Novel

□Sailing day
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「がっはっは!さすが悪魔の航海士だな!こんな早く見つけちまうとは!」
食堂に集まっている皆に海図の謎を伝えると、船長は満足げに笑った。

「まだ此処に確実に島があると解った訳じゃありません。確度は七割…それにマジックアイランズは気候の変化が激しい。海図に示した通り、辿り着くまでの障害も多いです」

「でも旅した訳じゃないのに、よくこんなに緻密に描けるね」

ドクターが感心したように俺が描いた海図を眺める。

「この海図はあくまであらゆる文献を参考に作成したものです。マジックアイランズはまだまだ謎が多い海域で明かされているのはまだごく一部。これから先は細心の注意を払って進む必要があるでしょう」

「そーだな。ま、シンに任せておけば問題ねーだろ」

「船長。何っすかその根拠ねー信頼」

ハヤテが面白くなさそうに呟く。

「俺はシンに会った時、コイツならこのシリウス号と上手くやってくれると直感した。それだけだ」

確かに俺に並ぶ航海士は居ないと自負しているが、こうも手放しに信頼されるとプレッシャーをかけられているのかと思ってしまう。
マジックアイランズには帝国海軍でさえ迂闊に手は出さない。深部に進むほど謎は多く消息不明になる船は後をたたないからだ。

「おおよその場所さえわかっちまえば問題ない。そこに入るにはまた、ちょっと骨が折れたがな」

「船長。骨が折れる、とは?」

ドクターがたずねた。

「ん?ああ。いわゆるVIP島ってヤツでな。金がねえと入れねー」

「金?あるんですか?」

船長の苦い表情に嫌な予感がして訊ねてみる。



「まぁなー。そりゃ海賊だからな」

濁す船長の代わりにドクターが切り出した。

「手持ちの金貨はこないだ寄港した街で全部飲み代ツケ分に変わったからね」

「せんちょー…つまり金は無いってことじゃないっすか?」

ハヤテが溜息交じりに船長を見た。

「がっはっは!いつの間にかツケ溜まっちまってたらしくてな!払わねえと一滴も酒出さねえって言われちまうしよ」

「気前よく店中の払いを持つ、なんて言ってしまうからですよ」

「いやー。あの街に美人が多いのが問題だな!」

船長は真顔で答えた。


「なら倉庫にある宝を売るしかねーだろ」

ナギが口を出す。

「おお!ナギ!俺もそれを言おうと思ってたんだ!確かゲートに換金場所があったはずだ」

船長はパッと顔を輝かす。

倉庫に無造作に置かれていたお宝はかなり価値のあるものもあった。
金に換金するのも勿体ないほど芸術価値が高いものもあるが…本気か?

「で?幾ら必要なんですか?」

俺が聞くと、船長が答えた額は破格の値段だった。

一体それだけの金額を払い、あの島に何があるっていうんだ?

裸の島自体に興味はないが、随分と胡散臭い。



「それを全員分となると難しいね。島に入る人数は厳選して決めた方がいい。値段から言って島に入れるのは最大でも3人までかな」

ドクターの提案に皆は頷く。

「俺は船で待機する。衣服を脱いで島に入るなんてごめんだ」

即座に言うと、

「俺も残る。島の食材に興味はあるが、裸の島ってのに慣れそうにねーしな」

ナギも同意した。

「船の見張りはナギとシンか。なら私かハヤテ、もしくは二人で船長に同行しよう」

ドクターが頷く。

「ま、島に辿り行けるかっつーのが問題なんだろうけど」

ハヤテが俺の方を一瞥する。

「おい、誰に言ってるんだ。俺に辿りつけない航路はない」

「さっきまで行けるかどーか、なんてビビッたようなこと言ってたクセに」

「ビビッてねえ。俺は覚悟と気を引き締めて進むべきだと言っただけだ」

「いちいちシンに言われなくても、そんなのはこの船に乗った時から締まってるっつーの」

ハヤテは真剣な顔で言いきった。

「チッ。覚悟だけで安全に航海できると思うな。これだから単細胞は」

「何だと!」

「こらこら、二人とも。仲良く行こう」

ドクターが何か言いたげにニコリと笑うと、ハヤテはしょーがねえなと小さく返事をする。

船長がポンと俺の肩を叩いた。

「頼むぜシン。行き先が決まれば、あとは目指すだけだ。ヌーディストアイランドに向けて最速航路をとる!覚悟はいいか野郎ども!」

「「「「アイアイサー!」」」」





満月ではないが、月明かりが眩い夜。

目の前ではドクター審判のもと、船長とハヤテの飲み比べが始まっていた。

呑気なモンだ…


独りグラスを傾けていると、ナギが目の前にキャベツの酢漬けを置く。

「食っとけ」

「ああ」

騒がしく酒を飲む三人の方を一瞥してから、ナギは俺の隣に腰を下ろした。

シャリッと歯ごたえのあるキャベツの酸味が口の中に拡がり、喉を通って行く。

「美味いな」

思わず声に出してしまった。

「そうか」

ナギは一言呟く。

「いつも新鮮なものが出てくるが、特別な保存法があるのか?」

疑問に思ったことを訊ねてみる。

「まぁな。昔山に居た頃はいつも食べ物が手に入ったんだが、海の上はなかなか難しい。ハヤテは特に食うしな」

「さすが海賊王の船には一流コックが付いてるってワケだ」

「フン。船長はほっとくと酒しか飲まねえからな。こっちで色々考えて出さなきゃならねえ」



ナギは随分と船長を慕っている。

たしか、一度は捨てた命、とか言っていたか。

もしかしてナギが処刑されずに此処に居る理由が船長によるものなのかもしれない。

そう考えていると、突然船長に声かけられ、ハッとする。

「おいナギ〜!ソウシに今聞いたが、お前このまえ誕生日だったんだってな!めでたい!今夜は祝いの酒だな!ナギ誕生日の宴に変更だ!」

船長がハヤテと肩を組みながらラムボトルを高らかに持ち上げた。

ナギも応えるようにボトルを掲げる。


…ナギと船長の過去がどうだろうと、俺にとっては何も関係ないはずだ。

いつしか思考を巡らせていた自分に驚く。

海軍に出会うまで。目的を果たすまで。

それまで船長の信頼を得、コイツらを利用する。

それだけだ。

俺は瓶に残っていた酒を飲み干した。



「ナギ兄誕生日だったのかよ!なんで俺に言ってくンなかったんだよ!」

ハヤテが驚くと、

「何でお前に言わなきゃいけねーんだよ」

ナギはクールに酒に口をつけた。

だがその表情は柔らかく笑みを浮かべている。



「じゃあ私がハッピーバースデーの歌を歌おうか?」

ドクターが歌い始めようとすると、

「待った!ソウシ!それは特別にとっとけ!シンがシリウス海賊団の歌を歌う!」

突然船長が俺に振ってくる。



げ。

「ハハッ!そりゃおもしれー!歌えー!シン!」

ハヤテが偉そうに叫んだ。

「うるせー。知らねえ唄を歌えるか」

「お?お前シリウス海賊団の歌も知らねえの?最初の宴の時俺の美声で教えてやったろ〜?」

ハヤテが調子に乗り始めている。


「一度で覚えるのは難しいかもね。私が手本を…」

「ちょっと待った!ソウシさん、歌より酒を!」

「そーだな!いーから飲め!」

ハヤテと船長のタッグでドクターの歌を拒もうとしている。



そりゃそうだ。

俺がシリウス海賊団歌の正しい旋律を知らないのは、初回の宴で披露された、酔ったハヤテとドクターの独創的なメロディが全く別の歌に聴こえたからだ。
しかも悪いことにドクターの方が歌声がデカかった。

いや、そもそもそんなくだらねー歌を覚える気はない。

船長達はもう歌の事はどうでもよくなったのか、また飲み比べに戻っている。



隣に座ったナギが、小さな声で口ずさむ。

思わぬ参戦者に俺はナギを見た。

「ヨーホーってマヌケな歌詞を真面目に歌うタイプに見えなかったな」

思わずそう言うと、

「どうやら歌いたい気分らしい」

ナギはふっと笑う。


「誕生日の宴だからか?」

「そうかもな。だが今の俺が生まれた日はシリウスに乗船した日だと思ってる」

珍しく饒舌にナギは話す。

独り言のようにも聞こえたし、誰かに話したいようにも見えた。

船に乗ったばかりで自分の事以外に興味も干渉も無い俺は、ナギの眼からみて吐露する相手に適任なのかもしれない。

「それは第二の人生ってことか」

「ああ」

「そうか」

「お前も俺も、特別運が良い」

「…そうかもな」

美味い酢漬けに絆されて、俺は素直に答えた。

「かも、じゃねえ。運が良い」

ナギは言い切った。



「だから目的地にも辿りつけねえわけがねえ」

「当然だ。俺が持ってるのは運なんて不確かなものじゃない」


「わかってる。だが船長曰く、その不確かなものが海賊にはもっとも重要らしい」

ナギは、飲み比べでハヤテを負かして上機嫌な船長へと視線を向けた。

「ツマミ足してくる」

ナギは立ちあがって船内へと入って行った。



確かに偶然海賊王の船に乗れたのは運が良いと言えるだろう。

アイツに会う前に、海賊としてもっと名を売らなければならない。

その方が、より苦しむアイツが見れる――











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