Novel

□【chains】シリーズ
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「おい。どこへいくつもりだ?船まで戻るんじゃないのか?」
私の家の狭さではさすがにシンさんを泊められないということで、夜更けに馬車に乗り込み、私達は村を出た。
もう日付は変わり、11月11日になっていた。
船へ戻る道とは違う方向へ馬が進みだすと、シンさんが不審がる。

「え?あ、あの…じつはここに手紙が」
「手紙?」
船長から渡された手紙を私はシンさんへ見せる。

そこには――
『宿を用意してあるからゆっくりしてこい』
とだけ書いてあった。

「どういうことだ?確かに船長には明後日までにはと言われたが、馬を速めれば明け方には船に戻れない距離じゃないが」
「だってシンさん、誕生日だから…」
「誕生日?」
そういってシンさんはしばらく考え込んだあと、
「…フン、そうか。今日は11日だったな」
と呟いた。
「まさか忘れてたんですか?」
「別に誕生日だからって特別何かをする必要もないだろう」
「そんなっ!ほらケーキとか食べたり」
「ケーキが食いたいならいつでも食えるだろ」
「ケーキがってわけじゃなくて、シンさんが生まれた日だから大事なんです!」
「ふーん。そんなものか。お前はそういうの好きだな」
「シンさんが無関心すぎるんですよ」
「まぁ、船長が宿を用意してくれてお前と二人でゆっくり過ごせるなら、誕生日を祝われるのも悪くない」
とりあえず、納得してくれたみたいで良かった…

数刻後、馬車が止まったのは森の中にポツンと建っていた小屋の前だった。
「え?ここ…?」
驚いていると、御者の人は
「明日の昼過ぎにお迎えに上がります」
とだけ言って馬車はあっという間に姿を消した。
「想像していた宿とは違うな」
「はい…お、オバケでそうなくらい暗くて怖いんですけど…」
宿というより小さな家だ。
しかも誰もいないみたい。
「とりあえず突っ立ってるのも寒い。中に入るぞ」
「はい…」
シンさんの腕にくっついたまま、僅かな灯りが入口に点されたドアをギイッと押して開ける。

「ほんとに誰もいないですね…」
「ランプをつけるぞ」
灯りをつけると、こじんまりしているけれど過ごしやすそうな部屋が見渡せた。
真正面に薪をくべる暖炉があり、手織り絨毯のうえにはロッキングチェアが置かれ、脇にはシンプルだけれど大きめのベッドがしつらえてあった。
「わぁ〜!意外と素敵ですね!シンさん!」
「テーブルの上に何かある」
そこにはバスケットが置いてあり、料理とケーキ、ワインが置いてあった。
ワインボトルの下にメモが挟まれていて、
<誕生日は存分に愉しめ!>とあった。

「お前、聞かされてたのか?」
「いいえ!船長とみなさんがシンさんの誕生日は何が喜ぶかって話をしていたのは聞きましたけど詳しくは教えてもらってませんよ」
「珍しくアイツら…まっとうなサプライズプレゼントだな。以前アイツらが企画したデートコースは散々だった」
「ふふっ。そういえばシンさんの顔が引きつってたの覚えてます!」
シンさんも機嫌が良さそうだし、すてきな演出に嬉しくなって、
「私もプレゼント用意してたんです〜!えっとね…」
私は自分のポケットに手を入れた。
「あ…あれ?」
「どうした?」
「え゛っ…あれれ?な、なんでっ?!…ない」
「無い?」
「ポケットに入れたのにっ…!うそっ!!どこかで落としたのかも!どどどうしよう!!」
焦っていると、シンさんがクッと笑う。
「何を用意してたんだ?」
「こないだ行った島で見つけた石を街に出た時に見てもらったら希少なブラックオパール原石だっていうから…それを箱に入れてたんです。」
「お前にしては珍しく海賊らしい贈り物だな」
「…あ!村で逃げた時に村長の家に落としてしまったかもっ。村に戻って…」
「いや、いい」
シンさんはぐっと私の身体を抱き寄せた。
「シンさん…?」
私よりも高い位置にあるシンさんの心臓の音が大きく響いてくるくらい、ぴったりと近い。

「その石はそのままあの村に贈ればいい」
「でも…それじゃ何もプレゼントがなくて…」
「気持ちだけ受け取っておく。…ありがとう」
シンさんが少し照れたように呟いた。
「それに俺はもうプレゼントを受け取ったしな」
「え?いつ?」
「今回の旅で俺にとって大事な人間が増えた」
「それってもしかして…」
「お前の家族とお前をあたたかく迎えてくれるあの村の者たちだ」
「シンさん…」
「以前の俺なら、こういう面倒なものが増えることを嫌っていたんだが…どうやらとことんお前に毒されているらしい」
「毒、ですか?」
「いや。感謝している。どんなに高価な宝を手に入れても満たされなかった所を埋めてしまう方法を教えられたんだからな。それに…」
「はい」
「何もプレゼントがないとお前は言うが…」
抱き締めていた身体を少し離して、シンさんは私の瞳を覗き込んだ。

「●●、俺の名前を呼んでみろ」
「え?シンさん…」
「例えばそうやって名を呼ばれるだけで俺の名は名曲にも勝る響きを得る。そしてこうやって…」
シンさんが私の手をとり、自分の頬へと触れさせる。
「お前が俺に触れる度に…俺という存在がこの世に生を持ったことに深い感謝と意味を持たせる」
シンさんの言葉に、震える程嬉しい気持ちが湧き上がる。

「私がいることでシンさんがそう感じてくれるなら、それが一番嬉しいです!シンさんのお誕生日なのに私がプレゼントもらっちゃたみたい」
嬉しすぎて顔が緩み、沢山の愛情を伝えようとシンさんの身体へ腕を廻してぎゅうっと抱き締める。

「相変わらず犬みたいだな、お前は」
呆れたように笑うシンさんの笑顔が優しくて、蕩けるような気分でいると、
「さて。船長やアイツらのせっかくの計らいだ」
シンさんが突然私を抱き上げ、ベッドへと運んだ。

「えっ!ちょ…シンさん?!あの、ご飯とかケーキとかワインとか美味しそうなものがあそこにありますがっ…」
「そんなものは後でいい」
「えっと、その…いきなりっ!?あ!暖炉に火を入れましょう!さすがに寒い気が…!」
「すぐに温めてやるから心配するな。汗をかくくらいにな」
「うっ…」
こ、これは容赦ない時のシンさんだ…!
心の準備時間もなく、ふかふかしたベッドに押し倒される。
「プレゼントは私…とはベタな展開だが、俺が一番喜ぶものが何か、もうお前ならわかっているだろう?」
シンさんは妖艶な笑みを浮かべて愉快そうに私を見下ろした。
「な、何ですか…一番よろこぶものって…」
「お前の泣き顔だ。悦びに喘ぐほうのな。幸いここは周りに誰もいない。俺達だけだ。存分に啼かせてやれる」


これから訪れる夜の時間は甘く大人びたものになるはずなのに、意地悪なことを言うシンさんの表情はまるで子供のように見えて――

私達はまるで小さな子供同士がじゃれあって遊ぶかのような気持ちで、満たされた夜を過ごすのだった。


「シンさん、お誕生日おめでとうございます。また来年もお祝いさせてくださいね!」








end.









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