Novel

□Sailing day
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狭い路地裏に男ばかり数人が残され、改めて周りを見廻してから、酒臭い男は呟いた。
「おいおい。お前らもしかして女をタテに喧嘩ふっかけてたのか?」
「だ、だったらどうだってんだ?お前がジャマしてくれたけどな!」

男はゆっくりと剣を抜く。
「良かったな。俺は女を傷つけるヤツが大嫌いだ。遠慮する必要がなくなったぞ」


コイツ…


剣を抜いた男が放つ異様な殺気と覇気に圧倒される。
酒臭いただの酔っ払いかと思えば、剣を握った途端、別人のように隙のない構えになる。

…ただの男じゃない。

俺が今まで出会ったヤツの中でも群を抜いた強さを感じる。
女を侍らせ裏口から顔を覗かせた時のマヌケさとはうって変わった男の威圧感に男たちは一気に怯え、後ずさりをし始めた。

まるでライオンに睨まれたヒツジのように――


「チッ…い、命拾いしたな、シン!俺たちはお前を仲間と認めねえ!!もう船には戻ってくるなよ!!」
そのまま全員、逃げるようにバタバタと走り去って行った。

「なんだぁ?片付けてやるって勢いづいてたワリに相手してくれねーのか。準備運動にイイかと思ったんだがな。ったく、拍子抜けだな!」
とぼけた声を上げて、酒臭い男は剣をしまう。

そのまま店の中へと戻ろうとして、突然、立ち止まった。
振り返り、俺を見定めるように視線を落とす。

「おいお前、もしかして海賊か?シン、とか言ったな」
「それが何か?」
短く応えると、男はニヤリと笑う。

「愛想のねーヤツだな。まぁいい。アイツらはお前の仲間だったのか?」
「仲間なんかじゃない。過去も未来も」

俺には仲間なんていない。
あるのは目的だけだ。

戻るなという言葉に従うわけじゃねーが、あんな馬鹿な奴らと航海することに嫌気がさしていたところだ。
船を抜けることの船長への言い訳も、俺に喧嘩を吹っかけて後ろめたいアイツらがうまく考えてくれるだろう。

最近は海賊船の取り締まりが強化されて、この辺りの海を通る船も少ない。
次に乗る海賊船を探すのは手間がかかるが…仕方ねーな。


「シン…シン。どっかできいたことあるな。海賊歴は長いのか?」
尋問のような男の質問に俺は少し苛立ちを覚える。
それに気付くでもなく、男は思い出そうとするかのように瞳を閉じた。

「う〜ん…あっ!お前、最近手配書が出た『悪魔の航海士』のシンか」

ルウムを出てから幾つかの海賊船に身を置いたが、俺はすぐに目的を果たせずにいた。
どの連中も海軍にビビって全く近づこうとしない。

アイツとの接点を持てずに、俺は乗る船を転々と変えた。
航海術の腕を買われて、どの船に乗っても船長からはすぐに信頼を受けたが――その分やっかみも大きかった。
どの海賊団も結局同じようなことでモメて、抜けることになった。
海賊になりさえすれば良いと思っていたが、結局たいした海賊にも船にも出会うことなどなかった。

『海賊の手配書に載る俺を見たアイツの顔がミモノだ』

その為に俺は、わざわざ海軍に名を売った。
さして名高くもない海賊船に乗っていた為か賞金額は知れたものだが、そのうち名を売って、海軍本部自ら捕まえに来るような海賊になってやる。

そしてこの手で、目的を果たす。


「悪魔、ねぇ。血も涙もねえ容赦ない男だって話はちらりと耳にしたが、さっきは女を助けようとしたり、そんなふうには見えねえな」
「…」
俺の訝しげな視線に男は答える。

「俺も海賊でな。この間海賊島で耳にしたんだ。悪魔って呼ばれてる、やたら女にモテる航海士がいるらしいってな。手配書を持って帰る女まで出てるらしいじゃねーか。」
「そんなことで有名になるつもりはない」
不機嫌に言い放つと、男はニヤリと笑った。


海賊島。
四つの海をおさめる船長達と、それを束ねる海賊王。
海賊島の本島には彼らに関係する海賊しか足を踏み入れることができないという。

こいつは一体?

「ま、俺ほどじゃねーが、なかなかいい男じゃねえか」
「…」

「シン。海図は得意か?」
「誰に言ってるんですか。俺は航海士です」
即答すると、男はニヤリと笑った。

「俺の船でちょうど航海士を探してたんだ。腕が良いならついて来い」
男の正体を図りかねていると、一度背を向けた男はくるりと振り返って、告げた。

「そういや俺の名前を言ってなかったな。リュウガだ」

「…!!」





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