Novel

□Sailing day
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マジックアイランズに入り込んで3日。
うだるような暑さの朝を迎えたと思えば、昼には嵐が船を襲う。そして夜には凍える程の寒さが体温を奪う。
過酷な海域は無数に散らばる島々に眠る宝を守るべく侵入者を篩にかけているかのようだった。
危険なのは天候だけではない。最も注意すべきは暗礁の発見だろう。海底岩石も多く入り組んだ地形は障害だらけだ。

一瞬でも油断は出来ない――

「おいシン。船長から差し入れだ」
操舵輪を握る俺の側に、コートを着込んだハヤテが酒瓶を持って近づいてきた。

「ああ。丁度喉が渇いた」
蓋の空いたそれを横取るとグイッと流し込む。強いアルコールが喉を焼き、身体の芯を温める。

「お前さ、ちょっとは休めねえの?そりゃ気が張る海域だってのは分かってんだけど、ずっとピリピリしてるだろ」
「お前が呑気過ぎるんだろう」
「はぁ?オレは気遣って言ってやってンのに、相変らず性格悪いヤツだな」
「そりゃどーも」
「褒めてねえ!」
ブツブツ言いながら、ハヤテはもう一方の手に持っていた酒瓶を飲んだ。
どうやら直ぐに船室に戻る気は無いらしい。


カタンッ

船尾で僅かに音が聴こえた。
冷たい強風に混じって妙な気配を感じる。

「…おい」
舵を握ったままの俺の背でハヤテが呟く。
「ああ。客みてーだな」

俺が視線を遣ると、
ハヤテはそっと剣を抜いた。

「チッ。よりによって厄介な海域で…」
「ま、退屈しのぎに丁度いいじゃねーか。このハヤテ様一人でじゅーぶん!シンは酒呑んで舵を握ってろよ」

俺とハヤテの周りをあっという間に数人の男達が囲む。
ボロボロの布を纏い、身体中泥だらけで瞳が爛々と飛び出ている。この海域で彷徨い、食べ物を失った海賊だろう。脇にそっと船を付け、乗り込んできたようだ。
…全部で四人か。決死の突撃だとすれば多少厄介だが、たいした数ではない。

「ちょうど良いところに獲物が通ったぜ。俺達の船はもう駄目だ。今からこの船を乗っ取る!」
男達のリーダーらしきヤツが舌なめずりするように言う。

「フン、遭難したのか。腕も無いのに危ない海域をうろつくからだ」
俺が言うと、
「オレ達もシン次第でこうなっちまうって事かよ。やべーな」
剣を構えたままハヤテが茶化す。

「聞き捨てならねーな。俺は船を駄目にするような腕はしてない」
「ならいいケドな!」
泥だらけの男達が剣を振り上げてハヤテに飛び掛かるが、ハヤテの二刀流に弾き飛ばされる。その衝撃でヘドロのような物がこっちに飛んできた。
「チッ。汚ねー恰好でこの船に乗ってくるんじゃねえよ。海水で洗い流してからにしろ。俺は潔癖なんだ」
「そうそう。シンの潔癖さは異常っつーかめんどくせえぞ。風呂あがりにあんまり拭かずに全裸で寛ぐだけで銃口向けてくるし」
「ポタポタと床を水浸しにするからだ。フン…共同生活ってのをわからねー奴に容赦はしない」
「な?お前ら乗り込む船を見誤ったな。悪い事言わねえから、とっとと戻っていつ来るかもわからねー救難待った方がいいんじゃねーか?」

「うるさい!一気にかかれ!」
四人が一斉に俺とハヤテ目がけて飛び掛かってくる。
だが、俺が舵から手を離す間もなく、ハヤテが全て片付けた。
俺の背に背を向けたまま、二つの剣は別々の生き物かと思う程素早く的確に、敵の急所を裂いていった。

一度やりあったからこそ、わかっている。
俺は自分の背にもう一人の自分がいるくらいの、安心感を覚えていた。

「ふふん。このオレ様に言うことは?」
地面に倒れた海賊達を一瞥すると、ハヤテは得意げに俺に向き直った。

パンッ

俺の銃がハヤテの背後で火を噴いた。

「最後まで油断するなってことだな」

ハヤテが背を見せた途端に襲いかかってきた一人の手を俺の弾丸が掠め、手の武器を弾き飛ばす。

「そりゃどーも」
ハヤテはぶすっとした顔で戦意喪失した男達を縛り上げる。


「お、お前達は一体…」
あっという間に自分たちを拘束したハヤテに、男達は怯えたように聞く。
「え?気付かねーで攻めて来たのかよ」
ハヤテが溜息をついた。

「旗は畳んでるしな。おそらく船が暗礁に乗り上げ身動きもとれず食べ物も無くなったんだろ。それで動ける者だけで偶然通ったシリウス号に闇夜に紛れてそっと乗り込み襲ってきたわけだ。とことんツイテないやつらだな」
俺が解説してやると、
「し、シリウス号!?まさか…リュウガの…」
「いかにも。リュウガは俺達の船長だ」
ハヤテが自慢げに教えてやる。

「げえっ!俺達は海賊王の船を襲ってたのか」
「しかしリュウガといえば人が変わったようにいい加減で女タラシで借金だらけの王に成り下がったと聞いたがな」
「そ、そうだな。船員が強いやつら揃えてるってダケで…」
男達がコソコソと話し合う。

「ははっ!女好きで借金だらけっつーのはあながち違うとも言い切れねーな。シリウスの剣士、このハヤテ様が超つええっつーのも本当だしな!」
ハヤテが笑う。

「調子に乗るな。こんな雑魚を相手したくらいで」
「シンが手が離せねえっつーから助けてやったのにそれかよ!ほんと可愛くねえな」
「だからお前に可愛いと思われても虫唾が走るだけだと言っただろう。安全な海域に出れば覚えておけ。どちらが強いか思い知らせてやる」
「望むところだぜ!」

捕まえた男達を横目に言い争いを始めた俺達に、
「お、おれたちはどうなるんだ?」
とリーダーらしき男は怯えた顔で俺とハヤテを見比べた。


「そーだ。こいつらどーする」
「面倒だ。海に捨てて藻くずにすればいいんじゃねーのか」
俺が答えると、まだ意識のあった小汚い海賊たちはヒイっと震えあがる。
「命だけは!代わりといっちゃなんだが、この辺りの島の情報は持っている!」
リーダーらしき男は縛られたまま必死に交渉を伝える。
「たいした情報じゃなければ藻くずだ」
「俺達はヌーディストアイランドへ行った!この方角だと、あんたらはそこを目指してるんだろ?!」

「おい、ハヤテ」
「じゃ、とりあえず船長に報告してくっか」
ハヤテはしぶしぶ艦内へと入って行った。







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