Novel

□Sailing day
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暗闇のなか、必死に手を伸ばしている。

何処にいるんだ?
一人にしないでくれ――――どこに…


「…っ!」

鋭い痛みが走り、俺は穏やかに揺れる船の一室で目覚める。

「また、夢か」

激痛だと感じたものはマヤカシで、冷えた汗だけが身体を震わせる。
何度同じ夢を見れば暗闇を抜けることができるのか。

捨ててきたはずの過去。
海賊になりさえすれば消え去ると思っていたのに。
いつまでくだらない幻を見てるんだ…

自嘲気味に溜め息をつき、起き上がると裸の肩に湿った髪が纏わりつく。

「コレは来るな…」

適当に髪を纏めるとベッドから抜け出す。



俺は今、海賊王の船にいる。
「もう少しだ」
言い聞かせるように呟くと、着替えを済ませて部屋を出た。

朝靄のかかった甲板を抜け舵をとる。
ココが、どの船に乗っても一番落ち着く場所だった。


何処に行っても、居場所なんてない。
幼い頃からそうだった。
ウルにもモルドーにも俺の居場所は無かった。

俺が生まれるずっと前にモルドーはウルを侵略した。
高い文化を持つウル民族を怖れた帝国は、徹底的にウルを支配しようとした。
生粋のモルドー帝国人の父と病弱だったウルの母がどうして知り合ったのかを俺は知らない。
母に聞いても優しくはぐらかされるだけだった。


俺が生まれた頃は一時的にモルドーの支配も緩和されていたようだから、ウルの村で多少の余所者扱いを受けながらも父と母と暮らした少しばかりの幸せな記憶もある。
だが幸せだった記憶はほんの数年で途絶えた。

モルドー帝国の国王が変わると、他民族への支配が厳しくなった。
とりわけウルへの差別はかつてないほどに激しくなり、父は全く帰ってこなくなった。

厳しい取り締まりと横暴な政治の中、行き場を失ったウルの村人の鬱憤は俺と母に向けられた。


『どうせお前は半分モルドーだ。ウルの気持ちなどわからない』

『シンの父親は帝国の犬なんだろう?俺達のことなんて人間だと思っていない』

『この村から出たきり帰ってこないじゃないか。お前たちを、ウルを見捨てたんだ!』



『お前の母親はモルドーに身を売ってウルの誇りを傷つけた』

『シンと僕たちは違うから一緒に遊ぶなって父さんが・・・』

『シンの右眼って帝国の色だろ?よくそんな眼をしててこの村に住めるな』



『帝国に身を売ったなら、早くウルの村から居なくなればいいのに』

『お母さんのお加減が良くないなら、シスターのところで預かってもらったらどう?お父さんも帰ってこないようだしね』

『混血が村に居れば今後どんなトラブルになるかわからない。早く追い出したほうがいい』


あからさまに向けられる敵意とうわべだけの気遣いと、醜く隠された本音。



「友達だと思っていたヤツにこんな事を言われた!だから殴ってやった。俺は間違ってないよね?母さん…」
「ねえ母さん。どうして父さんは帰って来ないんだよ!こんなに俺と母さんが苦しい想いをしてるってのに!」
幼い俺は村で喧嘩をしては、悔しさに泣きながら母に詰め寄ったこともあった。

母は泣きだしそうな顔になって、「ごめんね」と俺を抱きしめた。
病弱な母がさらに小さく感じた。


それから俺は何を言われても、母にその言葉が届かないようにと全て呑み込むことに決めた。
村人とは距離を置き、悪意を剥き出しにする人間を母に近づけないよう細心を払った。
この決心は母を亡くすまで、揺らぐことは無かった。


――ああ、もう沢山だ。
こんな壊れた退屈な村を飛び出したい。
絶対にアイツらを見返してやる。

金持ちになって偉くなって、いつか世界を手に入れて、俺と母さんをコケにしたヤツらに死ぬほど後悔させてやる。
そして一番憎いあの男をこの手で――








「あれ?随分早いね」
突然声がした方を見ると、ドクターが立っていた。

「この辺りの海域は穏やかに見えて変化も激しいですから、もうすぐ時化がきます」
「え?こんなに穏やかなのにかい?」
「ええ。暴風域にあたる場所から船を逸らせます」
船長からは状況判断的な船の航路変更は許可されていた。
極度に進路を変更するものでなければ、細かい報告はいいと。

船は大きく旋回し嵐の種から遠ざかるが、追いかけるように黒い雲が襲ってくる。

まもなくポツリポツリと雨粒が落ちてきた。

やはり雨か…。

「船内に入ったほうがいいですよ。嵐からは遠ざかってますが、暫く強い雨は続くので。俺は落ち着いたら戻ります」
「ああ、ありがとう。シンもひどく濡れて風邪をひかないように気をつけて」
ドクターはそう言って笑顔を見せてから船内へと戻って行った。

風邪ひかないように、か。
今まで乗った船には居なかったタイプだ。
手配書が無ければこの人が海賊だと全く信じられない程、爽やかに笑う。
本当に、海賊らしくねーな…





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