Novel

□Sailing day
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「どうだお前ら。倉庫はキレイになったか?」

船長がグラスの水を飲み干しながら訊ねると、ドクターがにこやかな笑顔で応える。

「ええ。三人でやればあっという間に。おかげで色々と処分に困るものが見つかりましたよ」

目の前にどさっと女物の下着やら派手なドレスやらアクセサリーやらが置かれる。


「これはっ!!俺の数々の想い出の品じゃねえか」

倉庫の端に集められていた女物は、どうやら船長の悪いクセの産物らしい。

「女性にねだられるがまま色々買っては結局渡せずに振られるから溜まってしまうんですよ」

ドクターが身もフタもないことを言う。

「振られるとは聞き捨てならねえな。ソウシ、男と女には色々な愛の形があるんだぞ」

船長が苦笑いをすると、ドクターは微笑む。

「振らせてあげているとも言えますが…まあ、懐が大きいというか、それが貴方の素敵なところでもあるんですけどね」

この人は時折、よくもそんな歯の浮くセリフを笑顔で…と思うほど天然直球な発言をする。

俺の一番苦手なタイプだ。

実はこの船で一番要注意人物かもしれない。




「そういや前の港で船長にビンタして去ってった女がいたよなっ」

ハヤテが愉快そうに笑った。

―――海賊王にビンタ?

「おいおいハヤテ。あれは愛情表現ってヤツだぞ。『私以外を見ないで』っつー、可愛い嫉妬だ嫉妬。これだからガキはわかってねえな。なぁ?シン?」

急にふられる。

「…まあ、どうでもいい相手にわざわざビンタしには来ないでしょうが」

適当に答えると、ハヤテが俺をからかってくる。

「シンは女にすっげえヒドイ対応しそーだから、ビンタされ慣れてそーだよな!」

「生憎女に殴らせた事もねーし、そこまで深く関わらない」

泣かれたことはあったが、殴られたことは一度もない。そもそもそこまで相手した女もいない。

「そういうお前こそ、さぞかし女の扱いに慣れてるんだろうな?」

嫌味を言ってやると、

「あったりめーだろ!まぁオレは女なんて眼中にねえし別に気にしてねーけどな!!」

ハヤテが顔を赤らめながらムキになっている。

わかりやすすぎる。

コイツは反応がまるでガキだな。童貞か?



「そういえばシンはモテそうだけど恋人はいないの?」

ドクターが突然聞いてくる。

「必要ありませんから」

そう答えると、ドクターは驚いた顔になる。

「そう。まぁ私達は常に危険な航海をしているし、特別な相手ができてもずっと側にいることは難しいしね」

「そうだな」

無口なナギが珍しくボソッと呟き同意した。


「がっはっは!お前ら、揃いも揃って『真実の愛』を知らねえとは残念だな!」

船長が全員を見廻して笑う。

「こいつの為になら命張っても惜しくないってほどの女はいないのか?」

「「「「・・・・・・・・・」」」」

全員が黙り込む。


「せ、せんちょーはいるんっすか?」

ハヤテが気まずそうに尋ねると、船長は得意げに答えた。

「出会った女全てに賭けたって惜しくねえよ」

「それは随分と大盤振る舞いですね」

俺の言葉に船長は言葉を続けた。

「そうか?だが俺が居なくなると悲しむ女も多いから、まだ掛けてねえけどな」

「ふふ。ならあんなに無造作に想い出の品を置いておかなくても」

ドクターが嗜めると、船長は真顔で宣言する。

「しょーがねえだろ。島を離れりゃ想い出に変わっちまうんだからな。そして真実の愛を求めて俺は世界中の海を渡り歩いている!」

「キメ顔するまえに、粥を食ってください」

ナギが横から口を挟む。

「おー、粥な。二日酔いにはコレが一番うめえな」

船長は上機嫌でお粥を口に運ぶ。

見慣れない食べ物だったが、確かにナギ特製の粥とやらは美味い。



「倉庫に珍しい酒は残ってなかったか?この粥に合いそうな酒だ」

ドクターが諭すように無言で船長を見ると、

「ちぇっ。朝っぱらから酒を飲めるってのが海賊の醍醐味だってのになぁ」

船長は観念したように肩をすくめる。

「海賊も日頃の健康管理は大事ですよ。海の上で何かあっても治療できる手段は限られていますからね」

満面の笑みでドクターがそう言うと、船長は『ったく今朝はレモン水がうめえ!』と水を飲み干した。



――このリュウガという男の本性を未だ読めずにいる。

終始いい加減な言動をとっているようで、その全てに隙がない。

海賊王を名乗るだけあって今まで出会ったどの海賊よりも、『海賊らしい』。

乗組員からも信頼を得ているところを見ると、よくある力に任せた横暴な船長でもないらしい。



シリウスのメンバーに関しても、一風変わったヤツばかりだ。

ドクターはトボけた態度を見せることもあるが、敵にまわすとかなり厄介だろう。

見た目は全く海賊らしくないが、おそらく怒らせると一番タチが悪そうだ。

何度も言うが、こういうタイプは一番苦手だ。

害の無さそうな面をして、気付けば懐深くまで侵入を赦してしまう羽目になる。



ハヤテは単細胞だが、ケンカの腕はさすがに海賊王の船に乗るだけはある。

まだ少し痛む顔を抑えると、船長がニヤニヤと笑う。

「そういやハヤテとシンが早速やりあったらしいが、互いに傷作ってるトコをみると引き分けか?」

船長の質問に、

「ふや。あふぉままひっれたら俺がふぁふぇふぁし!」

ハヤテが粥を頬張ったまま喋ると、ドロドロした米粒が正面に居た俺に飛んでくる。

カチャ

思わず立ち上がり、銃を出して眉間に狙いを定める。

「飯もマトモに食えねえのか?ふざけていると穴をあけるぞ」

ジャラッ

背中に殺気を感じて振り返ると、ナギが俺に鎖鎌を向けていた。

「メシの途中だ」

コイツ―――・・・

ナギ。

こいつは殆どしゃべっているところを見たことが無い。

だが武器を持つと放つ異様な殺気は、やはり海賊王の乗組員だといえる。

それにナギの顔をどこかで俺は見たことがあった。

思い出せないが――確かにかつてその名を聞いたことがある。




「ほら、食事中は武器はしまうこと。まったくもう!うちの連中は血の気が多いんだから」

ドクターが間の抜けた声で笑う。

「はっはっは!上等上等!海賊は血の気が多くてナンボだ!ただし俺はソウシに賛成だな。メシは楽しく食え!」

船長が笑うと、ナギは鎖鎌をしまった。

俺も銃を納める。

「ふぉっふぉらふぇてやんの!」

ハヤテがまたもメシを頬張ったままニヤニヤと笑う。

チッ。


ぽかっ!

ナギがハヤテの頭を小突く。

「いて!ナギ兄、何すんだよ?」

「お前はメシをこぼし過ぎだ。食いながらしゃべるな」

ハヤテの周りに散らばった食べかすを見てナギが軽く溜息をついた。

「はっはっは!ハヤテ、食卓でナギに逆らったら無事に航海できねーぞ」

船長がハヤテを茶化す。

「わ、わかったよ、ナギ兄!ほらちゃんと飲み込んだし!ふ、拭いたし!!」

「・・・」

ナギは何も言わず、どんっと大量の肉をハヤテの前に置く。

「やった!粥だけじゃ物足りねえとこだったんだよな!食うぞー!」

そして黙ったまま、船長の前にはアルコールに漬込んだ野菜、ドクターの前には海藻やフルーツなど身体に良さそうな食べ物を置く。

朝から肉の塊とは・・・どんな胃袋だ。
見てるだけで胸やけする。


「お前は何を食う?」

ナギが無表情のまま尋ねてくる。

「え?」

俺に聞いてるのか?

「朝、何を食うんだって聞いてる」

「ああ、俺はアロエヨーグルトをよく食ってたが、さすがにそれは出せない・・・」

言いかけた言葉が終わらないうちに、

「あるよ」

とだけ言ってキッチンへ戻り、数分後、目の前にアロエヨーグルトが置かれる。


・・・・・・・・・・・何であるんだ。




「ぷぷっ。アロエヨーグルトって女かよ!っておい、ナギ兄がすげえから驚いてるんだろ?!ナギ兄に食いたいものを言ったら、大抵ささっと用意してくれるんだぜ!」

何故ハヤテが自慢げなのかは理解に苦しむが、俺はアロエヨーグルトを一口飲み込んでから思わず漏れる。

「確かにこれは――悪くない」



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