Novel

□エピローグ SHINside
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「シン君…シンくううんっ…」

「レイチェル…泣かないでっ!私達シン君親衛隊は何があってもシン君を愛し続けるって誓ったじゃない」

「そうよ!王子様みたいだった昔のシン君も素敵だったけど、今の悪い感じのシン君も最高じゃない!」

「でもっ…でも!こんやくぱーでぃなんでええええ!いやあああ!」


…チッ、さっきからずっとコレだ。

「もう諦めろよレイチェル。そういうお前も立派な家庭持ちだろ」

レイチェルに声をかけたのは夫らしき男で、その足元には小さなガキがへばりついている。

泣き続けるレイチェルにつられてガキもママ〜、と泣き始める。

「そうだけど違うのよ!シン君はクールビューティー王子様なのよ〜!我儘って分かってるけど誰のものにもならないで欲しいの〜!」

「わかるわレイチェル〜!」

女達は互いに抱き合い、涙を流す。

誰がクールビューティー王子だ。

「もう泣くのはおよしなさい貴女たち。シンがウルの王子なのは確かだけれど、実際は普通の男性よ。さっきもバッチリ子作りをしてたもの」

「シスター!」

「あら、これは秘密だったかしら」

悪戯が見つかった子供みたいにシスターは肩をすくめた。




「おいシン!久々に顔を出したと思ったらこんな可愛らしい婚約者を連れてくるとはな。」

「きっと天国のエマも喜んでるよ」

「しかし、あのモテモテのシンを落とすなんて凄い女性だ。どうやって知り合ったんだ?」

村中の連中が集まってるんじゃないかというほど、店の中は人で溢れている。
元々静かな街だ。
些細なイベントでも楽しみなんだろう。

「素敵な街ですね!」

●●は嬉しそうにルウム特産のブドウジュースを飲んでいる。

婚約パーティなんて見世物のようで嫌だったが、あいつらと離れて少し沈んでいた●●が楽しそうだから、悪くはない。


「それにこの街の人はダンスが上手いのよ。ウル特有のダンスで男女がくっついて踊るの」

「ダンス?」

「さ、ミュージックスタート!」

シスターが右手を挙げると、音楽が始まる。


途端に周りにいた女達が立ち上がり、詰め寄ってくる。

「シンさん!結婚する前に私と踊ってください!」

「私とも一度お願いします!」

「れ、レイチェル!私達も!」

「ちょっとシン君と一番に踊るのは親衛隊長の私よっ」


●●は女達の勢いに驚いた様子だったが、こちらに笑顔を向けた。

「シンさん。踊ってきてくださいよ」

何で呑気に笑顔なんだ。

おい、少しは妬けよ。

「ほら、みなさんお待ちかねです!」

ブドウジュースで酔う訳はねーが、●●は上機嫌だ。



「…じゃあ一列に並べ」

言うと同時に目の前に長蛇の列が出来ると、俺と●●の距離はあっという間に人の波に離された。



一曲一曲と踊りながら、視線は●●の方へ向ける。

アイツは放っておくとすぐ厄介事に巻き込まれる。

この村は平和なところだが、厄介事には色んな種類がある。

例えば――


『結婚前にボクと踊ってください』

『いやです』

『なんだよ、オレとは踊れないってのか〜』

ロイが強引に●●の手を引いている。

「チッ、アイツ…!」

舌打ちが漏れると、ダンスの相手の女がビクッと震える。

そういや今はレイチェルだ。

「シン君?どこ見て…あ、あの子ね!ほら、あの子も別の相手と楽しく踊ってるみたいじゃない」

「アレが楽しく見えるか?」



『ちょ、ちょっと!くっつきすぎですって!』

『うーん、良い匂いだな。いつまでも嗅いでいたい』

『嗅がないで下さい!』

『その陶器のような肌にかじりつきたい』

『かじりつかないで下さい!』

『ケチ』



「…確かに変態に言い寄られているようね」

「だろ。あの変態は特にタチが悪い」

「シン君、本当にあの子が大事なのね。ずっと見てる」

「…」

レイチェルはさっきまでの号泣は何処へやら、クスクスと笑いだした。
そして俺の顔をじっと見つめる。

「本当にカッコよくて何でも出来て、小さい頃からずっと大好きだった。この村の女の子は皆そうなの。シン君に憧れて恋焦がれていた。シン君が村を離れた時は寂しかったけど、少しの間でもこの村で一緒に過ごせて幸せだった。シン君は私達の青春そのものなの」

ふと、つないだ手に視線がいく。
ごつごつと生活感に溢れた女の手。
イベント好きなシスターは事あるごとにダンス会を開いていた。
この村の女達とは小さい頃、順番にダンスさせられた記憶がある。
そういえば小さい頃は俺より手がデカかったレイチェルは、ダンスの度に俺の手を力いっぱい握ってきて苦手だったな。
あの時はまだ子供で、俺がオヤジを恨み海賊になる未来も、母を失いこの村を捨てた未来も、予想もしていなかった。

ささくれた女の手は、あれから幾つもの時が過ぎ去った事を顕著に示している。
懸命に毎日を送っている働き者の手だ。

「あはは。女らしい手じゃないでしょ。あんまり見られたら恥ずかしいよ。シン君の前ではさ、ずっと子供の頃の可愛い私でいたいからさ」

今も昔も『可愛い』というより『逞しい』印象しかないヤツだが…

「いや、綺麗な手だと思う」

世辞でもなく、正直に感想を述べた。

●●の手も、冬場の船の上では皮が捲れるほどガサついたりする。
その手で必死に船の掃除をする。

早朝に白い息を吐きながら、頬を真っ赤にして俺に笑いかける。
シンさん、おはようって。冷え切った手で。

俺がその手を両手で包み暖めると、シンさんの手の方が冷たいよって小さな指が握り返す。
それはひどく満たされる瞬間だ。

以前の俺なら何とも思わなかった事を、ただ一人の女に出会ったことで、色々と塗り替えられてしまった。

「有難う。シン君、前よりもっとカッコよくなったね。ほんとあの子が羨ましいよ!けど、私達に幸せを沢山くれたからさ、今度はシン君が幸せになってくれると凄く嬉しいよ」

「ああ。有難う」

「ああ〜!もう!やっぱり凄くカッコいい!一生大好き!一生ついていくわ!」

タックルされそうになり、身体を離す。

丁度曲が終わって助かった。



「あ、あの子。レオと踊ってるみたいね」

ふと見ると、●●はレオと踊っていた。

「●●さんはヤマト美人ですね」

相手はガキだが、ぴったりと身体をくっつけて踊り、一人前に口説いている。

周りの男達が、レオの次は俺かとソワソワしている様子も視界に入ってきた。

「へ?私はどうみても美人とは程遠いかんじで…」

「●●!」

腕を引き、俺は●●を外へと連れ出した。





「お前は俺のモノだという自覚がなさすぎる」

「え?でも相手はレオ君だし…」

「その前はロイと踊ってただろ!あんな変態にくっつかれやがって」

「でもくっついて踊るのが伝統なんでしょう?」

「お前はヤマトの人間だから、その伝統は守らなくていいの」

思わず大声になる。

が、俺の機嫌に反して●●はクスクスと笑いだした。

「…なに笑ってんだよ」

「いいの、って。ふふっ」

「何だよ」

「だって可愛…うふふ。シンさんってヤキモチ焼きだな〜っと思って!」


(今、『可愛い』と言おうとしてたのか?)

頬をむぎゅっと掴む。

「貴様には再教育が必要だな」

「…ん」

唇を重ねたあと、敏感に反応を返す●●の顔を見つめる。

「他の男にそういう顔をみせるな。これは命令だ」

「そーゆー顔って、面白い顔?」

「じゃなくて…」

片手で髪をかきあげ、首筋にキスを落とす。


「こういう時にする、エロい顔のことだ」

「…」

恥ずかしそうに●●が俯く。

白いうなじに視線が行くと、そこにあるべきものが無い事に気付く。


「おまえ、ネックレスは?」

「ネッ…あああ!?

「ど、どうしよう!さっき踊ってる時に落としたのかも!」

「いや、あのネックレスは簡単に留め金が外れたりしねーよ」

「…てことは?」

「誰かに、盗まれたんだな」










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