Novel

□【chains】シリーズ
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Chains after

「シン、君に届け物だよ」


花ひとつない冷えた中庭のベンチで。

俺の静寂をいつもの調子で突然乱すのは、ライル。

俺は参加しなかったヤマトでの訓練から、どうやら戻ってきたところらしい。



「届け物?女からなら、必要ない」

「ははっ。相変わらずだな。そりゃあ、本気のラブレターを一向に受け取らない君に代わって、僕が君あてに預かるのがここ最近定番化してきてるけど。 でも今回はちょっと変わった相手からなんだ」

「変わった相手?」

「ほら」

そういって差し出された包みには、大きくたどたどしい文字で『おにいちゃんへ』と書かれてある。子供が書いたような文字だ。


「・・・・ガキに知り合いはいない」

手元の本に視線を戻すと、俺の答えに構うでもなくライルは説明を続ける。

「ヤマトの宿舎に子供がやって来て、これをお兄ちゃんに渡しての一点張りでね。教官が誰に渡してほしいのか訊ねると、『海賊のこととかサメのこととか物知りなお兄ちゃんに』だってさ。」

「海賊に詳しい?バカか。エリート海軍士官学校でそんな発言をしたら―――」

言いかけてハッとなる。


「まさか・・・・・・」

「そう。前にヤマトに行った時にシンがぶつかった男の子だよ。渡すまで帰らないってダダをこねてて、一緒に来てたお姉さんも困ってたところを僕が偶然見つけてね」

「チッ。教官に目をつけられるとまた面倒なことに・・・」

「だから、僕がうまく教官には誤魔化して預かってきたんだ。それに可愛い女の子に真剣に頼まれたら断れなくてさ」

「ったく、だからガキと女は面倒なんだ」



包みを開けると、中から明るいイエローの手袋が出てくる。

ところどころ不器用に編まれていることから、手編みだとすぐわかる。

「可愛い手袋じゃないか。あの男の子が編めるわけはないし、きっと母親かあの可憐な女の子が編んだものじゃないか?」

ライルの顔がニヤけているのを軽く睨んでから、手袋と一緒にひらりと落ちた紙を拾い上げる。




「不細工な編み目だな。それにどこのどいつが編んだかわからねー物は使わない。お前にやる」

しかもこんなガキみたいな明るいイエローの手袋なんてシュミじゃない。

「返されても困るよ。それはシン宛だし、僕ははるばるヤマトで頼まれて必ず君に届けると約束したわけだし。」



拾い上げた紙をひらき見ると、『おねえちゃんがあんでくれた ぼくとおそろい』とだけ、たどたどしい文字で書かれ、

その下に、『弟は毎日私に海賊の話をしてくれます。母は心配していますが、弟の嬉しそうな顔を見て私も嬉しいです。ありがとうございました』 と小さな筆跡で書かれてあった。

何度も書き直した跡があり、綴りもおぼつかない。

この手紙を書くのに姉弟そろって、かなり時間をかけたように思えた。



ヤマトには正式な学校が少ないと聞く。

アイツ―――父親がいないと言ってたが、学校には通っているんだろうか?

渡した本は挿絵があるから今はそれを愉しんでいるんだろうが、ちゃんと読めるようになるのか?

こうして手紙を書けているところをみると、読み書きを教える人間は一応居そうだが・・・



「シン?手紙はなんて?」

不意にライルの声が響く。

・・・・俺が気に掛けることでもないか。

学校に通えず、読み書きも出来ないガキなんてゴマンといる。

珍しい話じゃない。



「本の礼だと」

「なら有り難く受け取っておけばいいじゃないか。お姉さんは将来有望な可愛い女の子だったし、 純真無垢な子供からのお揃いの贈り物なんだろう?」

「チッ、他人事だと思って」

「シンに似合いそうだよ、そのイエロー」

「うるさい」

愉快そうに笑うライルを無視して、俺は立ち上がった。

コンリンザイ、おせっかいなガキとは関わらない。

俺はああいう面倒なタイプが一番苦手だ。







「シン。おかえりなさい」

家に戻ると、オフクロがベッドの上に起き上がっていた。

ここ最近はずっと具合が悪い日がつづき、寝たきりになっていたはずだ。



「大丈夫なのか?」

「今日は少し調子がいいから」

微笑む表情は柔らかいが、そう遠くない最期が確実に近付いてきていることを、俺はどこかで感じていた。

痩せ細り、もともと色白だった肌は雪のように溶けて消えるのかと思う程、色を失っていた。



「今日休学届を出してきた。しばらく家にいる」

「だめよ」

俺の報告をオフクロは力の入らない声で叱った。

「寮に、入って」

「あんな場所に入るつもりはない。俺は特待生なんだ。入寮せずに通う事を許可されてる。 それに学校に行かないくらいで成績が落ちるわけもない。誰かがオフクロのそばにいなきゃならねーんだし」

俺が学校に行っている昼間は、村長が寄越した年配の女性がオフクロをみてくれていた。

だが、いよいよオフクロに色濃く現れてきている影が、俺をここから出て行かせることを躊躇わせる。





「シン」

オフクロはもう一度、穏やかに俺の名を呼んだ。

叱るような、感謝するような、泣きそうな、困った瞳で。



そしてふと、俺の手にあった黄色いニットに視線をうつした。

「・・・これはガ・・いや、子供にもらった。成り行きで持っていた本をやったら、礼だと」

「すてきな色ね。元気になる色」

オフクロの細い指が手袋に触れる。

「あなたが小さい頃、よく編んだわ」

そういってなつかしげに目を細める。




そうだ。

肌が弱かった俺に、オフクロはよく手袋やら帽子やらを編んでくれた。

冷たい風から、幼い俺を守れるようにと。

だが俺は、その編み物がすぐに小さく感じるくらい、早く大人になろうとした。

いや、ならなければいけなかった。




「また編めばいいだろう」

「そうね」

「ああ。こんな派手な色じゃないヤツをな」

震える痩せたオフクロの指を見つめ、その手がもう二度と編むことのない遠き日のぬくもりを思い出す。


「あの人も・・・そういう明るい色が似合ってた。ひだまりみたいな・・・」

オフクロが懐かしそうに呟く。

「アイツの話はするなよ」

俺の声は鋭くなり、オフクロは哀しそうな顔をして、それきり黙り込んだ。

何度手紙を送っても、伝手を辿っても戻りはしない・・・アイツの話なんて聞きたくない。




「もう横になったほうがいい。今夜は冷えそうだ。村長から暖をとるものを貰ってくる。」

オフクロは素直にベッドに横たわり、俺へ声をかけた。

「その手袋、シンにとても似合いそうだわ」

からかうようなライルの声とは違って、とても真剣な声だった。



「シン・・・孤児院に移ろうと思うの」

「シスターのところへか?」

「ええ。私が育った場所・・・あの人に出会った場所。そこで・・・ゴホゴホッ」

「無理するなって言ってるだろう。俺がシスターに連絡しておく」

「ふふ、ありがとう。だから私のことに構わずあなたは寮に入るべきよ・・・」

「それは・・・俺が決める。もう眠れよ」

「・・・ええ・・・もう眠るわ」



咳き込んで聞き取れなかったオフクロの言葉の続き。

『そこで・・・』

最期を迎えたい――

そう、俺には聞こえた。





ドアを後ろ手にしめ、握りしめたイエローの手袋を見つめると、意味も解らず苦いものが頬を伝う。

オフクロは言葉をしゃべれる日はずっと、俺にここから出て行くことを勧めてくる。


たとえば寮だったり、他国での研修旅行だったり。

言葉に出したことはないが、俺がずっと外の世界に出て行きたいと思っていることを解っているからだろう。



――近いうちにそんな日が訪れるのかもしれない。



俺は望んでいるのか、拒んでいるのか?

その時アイツは・・・帰ってくるのだろうか。

俺はどんな顔で、どんな選択をするのだろうか。



考えても仕方のないことをぼんやりと浮かべながら、暖かな手袋をはめてみる。

凍える指を見つめた滲んだ視界に、鮮やかなイエローが痛いほど沁み渡る。


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