Novel

□エピローグ SHINside
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「お久しぶりね!シン。エマの葬儀以来だもの…本当に、立派な青年になって!」
村に着くと、シスターが出迎えてくれた。あれから随分経つのに、この人は昔から全く変わらない。

「ははじめまぢて!本日はお招きいただき…」
●●は思いきり噛みながら直立不動になっている。
「あら!堅苦しい挨拶はいーのよ!貴女が●●さんね!シンの手紙で読んだとおり可愛らしい人だわ」
「手紙?わたしのことですか?」
俺は悪い予感がしてシスターを止める。
「手紙のことはいいですから」
「あら。シンは貴女のことを手紙でぶっちぎりで褒めてたのよ」
「ぶ、ぶっちぎり?!褒める?!」
●●は詳しく聞きたげに俺とシスターの顔を交互に見る。
「シスター。長旅で疲れた。早く中へ」
「そうね!さ、教会を案内するわ」
話題を切り替え移動しようとするシスターに安心していると、●●が耳打ちしてくる。

「シスターって優しそうでお茶目な人ですね!」
「でも怒ると魔物のように怖いんだぞ。あれはまるで魔界のドラゴンだな」

子供の頃の記憶が蘇る。
温厚そうな人ほど怒らせると性質が悪い。
ドクターにそんな印象を持ったのも、シスターみたいな人間を知っているからかもしれない…

幼い頃―
母が入院している間、俺はシスターの元に預けられた時期があった。
悪い事をした時。
例えば、腹が立つヤツを病院送りにしたり、孤児院を潰して娯楽施設に建て替えたいとしつこかった地主を入院させて此処へ近づけなくしたり。
俺は吹っ掛けられた喧嘩しか買わなかったが、シスターに容赦なく叱られた。
護身術や武術を学び始めた時期だったから、相手を蹂躙し捻じ伏せる術を得た自分に、若干楽しんでいた所も見抜かれていたのだろう。
食事抜きにされたこともあったが、その時はシスターも本気で食事を取らない。
俺との根競べだ。

ガキだった俺はオフクロの所に逃げ込み泣き付いたりもした。
オフクロが笑顔を浮かべれば少し強くなれた気がして、勇気を出してシスターに反省を述べに行く。

俺が話し終わるまで黙って聞いていたシスターは、最後に「素晴らしいわシン」といって笑顔を見せてくれた。ドラゴンが女神に変貌する瞬間だ。
そして二人で数日ぶりの食事を取る。
青年期に入った俺はさすがにそこまでシスターを怒らせることはしなかったが、幼い頃はよくあった風景だった。
彼女はいつでも人生の全てをかけて子供たちと向き合っている。
きっと今もずっと、変わらず。



「教会を増築してるんですか?」
静かだった教会の敷地に工事中の音が響いている。
「となりの土地に学校と寮を建てているの。そうすればもっと多くの孤児を引き取れるし、勉強も教えられるわ」
「そうですか…」
「あなたのお父さん…ダン総督の支援で可能になったのよ」
「オヤジの?」
「そうよ。ダン総督が大幅にウルの孤児たちのために予算を組んだの。教育や生活の支援に力を注ぐためにね」
あの宝が少しでも足しになるなら、それは望ましいことだった。

「今まで働くしか日々を生きる術が無かった子達が学び開花することで、国に優秀な人材が増えて、いずれはモルドー全体の未来に繋がってゆくのよ」
オヤジはいずれウル全員に選挙権をと言っていた。目指す先はまだ遠い。
「この村だけじゃなくて国中に支援が必要な所は沢山あるわ。改革は進んでいるけれど、ダン総督お一人の力じゃ手が足りないみたいね」
シスターにも、俺が何を悩んでいるのかお見通しなんだろう。





「エッサ!ホイサ!」
「そうだぞ、お前たち!汗水たらしてしっかり働くんだぞ!」

…幻聴か?
聞き慣れた、しかし出来れば二度と聞きたくはない声が背後から発せられる。

「ろ、ロイ船長!?」
●●が驚いた声を上げる。

(チッ、やはり湧いてきたか…)

「やーあ!真珠ちゃんと眼帯のむっつりスケベ」
キザッたらしいポーズでロイが視界を汚す。
その後ろにトムとコリンが木材を抱えて突っ立っていた。
「むっつりスケベだと?!何でお前がここに居るんだ」
せっかくの里帰りに嫌なものを見てしまった。

「シン、あなたむっつりスケベなの?」
シスターが心配そうにたずねてくる。
「違いますよ!」
俺は慌てて訂正したが、シスターは理解したのかしてないのかわからないまま流す。
「まぁいいわ。皆さん休憩にしましょうか?お茶を用意するわ」
「わーい!シスター!ありがとうございまーす」
トムとコリンは木材を置き、汗を拭ってシスターの元へ駆け寄る。
(おい、何で馴染んでるんだ)



「それじゃあ質問に答えよう!」
茶を飲みながらロイがまた訳のわからんポーズで答える。
「俺達はウルの真の宝を求めてこの地にやって来た!」

「真の宝ってウラルのこと?ドクロ島が沈んだのはその眼で見ましたよね?」
●●が呆れた様子でロイを見る。

「まだドクロ島以外にも残ってるかもしれねーだろ。そのネックレスをぱかっと嵌めたら椅子がゴゴゴゴと動いて、ばばーんとお宝が見つかるかもって」
「何ですかその、テキトーな表現は…」

「とにかく俺らはウラルが欲しくて、そいつの母親の出身地まで調べてここにやってきたんだ!」
「ウラルを見つけてどうするつもりだ?」
俺がたずねるとロイは即答した。

「高く売る!それで真珠ちゃんとウハウハ生活を…」
「まだそんなこと言ってるんですか?いい加減おちついて真面目に働いたらどうでしょう?」
●●はロイ相手だと意外な程塩対応だ。
ロイが●●の腕を引く。

「なぁ、真珠ちゃん。二人で南の島に行って酒と薔薇色の日々を…」
「ぎゃっ!耳に息がっ!」
●●の耳元でロイが囁く。
その脳天に俺は素早く銃を突きつけた。

「選択肢をやるよ。脳味噌と心臓、どっちを撃たれたい?」
「うーん。強いて言えばどっちも嫌かな〜」

ぽかっ

「いてっ!」
思わぬところから頭を引っぱたかれた。

「シン、そんな物騒なものはしまいなさい!」

…シスターだ。

「わかりましたよ」

「事情はわからないけど、この人達まじめに働いてくれてるわよ?」
「そうだそうだ!労働の汗は尊いぞ!」

「労働してたのはトムとコリンだろ」
汗をかいて木材を運んでいたのはトムとコリンだ。
「オレだって部下の労働を応援するという汗を流していた!」
「胸を張って言うな。クソの役にも立ってねえだろ」
「シン。お友達なんでしょう?クソなんて言ってはだめよ」
何を勘違いしたのかシスターは『めっ』とでも言いたげに俺を睨む。

「全然知り合いではないです」
「あら?そうなの?随分と仲良さそうだったから」
シスターは首をかしげた。
「むしろ記憶から…いえこの世から消したいくらいですよ」
「冷たいな!眼帯!オレとお前の仲じゃないか」
ロイが肩を組もうとする手をぺしっとはねのける。
「触るな。馬鹿がうつる」
「うつるワケねーだろう!ちぇっ!こんな僻地にまで労働しに来ているオレらを労って、ウラルの在り処を教えるか真珠ちゃんをくれるかどっちかしてくれてもいいだろ」
「良いわけあるか。一度そのメデタイ頭を吹っ飛ばしてみるか?」
「なんでお前らはそう物騒なんだ!」

「あら、シン。やっぱり仲良いじゃないの。テレ屋さんな所は変わらないのね」
「全く照れてませんよ」
「でもロイさん。真珠ちゃんって●●さんのことよね?彼女のことは諦めてあげて。シンったら本当にぶっちきりで褒めてて、それはもう目に入れても痛くないってくらいに手紙で惚気ていてね…●●さんを失ったらシンが生きていけないかもしれないわ」
「シスター。その話はいいですからお茶のおかわりをお願いします」
俺が慌ててシスターの話を遮ると、●●は隣でクスクスと笑う。
「そうね。●●さん、このハーブティーは院の農園で採れる珍しい植物のものなの。美容にいいのよ。私の若さの秘訣ね」
「わぁ!でしたら私もおかわり戴きます!」



「シスター!おつかれさまです!」
「レオ。ご苦労様ね。あなたも、お茶をよばれなさいな」
レオと呼ばれた少年は、汗をかきながらこちらへ走り寄ってくる。
「そうそう!レオは、●●さんと同じヤマト出身なのよね」
「えっ!そうなの?」
●●が嬉しそうにレオに話しかける。
「はい!ぼくはヤマトのトゥーラ島から来ました」

「トゥーラ島か。初めて聞いたな」
思わず口を出す。知らない名の島だ。
「ヤマトの南方にある島で、特に貧しい地域なんです。昔、他国に侵略されて…沢山の大人たちが殺されて…」
世界中に奪う国と、奪われる国は存在する。
ウルと似た境遇のその島に、少しだけ興味を引かれる。

「それでモルドーに出稼ぎにきたのか?」
「はい!僕が働かないと家族は食べていけませんから」
レオは言い切る。
「学校に通わないかってレオに言ってるんだけど、断るのよ。勉強するよりも働いて、少しでもお金を稼ぎたいって」
シスターは悲しげに言った。

よくある話だ。
ウルの子供たちも皆、生きる為に働いていた。今は生活保障の改革や教育の義務化によって学ぶ時間が確保されてきたようだが、それはモルドー国籍の子供を対象にした制度であって、まだ他国へは届いていない。
「あ!これナギさんに貰ったクッキ―なんだけど、レオくんにあげるよ!美味しいんだよ!」
●●はポケットから菓子を取り出し、レオの手のひらに乗せる。
「え?…そんな、悪いですよ」
「頑張って働いてるんだもの。お腹すくよね?」
●●がほほ笑むと、レオは僅かに頬を染めた。
「真珠ちゃん!オレにも!労働でお腹がすいたオレにも甘いモノを〜!」
「ロイ船長は応援しかしてないじゃないですか」

手のひらに菓子を乗せたまま、遠慮がちに戸惑うレオの頭に、俺は手を置いた。
「遠慮なく貰っておけ。●●は道すがらもう一袋食ってるから、これ以上は食いすぎになるしな」
そう言うと、レオはぺこりと頭を下げて礼を言う。それから嬉しそうに茶を飲んで、菓子を口にした。
俺と●●は菓子を頬張る子供らしいレオの姿をじっと見つめる。
シスターが思いついたように切り出す。
「そうそう!エマの部屋に案内しなきゃ」




「すみませんシスター。母の遺品もすべて預かってもらって…」
母が居た部屋は綺麗に片付いていて、端に置かれた衣装箱の中に、俺がかつて送りつけた思い出の品物も一緒に集められていた。
「いいのよ。そのままにしてあるから、ゆっくり御覧なさい」
そう言ってシスターは部屋を出ていく。

「オフクロが死んだとき、遺品を見るのが辛くて…手元にあったものはそのままシスターに送ったんだ」
衣裳箱から目に止まったものに触れる。
「へえ…俺の、昔の制服まであるじゃないか」
「シンさんの学校ってこんな制服だったんですね!」
「ああ。男子校で、すげー規律の厳しい学校だったぞ」
国内有数のエリート校で、モルドー人ばかりの、ウルへの偏見も厳しい学校だった。
特等生で入学した俺は、やっかみも多く(まぁ、少し生意気だったせいかもしれないが)過ごしやすい学生生活だったかと問われると、首を傾げざるを得ない。
母の容体が悪化したのもその頃だから、思い出というほど学校に通った記憶も少ない。

「これは…オヤジの海軍の制服だな。形が古いから、オヤジとオフクロが結婚した頃のものだろう」
洗濯され、きっちりと畳まれている。
オフクロが大事に取っておいたんだろう。
俺のオフクロは心からオヤジを愛していた。
少女のように疑いもせず、最期までオヤジの事を信じていた…

「きっと、良い思い出がいっぱい詰まっていたんですね」
●●が穏やかに微笑む。
「ああ、そうだな」
「今は…遺品をみても、辛くない?」
●●の瞳が、窺うようにこちらへ向けられる。
「今は、お前がいるからな」
少しだけ、照れ臭い気分になって、ワザと乱暴に●●の頭をくしゃっと撫でる。
「…うん!」
心底嬉しそうに、●●は笑った。
その笑顔に胸の奥がギュッと熱くなり、頭を撫でた腕を首に回し、そのまま強く引き寄せる。
そして●●の身体を抱えたまま、床へと押し倒す。

「へ?」
「ここだと、ハヤテとトワの邪魔も入らないからな」
「し、シンさん…」

そう。
二人きりだ。

「んっ…」

驚きで僅かに開かれた唇に自分のそれを重ねれば、甘く柔い感触が俺を癒す。
瞳を覗こうと唇を離せば、視線がぶつかり、どちらからともなくまた、唇を重ねる。

「これからは楽しい思い出ばかり作ってやる」

「う…ん…」

首筋に落としたキスに●●はビクッと身体を強張らせた。
意思を持って下へとキスを移動させていくと、緊張を解こうとしているのか●●が口を開く。

「で、でも…いいのかな…っ遺品のすぐ隣でっ…」

「黙って俺に身を任せろ」

髪を撫で、瞳を覗き込むと、

「うん…」

●●ははにかんでから、ゆっくり目を閉じた。















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