Novel

□Sailing day
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朝食の後、食器を洗っているとナギが現れる。

シリウスでは料理はナギの担当だったが、食器の片付けは当番制だった。
洗濯掃除も船長を除くメンバーでの当番が決められていた。

「飯、美味かった」

とりあえず船上でロクな飯に有りつけている感謝を述べてみたが、

「・・・」

ナギは黙ったままだった。


じっと手元を見られると居心地が悪い。

「見張らなくても皿洗いくらいできる」

「・・・」

ナギは無言のまま、隣で大量のじゃがいもの皮をむきはじめた。

チッ。

広くもないキッチンに男二人で立つのは気分がいいものじゃない。

俺の当番が終わってからにすればいいものを――気まずい。



「皿洗いが終わってからじゃ間に合わねえ」

心を見透かすかのようにナギが呟く。

確かにハヤテも船長も馬鹿みたいに食うし、ドクターも華奢そうに見えて人並み以上には食べている。

俺は量より質を重視するが、一人増えた分ナギの仕事も増えるというわけだ。

沈黙のなか、俺はさっさと自分の当番を終える。



キッチンから出て行こうとすると珍しくナギが俺を呼び止めた。

「おい」

スッとナイフと芋を渡される。

「剥け」

何で俺が。

「出来ないのか?」

チッ。

仕方なく芋を手に取り、一つ剥いてみる。

「やっぱりな」

俺の剥いたじゃがいもをナギがまじまじと見る。


やっぱり、とは何だ?

訊ねようとするとドアからドクターが顔を覗かせた。

「あ、シン。船長が呼んでるよ。航路の事で話があるそうだけど」

「わかりました。すぐ行きます」

助かった。

じゃがいもとナイフを置き、俺はその場を立ち去った。




ノックを4回した後、船長室に入る。

「航路の件ですか?」

「ああ。例の海図は解読できそうか?」

「できなきゃシリウスから追放、でしょうね」

「は?何言ってんだ。別に海図のためにお前を勧誘したんじゃねえ」

「ならこの海賊団に俺が居る意味は?」

聞き返すと、船長はそれには答えず酒の入ったグラスを寄越す。
俺はぐいっと飲み干した。

「がっはっは!いい飲みっぷりだな!」

「っ…」

飲み干した後、唇の横の怪我に酒が少し沁みる。

「しばらくは治らねえんじゃねーか。ハヤテは拳が早いからな。当たっちまうと意外とパワーもあるしな」

「脳味噌まで筋肉なんでしょうね」

「良い面構えじゃねえか。色男度が増したぜ?」

「冗談でしょう。まぁそのうちどちらが強いのか教えてやります」

「ははっ。海賊らしい考え方じゃねえか!俺は腕がいいならついてこいっつったが、別にお前が航海士だからってだけで声かけたわけじゃねえ」

「…」

「お前がここに居る意味なんか俺に聞かれても知ったことじゃねえ。そりゃお前が決めることだ」

「そうですか。その方が助かる。与えられた仕事は全うしますが干渉されるのはごめんだ」

「シン。お前を誘ったのは、このシリウス海賊団の旅が『面白くなりそう』だったからだ」

「フン…随分海賊らしい考え方ですね」

「ま、海賊王だからな」

船長は空のグラスに酒を再びなみなみと注ぎ、一気に飲み干す。
それから真剣な顔になり、告げた。

「俺はヌーディストアイランドにどうしても行かなきゃならねえんだ。あそこに大事な用がある。」

「それは裸の女を愉しむという用ではなく?」

「それも良いが、もっと大事な用だ。だからお前の力を借りたい。」

「…わかりました。必ず見つけてみせます」





船長室を後にして廊下を歩いていると、ぬっとデカい影が現れた。

ナギだった。

「船長と話は終わったのか」

「ああ」

「なら手伝え」

は?
何故また俺が?

と思わず眉間にシワが寄ったが、

「ハヤテに剥かせると食材を殆ど無駄にしちまう」

「?」

「お前、器用だろ」

「…俺は海図解読があるんだが」

「いーから来い」

ナギは背を向け、俺の返事も待たずにさっさと歩いて行った。

クソ…これは断れないパターンだ。





「料理が出来るのか?」

珍しくナギが話しかけてくる。

「ああ。多少はな」

ロクに下ごしらえも出来ないハヤテの代わりにコキ使われているのかと思うと腹立たしい。

「ハヤテは剣士のクセにナイフの扱いが下手なのか?」

イラつきを覚えながら訊ねるとナギはため息交じりに答える。

「アイツは興味ねえことに関してかなりいい加減だからな。食うの専門なんだろ」

「チッ…役にたたねえ」

「…」

ナギは黙って手際よく芋を剥き続けている。

食材の保存法、航海日数に対する配分、栄養バランス…知識と経験に長けた腕の良いコックがいるだけで、俺達の航海はずっと安全になる。

船が命を預けるのが航海士なら、船員が命を預けるのはコックだといっても過言じゃない。






「海賊歴は長いのか?」

男二人黙って芋を剥き続けるのも苦痛だったため、特に興味はなかったが俺はナギに質問した。

「…いや」

「そのわりに賞金額が高額だったな」

「まぁ色々やったからな」

「…」

またしばらく沈黙になる。



ナギの顔をじっくり見るうち、思い出してきた。

手配書で見たことがある。

海賊じゃない…

そう、別の『お尋ね者』だった。


「処刑されたんじゃなかったか…」

思わずボソッと呟くと、ナギの手元がピタリと止まった。

「知ってるのか?」

ナギの声が低くなり、瞳に凄みを増した。

成程。だから海賊歴は長くなくても船長に次ぐほどの賞金額に釣り上がってるワケだ。


「前に乗った船の船長が山賊と懇意にしていたからな」

「そうか…」

『裏切りのナギ』は名の知れた山賊だった。

何故そんな男が海賊王の船にいるかは知らないが、その腕っぷしの強さは山賊の間で有名だったと言う。

「海賊王の船員が元山賊だろうと貴族だろうと王族だとしても、別に俺にとってはどうでもいいことだ。俺の邪魔にならないならな」

俺がそう告げると、ナギはじっとこっちを見据えた。

「ああ。俺にとってもお前がどんな目的で海賊をしてるかなんてどうでもいい。ただ…船長に害を為すようなことがあれば三枚におろす」

「随分と海賊王に心酔してるんだな」

「海賊王だからじゃない。あの人が海賊王じゃなくても俺はついていく」

海賊王じゃなくても?

「一度は捨てた命だからな」

ナギはそういうと、何かを思い返すような表情を見せた。それから、

「余計な喋りが過ぎた」

とだけ言って黙り込む。

もう芋は全て剥き終わっていた。


「海図描くんだったな」

ナギは芋を見事にスライスしていく。

「いや描くんじゃなくて解読…いや…そうか。もしかして描けば…」

「は?」

スライスされて重なり合う芋を見ているうちに一つの考えが浮かぶ。

「航海室に戻る!」

俺は急いで厨房を出て行った。











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