Novel

□Sailing day
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海賊王リュウガ。
その名を知らない海賊はいない。
桁違いの懸賞金に、数々の伝説。

酒好きで女好き。
世界中の港でその名を轟かせ、王国の姫を奪い去った事があるという噂を耳にしたこともある。

有り得ないほど強く、たった一人で海軍の軍艦を沈めたことも有名な話だ。
どこまでが真実かわからない話も多いが、それでもその名を語ることは海賊そのものを語ることと同意義を持つほど世界中に知れ渡っている。

港町の娼館や酒場で噂は耳にしていたが、まさかこの酔っ払いが本当にあの海賊王リュウガなのか?

海賊王捕縛を夢見る賞金稼ぎは数多く、リュウガの手配書は何処に行ってもヤツらに剥がされてしまっている。
一度だけ手配書を見たことがあるが、そういえばこんなツラだった気がするな…。


「ナニおれの顔をジロジロ見てるんだ?イイ男だってのはわかってるが、男にジロジロ見られてもな」
両脇にさっきの女たちを侍らせて、男は並々と注がれた酒を一気に飲み干した。

「リュウガ。今日は沢山愉しんでいってね」
どうやらリュウガという名は本当らしい。
海賊王の名は有名だが、その名を偽って語れば世界中の海賊やら海軍やら賞金稼ぎやらに睨まれることになる。
リスクに見合うだけの恩恵も無い。
そんな馬鹿はそう居ないだろう。

それに、さっきの剣を抜いた時の風格。
―――信じるに足るかもしれないな。

「ぷはっ。美味い!シン、お前も飲め!」
勧められるがまま、酒に口をつける。
どちらにしても、俺には身を置く海賊団が必要だ。
本当にこの男が海賊王で、俺を乗船させるというなら、願ってもない。

「リュウガ。このお兄さんと知り合いだったの?」
「ああ。さっきウチの船の航海士にスカウトしたところだ。なかなか良い男だろ?」
「そうね。とってもイイ男だわ」
「何だよ?俺が隣にいるってのに他の男に見とれてンのかぁ〜つれねえなぁ」
「リュウガの方がいつもつれないじゃない。ねえ?お兄さん」
女が色っぽい視線を送ってくる。
知らねーよ、と返してやりたいところだが、軽く受け止めてから、俺は気になったことを切り出した。
コイツが海賊王だという確率は高いが、俺に声をかける目的が読めない。

「…船長」
「何だ?」
「どうして俺を?」
「それはだな…」
リュウガが答えかけた瞬間、背後から複数の男たちが近付いてきた。

「船長。呑み過ぎじゃないですか?体を休ませる日も必要ですよ」
道着を着た、にこやかな男。

「ソウシ。んなカタいこと言うなって」
「飲み過ぎが体に障る歳なんですから言ってるんですよ」
ソウシと呼ばれたこの人は、船長に対して柔らかな態度ながらも有無を言わせない雰囲気だ。
「おいおい。歳っつっても俺はそんなに老けてねえぜ?」
「ふふっ。そういうことにしておきましょうか」

「お、ナギ。随分買い込んだな。美味そうな食材は見つかったか?」
船長が次に声をかけたバンダナをした男はガタイが良く、無愛想だった。
両手に大量の野菜が入った袋を持っている。
「……はい」
男は一言だけ返してから、探るような視線で俺を見た。

「せんちょー!ソイツ、なんっすか?」
大きな袋を両手に抱えた、一番後ろに居た金色の髪の男が顔を覗かせる。
荷物を置くと、俺を睨んできた。

このなかでコイツが一番下っ端、ってトコロだな。

「シンだ。お前ら聞いたことないか?最近ちょっとばかし有名になってる『悪魔の航海士』」
「あくま?ふーん。コイツが?確かに根暗そーっすけど」
男の失礼な態度に思わず銃に手が伸びそうになるが、
「こら、ハヤテ。初対面で失礼だよ」
ソウシと呼ばれた男が金髪の奴をたしなめた。

「私はソウシ。船で船医をやってるんだ。よろしくね。こっちがナギで、こっちはハヤテ」
酒を飲み続ける船長に代わって、ドクターが紹介をしてくれる。

ソウシにナギ、聞いた名だ。
リュウガはかつての海賊団を抜け、新しい海賊団を結成したと聞く。

現海賊王リュウガが率いるシリウス海賊団。
かけられた懸賞金も他の海賊とは桁が違う、最強の海賊団。

…だが本当に、コイツらが?

チャラい船長。
気の抜けた人のよさそうな船医。
ほとんど喋らねえコック。
猿のようにうるさい金髪――の四人。

「シンだ」
ひとこと名乗ると、ハヤテがすかさず船長に声をかけた。
「船長。もしかしてコイツを仲間にするつもりっすか?」
「ああ。腕が良い航海士らしいからな。今ロクに舵が取れるのは俺だけだろ?」
「俺だって舵くらい取れますよ」
「はっはっは!無理すんな!ハヤテは海図が読めねえだろ?」
「せんちょー。俺だって海図くらいスグに…つーかあんなもん無くても冒険できるし!」
「ははっ、ハヤテや酔った船長の舵取りだと船の揺れが激しいからね。私なんてこの間、大事な薬の瓶を割ってしまったから」
「あン時のソウシさん、マジで怖かったし!そりゃあコーハイが居た方がオレもラクになるけど。」
「航海士が来てくれるのは有り難いな」
ドクターの言葉に不満げだったハヤテはしぶしぶ同意した。
ナギは黙ったままだ。


「そーゆーワケでシン。お前は今日からシリウスの仲間だ」
――海賊王リュウガはそう言ってグラスを高く掲げた。

『仲間』。
使い古された陳腐な言葉に全く期待をしないまま、俺もグラスを掲げる。





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