Novel

□Sailing day
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雨に濡れた身体を丁寧に拭き食堂へ入ると、すでに全員が揃っていた。

「シン、ご苦労だったな」

船長が労いの声をかけてくる。
激しくなりつつあった船の揺れは、時化から遠ざかることでだいぶおさまっていた。

「海は穏やかだったのに、突然だったなぁ。それにしても、嵐がくるのがよくわかったね」

ドクターが感心したような視線を俺に向けた。

「航路は気候の変化が激しい海域を進んでいますが、注意を払っていればわかります」


席に着くと、ナギが黙って目の前に温かいスープを置いた。
相変わらず無口なヤツだ。

いつもの習慣で目の前の食事に祈りを捧げると、口に含む。
今まで乗った海賊船の料理はどれも食えたものじゃなかったが、ナギの料理は格別に美味かった。


「航海する者にとって突然の嵐はとても恐ろしいものだし、シンが居てくれると安心だね」

ドクターの言葉に、船長は上機嫌で答える。

「だろ?俺の選んだヤツに間違いはねえ」



「しかし今夜は宴をする予定だったんだが、この雨は抜けられるのか?」

「特殊な海域の一時的な時化なので、夜には抜けられると思いますが」

「よし!なら今夜は満月だ。シンの歓迎の宴だな!」

船長が嬉しそうに宣言する。

歓迎会、だと?
満月と何の関係があるんだ?

ニヤリと不敵な笑みを浮かべたあと、船長は真面目なカオになった。

「シンにはまだ説明してなかったな。シリウス海賊団の掟」

…掟?

現海賊王の率いる海賊団なんだ。
さぞや厳しい掟があるんだろうと、俺は気を引き締めたが――

船長は酒を煽りながら、声高らかに告げる。

「ひとつ。仲間は命がけで守る!ふたつ、女子供を襲うヤツは許さない。みっつ、満月の夜は朝まで宴をする」

「……それだけ、ですか?」

いくら待っても続けられそうにない船長の言葉に、思わず確認する。

「はっはっは!本気で何だそれだけかっつーツラしてるが、大事なことだぜ?コレが守れねえヤツはいくら優秀でも俺の船にはいらねえ」

心なしか船長の表情が厳しくなる。

「わかりました」

最初の二つは単なる綺麗事な気もするが、単純でわかりやすい。
細かな決まり事がある場合、俺の目的への邪魔になるのも厄介だ。

「そーゆーワケで今夜は朝まで酒だ!」

船長が嬉しそうに酒をあけると、ドクターも微笑む。

「盛大に歓迎をしないとね」


ずっと不貞腐れたような態度だったハヤテが突然、隣から口を挟んだ。

「おいお前、歓迎の宴をしてやるっつーのにもっと嬉しそうなカオしろよな?」


ハヤテ。
コイツは何かっていうと俺につっかかってくる。
しかもやたらとセンパイ面をしたがる。

いちいちカンに触るヤツだが、せっかく海賊王の船に乗ったんだ。
下手にもめ事を起こしてすぐに降ろされても困るから、今のところ我慢してやっている。

「ああ。楽しみにしておく」

「しておく、って。お前なーっ!何でそんな偉そうなんだよ。オレはセンパイで…って、おい!ナニ、一度もそんなこと思ったことねーって顔してんだよ?!どー考えたってオレが先にシリウス号に乗ってるんだしセンパイだろ」

ハヤテが真横できゃんきゃんと吠える。


「ほら。そういうハヤテもついこの間船に来たばかりなんだし」

ドクターがつっこむと、ハヤテは途端に慌てた。

「た、たった数日でもセンパイはセンパイっすよ!お、オレの方がシリウスのことチョーくわしいし!」

「ふふ。なら、シンが早くなじめるように優しくしてあげてね?ハヤテ」

「ちぇっ…ソウシさんが言うなら仕方ないっすね」

「仲間なんだから仲良くね。喧嘩してたら注射しちゃうよ」

「げっ!それダケはカンベン!!」


「注射が怖いなんてガキか」

ぼそっと漏れた言葉にハヤテが反応する。

「お前今、何か言わなかったか?!」

「…別に何も」

「ふん。スカしたヤツ」




「ところでシン。コレをどう思う?」

船長が突然、懐から海図を取り出した。


それはモルドー帝国を中心に描かれた海図だった。
マジックアイランズの一部に大きな×印がついている。


「信用できるものだと思うか?」

「水深も細かく描かれていますし、島の名称も正しいようですね。ですが、この位置に島なんて存在ないはずです」

「そうなんだよ。俺も色々調べてみたが、その印の場所に島なんてねえ」

「それに、不思議な描かれ方です。経緯度の記述が誤りだらけで…いや、わざとそう書かれている節もある」

「だな。正確さとデタラメさがワケわからねえ具合に混ざってやがるだろう?」

「ええ。この海図の通りに航海計画を立てても意味が無さそうですね。…この×印は?」

「俺がどうしても行きたい場所だ」

海賊王が持つ海図――かなり価値がある宝の地図なのかもしれない。
航海士だというだけで、俺を即決で船に乗せた理由。
それがこのバツ印に隠されているのかもしれない。



俺は船長の答えを待った。
が、先にドクターが口を開く。

「もしかして、そのバツ印は船長がずっと前から行きたいと言っていた…」

「そうだ!この世の楽園。誰もがうまれたままの姿に戻る場所。幻の『ヌーディストアイランド』だ!」

「……ヌーディストアイランド?」

聞こえてきた単語に、耳を疑う。

一年中気候が良く、人々はみな裸で暮らしている穏やかな島だときいたことがある。
だが、外部からの侵略を防ぐためにその所在は明らかにされていない。


「…船長。そこにはお宝が?」

思わずため息交じりに訊ねる。

「あるに決まってるじゃねえか!みんな裸なんだぜ?」

自信満々に答える船長を見ていると、俺は海賊王の船だからと迷わずこの船に乗ったことを、はじめて少しばかり後悔する。

「あー!せんちょー!もしかしてシンを勧誘したのってソコに行きてーからってワケじゃ!?」

ハヤテの質問に船長はひどく遠回りな答えを返した。

「はっはっは!一度だけたまたま流れ着いたことがあるんだが、そりゃあイイ島だったぞ!どうやって辿り着いたか覚えてやしねえのが問題なんだが。が!!この地図を偶然手に入れた。これは運命だな!」


まさか本気で、ヌーディストアイランドに行きたいが為に俺をシリウスに入れたというのか?

「シン。辿りつけるか?この島に」

船長がバツ印をトントンッと指でさした。

『できない』という答えは選択肢にない。
海賊船の船長が辿りつけるか問う時は、何としてでも辿りつけという意味だ。

「ええ。何か意図が隠されている地図に思えますし、少し骨が折れますが他の海図と照らし合わせながら解読すれば問題ないと思います」

「よし!次の目的地はヌーディストアイランド。場所の特定ができ次第上陸だ!野郎ども!」

「「「アイアイサー」」」

勢いよく答えるメンバーに、俺は半ば呆れながら合わせる。

ヌーディストアイランドに行きたい為に俺を仲間にした海賊王。

有名なシリウス海賊団も海賊王リュウガも名ばかりで、今まで出会った他の海賊となんら変わりなく、本当はたいしたことないヤツばかり―――?

もしそうだとしたら、ただ利用させてもらうだけだ。





「はっはっは!満月の下の宴はやっぱり最高だな!」

すっかり晴れた夜空を見上げて、船長が上機嫌に酒を煽る。
歓迎の宴だと言うから根掘り葉掘り過質問されることを身構えたが、何てことは無い。

ただ酒を呑み、何処の島には美味いものがあるだとか、何処の港の女が良いとか、ハヤテの無駄な武勇伝とか、俺にとってはどうでもいいような話題ばかりだ。

船長が話す世界の宝の伝説については興味深いものがあったが、酔っているせいか、話があちこちに飛ぶ。

「お、酒がもうなくなっちまった。おい、シン。ちょっと倉庫に行って取ってきてくれ」

「わかりました」

船長の言葉に素直に立ち上がる。


「久々にアレが飲みてえな。確か倉庫のどっかにしまった極上のラム。黒い酒瓶のアレだ」

どっかに、って適当だな。

確か倉庫には所狭しと酒樽や酒瓶が積み上げてあったはずだが、あの中から探すのか。
まぁ…退屈な宴から退出するきっかけにもなる。

「探してみます」

「黒い酒瓶のやたら長い名前がついてるラベルの酒っすよね!アレ美味いんだよな〜」

「あれ?ハヤテ知ってるの?」

「え?イヤ。何となく見たような見てないようなっ」

「なら、シンについていってあげたら?」


「げっ!」

『げっ』はこっちのセリフだ。
こんなうるさいヤツに探し物を手伝われるのもうっとおしい。

俺一人で充分じゃないかとも思ったが――船長が思わぬところで同意する。

「そーだな。一刻も早く飲みてえし、二人で取りに行ってくれ」

「し、しょーがねえな!センパイのオレが教えてやるよ。ありがたく思えよ?」

ハヤテは偉そうに俺に言ってから、倉庫へ向かう俺の後をついてきた。





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