。
細かいヤツだとは思っていたが、シンが描いているのは今まで見たことないくらい緻密な海図だった。
「コレって船長が持ってた海図と同じだよな!」
「…」
シンはじろりとオレを睨んだ。
「同じのを描いてんのか?何でだ?」
「…邪魔するなと言っただろう」
シンがカチャリと銃を取り出す。
「そーいやお前の銃って年季入ってるワリにピカピカだよな。毎日磨いてんのか?」
目の前の銃が丁寧に手入れされてることは一目瞭然だ。
「チッ…」
銃をしまいつつ思い切り嫌な顔で舌打ちされるが、何か段々コイツの事が分かってきた気がする。
嫌味なヤツに変わりはないが、根っからの悪党ってわけでもないらしい。
まぁ船長がそんな変なやつを誘うワケはねーんだが。
どっちかっつーと、どっかのデキの良い坊ちゃんが無理やり悪ぶってるっつーか。そういう印象。
それにこの海図。
相当器用で頭が良いらしい。
「なぁ。同じ海図を描いてどうするんだ?」
「馬鹿か。全く同じじゃない。」
「おい、いちいち馬鹿つけねーと会話できねえのかよ?」
シンはフンと鼻を鳴らしてから、船長の持っていた海図を拡げた。
そして自分の描いている海図を上に重ねる。
「この出鱈目な海図を描いたヤツも相当正確な測量士だろう。かなり正確なものだ。だがわざと間違えられた部分が多い」
「ま、船長もそう言ってたな」
「緯度、水深、岩礁、潮の流れ…。俺が描いた正確な海図と船長の持っていた出鱈目な海図の二つを比べて違っている部分だけに印を付ける」
「おお!なるほど」
「印を付けた箇所は一見バラバラで共通点が無いように見えるが、実は一つの海流で繋がっている」
「おお〜!」
「その海流が最終的に交わる場所はここだ。この海流はマジックアイランズからモルドー周辺を巡りまたマジックアイランズに戻る」
「で?その海流っつーので何がわかるんだよ?」
「そこで船長の持っていた海図のバツ印だ。ここに何があるか?ここは常に強風が発生する海域だ。強風で海水が移動することで深海から湧昇が起きる。」
「湧昇?」
「深海の栄養塩が海洋表面に上がることで生態系に恵みをもたらす。人間も例に洩れずだ。楽園と呼ばれる島が出来てもおかしくはない。これがさっきの一本の海流によって運ばれる先…他の海流や風、地形を全て考慮して、島が存在するなら、それはこの辺りしかない」
シンは描いていた海図にペンで丸印を付けた。
「すげー!そこにヌーディストアイランドっつー島が?!」
「多分な」
「そーと解れば速攻船長に目的地を言おうぜ!」
「だからそれを言うために今海図を仕上げてた。場所は特定できたが、辿り着くまでに障害が多い。それを描きこんでいた所をお前が煩く邪魔をするから…」
「ヌーディストアイランドっつーのは何か凄い宝があるんだろ?こんな手の込んだめんどくせー行き方しかねえワケだし」
「さぁな。あそこに特別な宝が眠ってると聞いたことは無い」
「じゃあ何でそんな島に船長は行きてーんだ?」
「知るか」
「まぁオレは美味いモンあればいーけど」
「単純なヤツだ」
「んだと?捻くれてねーって言え」
シンはフンと笑う。
海図の謎が解けたことが嬉しいのかシンが随分上機嫌にみえた。
へえ。こういうわかりやすいトコもあんだな…
「何だ?人の顔見てニヤついて気持ち悪い」
口を開くとクソ憎たらしいけど!
「さて。食堂戻ってメシ食ってくっか!」
「さっさと行け」
シンは追い払うように手の甲を振る。
その手には再びペンが握られ、これからの俺達の旅の行方が描かれていく。
可愛げねーのは変わらないけど、コイツに任せておけば何か色々大丈夫な気がしてきた。
「そのサンドイッチに入ってっけど。ナギ兄特製ローストビーフは最高に美味いから残さず食えよ!美味すぎておかわり食いたくなっても、早く食堂まで来ねーとオレが全部食っちまってるからな!」
オレはシンがペンを置きトレイの上の食事に視線を移したのを見てから、航海室のドアを閉めた。