Novel

□エピローグ SHINside
3ページ/9ページ



「準備は済んだ?これも持っていくといいよ」
荷物を纏めていると、ドクターが顔を出す。
手にはシリウスで常備している薬が用意されていた。
街の医者が処方したものより余程よく効くドクター手製のそれは、過去に何度もシリウスのメンバーが具合が悪くなった時に助けられてきた。
「有難うございます」
礼を言って鞄へ詰め込む。

「シン。楽しんでおいで」
俺が黙り込むと、ドクターは俺の肩に手を置き、にこやかにそう言った。

この人はずっとそうだ。
俺が抱えているものに直球で踏み込むような真似はしない。
だが抱えているものが何かをおそらく見通していて、そのうえで一番必要だと気付かされる言葉を掛けられる。まるで手の平で転がされている気分になる。
(天然なのか計算なのか解らないが、やはり一番敵には回したくないタイプだな)

「楽しんでくる、と言いたいところですが、シスターにアイツを紹介するってだけで今から頭が痛いですよ」
「シンの母親代わりだった人なんだろう?」
「カンが鋭い人で、手紙にアイツのことを書いてからずっと、絶対に連れてこいって煩くてね」
「そりゃあシンがベタ惚れだってのが一目でわかったんだろうね」
「…」
「反論しないって事は自覚はあるんだね」

「それなりに」
「今のは貴重な発言だね。●●ちゃんに聞かせてあげたいな」
「ドクターじゃないんですから、俺はアイツを調子にのらせるつもりはありません」
「ふふっ。そう言いながら二人きりになれば私以上に甘やかしているクセに」
「…」
「とにかく、気を付けて行っておいで」
ドクターはそう言って出ていく。







「シン。モルドーに残るかはまだ決めてねえんだな」
出発の時。
船長にたずねられる。

「はい。オフクロの故郷に行って、向こうでゆっくり決めようと思っています」
「そうか。●●、どっちにせよお前はシンについていくんだろ?」
船長は●●にも訊ねる。
「はい、そのつもりです」
「お前はずっとシンの後をついて歩いてたもんな」

その言葉に、これまでの旅を思い出す。
妙なガキが船に紛れ込み、面倒を見る羽目になった。雛のように俺の後をついてきては、ありえねえくらい手がかかり、俺の邪魔ばかりする。ペースも乱され、怪我もするしロクなことが無かった。突き放そうともした。
だが、いつしか俺はコイツの魂の真っ直ぐさや見た目から想像もつかないその逞しさに、深淵から救い出された。惚れてしまった。


「これだけは覚えとけ。もしお前達が船を降りても、シリウス海賊団の一員であることに変わりはない。俺達は死ぬまで仲間だ」

船長はいつになく真剣な顔で俺と●●を見た。そして●●にガバッと抱きつく。
「シンに捨てられたらいつでも言ってこいよ?俺が嫁にもらってやるからな!」
「船長…縁起でもないこと言わないでください…」
●●は涙目になっている。

「ほんと、いい拾い物だったな。お前に会えたことを神に感謝しなければならない」
「船長…」
「お前は神様からのプレゼントだ。例え離れていてもお前の幸せを祈っているぞ」
船長が神に祈るなんて想像もつかない。
この人こそ、神に愛された男だと思っていた。そう…少年期に、もし父が側にいたらこういうものかと思わせるような、憧れずにはいられない、大きくて強い男。
ドクターもナギも、ハヤテもトワも、そして俺も●●も、船長が居たからこそ、シリウス号でやって来れた。

「シン。俺は船長なんだからこれぐらい許せよ?」
船長は●●の頭を撫でながら、じっと見ていた俺に言い訳をする。
「ええ。わかってますよ」

その手が腰に伸びそうな所で船長の手を掴もうとは思っていたが、号泣して鼻水を垂らす●●を見ていたら、そんな気も失せた。
俺にとってシリウスが大事なように、●●にとってもまた、大事な場所なんだ。
過ごした時間の長さは関係なく、俺達は仲間だ。









揺れる馬車の上。
●●と俺の間には沈黙が続いていた。
こんな時、騒がしいハヤテやファジー、トワあたりがいれば、沈んだ空気が吹き飛ぶのかもしれない。だが馬車の上には、俺とコイツしか居なかった。

「寂しいか?」
俺についてくることで、コイツにとって大事な場所を奪うことになる。
「うん。今まで賑やかだったし…皆と離れるのは寂しい」
「俺もだ」
素直に言うと、●●は少しだけ驚いた顔をした。
「意外か?思いの外、シリウスの生活は俺の一部になっていたようだ」
「あ、ううん。シンさんが寂しくないって思ってたってことじゃなくて、そんなふうに口に出して言ってくれると思わなかったから…」
「フン。アイツらと離れたくないなんて気色の悪い事は言わないが、居なくなると静かすぎるとは思う」
「私は…ずっと離れたくないなぁって思っちゃいます。子供っぽいかもしれないけど…」

「俺だけじゃ不満か?」
「そ、そんな!滅相もない!!」
「ぷっ。必死になるなよ、冗談だ。…いや、まったくの冗談ってわけでもないか。俺はアイツらみたいに賑やかなタチじゃないが、それでも…」
きょとんとした顔の●●の頬に手を添える。
「それでも俺と居たいんだろ?その選択に後悔をさせるつもりはない。全力で愛してやる」
「シンさん…」

独りで生きているような気で船に乗った頃を思い出すと、懐かしくも恥ずかしい。
あの頃の俺はひどくガキだった。全ての責任を自分ひとりで取れると思っていた。命も、罪も己だけのものだと傲っていた。
実際の俺は、こんなにも愛情に飢えていて、愛する女の居場所を勝手に決めてしまうような欲の深い人間だったと言うのに――

「心配するな。またどーせ賑やかになる」
「え?」
「あっちにはシスターがいるって言っただろ」
「うん。シンさんのお母さん代わりの?」
「母って言うよりは祖母みたいなモンだが、オフクロより賑やかな人だった」
「ふぅん。それは楽しみですね!」
「オフクロは淑やかで美しい人だったが、シスターは嵐みたいだな」
「ふふっ!早く会ってみたいです!」
「余計な事は言うなよ」
「余計なことって?ええと、シンさんが優しい海賊だって事とか?朝陽を浴びて舵をとってるシンさんは凄くカッコよくて綺麗で直視できないくらいドキドキしちゃうこととか?」
「チッ、馬鹿か。…いーからお前は黙って隣に居ろよ」
「はぁい!」

●●に笑顔が戻り、ほっとする。
ドクターの『二人きりの時は私以上に甘やかしている』というセリフがふと浮かんだ。

『おいハヤテ。こいつに肉ばかり与えるな』
『だってコイツ、いつまで経っても細っこいし太らせねーとな』
『それは俺が決める。バランス良い食事をとらねーと』
『これも食え』
『ナギ!甘いモンばかり与えないでくれ』
『女はこーいうモンが好きなんだろ?』
『●●が目を輝かせてるぞ。ナギ兄の餌付け作戦有効だよなー』
『ナギさん!ぼくにもパフェください!』
『トワ、お前の分は無い』
『えええ〜!』

『まぁまぁ。好きなモノを食べさせてあげてよ?シン』
『ドクター、そんなこと言ってると、コイツは肉か糖分中心になって不健康になる』
『がっはっは!シンの過保護ぶりがおもしれーな!あのシンが女に夢中なんてめでたい!さ、お前ら飲め!』
『●●!アタイみたいに沢山食べるんだよ!豊満な肉体にならないとシン様とアッチの時に満足させられないだろ?』
『ファジー、お前は永遠に口を閉じてろ』
『ちょっとシン様!今の冷たい視線もっかいやっておくれよ!』
『シンさん…私、お肉も魚も野菜もちゃんと食べます!食べて頑張ってグラマーでせくしーになります!満足させる身体になります!』
『いや、もういい。好きに食え…』

ったく。
思い出すのはこういうクダラナイ日常会話だ。

―やはりシリウスでの生活が、俺のなかの大部分を占めていることに、改めて気付かされる。









次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ