Novel
□エピローグ SHINside
8ページ/9ページ
「急な坂道だから気を付けろ、俺が前を歩くから」
「はぁーい」
何か考え事をしているのか背後から聴こえる●●の返事は上の空だ。
「おい。ぼーっとするな」
「え?っあ!わああっ!」
坂道をずり落ちて転びそうになった●●を両手でささえる。
高低差のせいで顔が近い。
じっと顔を見つめると、不思議そうに俺に訊ねてくる。
「馬鹿かお前は、って言わないの?」
「お前、ホントその口癖をすぐ真似るよな」
「だってシンさんらしくて一番…」
出会った頃によく口にしていたその台詞を選んだとしても、今は甘ったるいものになってしまうだろう。
あどけなく見上げるその瞳に、愛おしさは募るばかりだ。
「言わねーよ。どんな時でも、お前を受け止めてやる」
「…シンさん」
「俺はちんちくりんのお前と違って、背も高いしな」
「ちんちくりんってヒドイ!まだそんなこと言うんですか?」
「間違いはねーだろ」
「わ、私はまだまだ成長期なんですぅ!!…って!きゃあっ!」
●●の身体を横抱きに持ち上げる。
「こうした方が早い」
「わぁ!重くないですか?!」
「そーだな。重さだけは立派に成長してるようだな」
「ぎゃあ!!やだやだ!降ります!降ろしてくださいっ!ナギさんのお菓子食べ出すと止まらなくてぇっ!顔が丸くなってきたってのは自分でも分かってるんですけどっ!改めて言われるとショック〜!」
「じっとしてろ。ばーか。冗談だ。まだまだ肉がついても良いくらいだろ。」
「あ!そっか。シンさんはぐらまーでせくしーが好きですもんね…でも付いて欲しいとこに全然つかなくて要らないところにいっぱいお肉がつくんですけどね。」
「へえ。例えばこの辺りか?」
「ぎゃあ!つままないでください!シンさんのエッチ!意地悪!」
「何を今更、俺はやらしーし意地悪だって言ってるだろ。ったく。ほら、しっかりつかまってろ」
「はい。ふふっ」
「何笑ってるんだ?」
「だって。幸せだなぁって!こんなに強くて優しくて素敵なシンさんが、私の恋人なんだもん」
綻ぶような笑顔に、いっそ永遠にこの腕の中に閉じ込めてしまいたくなるほど心を揺さぶられる。
「いつでもお前を護ってやる。そのかわり、俺、独占欲強いから覚悟しとけよ」
「はい!私もシンさんの役に立ちたいな」
俺は顔を近づけ、額をコツンと合わせる。
「もう、役にたってる」
役に立っているという言葉は正確ではない。
コイツに出会う前の自分がどうやって生きてきたのか、今では思い出せないくらいだ。
「こっちにこい」
眼帯を外し、ベッドに腰掛けたまま●●を呼ぶ。
「…はい」
「そんなガチガチに緊張するなよ」
「だって…」
抱き締め、キスをする。
「んっ…」
硬直していた●●が、ぼーっとした表情に変わっていく。
「●●、顔が赤くなってる」
「…」
「身体も赤くなってるのか?」
ドレスのボタンをはずす。
「このボタン、すげー外しやすいんだけど」
「それはファジーさんの気配りの成果で…って、ま、まって…」
「この手、邪魔」
自分の身体を隠そうとする●●の手を解く。
「だって恥ずかしいんだもん。じゃあ目をつぶっててほしい」
「馬鹿かお前は。目を瞑ったら見えねーだろ」
「い、今その台詞言うんですか?馬鹿でも何でも、は、恥ずかしいものは恥ずかしいんです…」
「恥ずかしがってる顔みせろよ」
耳元に唇をつけて囁く。
ビクッと●●の身体が震えた。
「何して欲しい?お前がしてほしい事なんでも言えよ」
「そ、そんなこと言われても、初めてだし」
「うん、知ってる。聞いてみただけ」
そっとドレスのなかに手を入れる。
「んっ…なんで、そんな意地悪いうの?」
「俺は意地悪だし、やらしいぞ。でも拒否する権利はないからな」
わざとリップ音を立てて頬にキスをした。
「きょひ、なんて…できっこないです」
「何で?」
「だって、シンさんのこと大好きだから」
素直に答える●●に、思わず笑みが零れる。
「ああ、知ってる」
ようやく訪れた甘美な夜の始まりに相応しく、俺達は手を握り合い唇を重ねる。
互いの衣服を取り去るもどかしささえ愉しむように、綻ぶ肌にキスをする。
二つの身体の距離がゼロになるようにと。
「だから俺も、教えてやるよ」
愛を囁く自分を想像したこともなかった。
街で耳にする愛の詩は全て陳腐だと思っていた。
船のエンジンにもならないものは、俺の人生に必要ないと思っていた。
だが、
●●―
お前を前にすると、ありえねーくらいに饒舌に俺の心が愛情を紡いでいく。
時に穏やかで、時に激しく。
伝えたいと心が叫ぶ。
その小さな身体を丸ごと全て俺で満たしたいと。
「シンさん」
●●が火照った声で俺の名を呼び、その腕が俺の背で結ばれる。
眩暈がするような幸福に、恋に、
俺は落ちている。