Novel

□【chains】シリーズ
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【chains】 Shin's birthday

2回のノックの後、ゆっくり船室のドアが開けられる。
「シンさん?用意できました?ドア開けますね」

いつもより余所行きな格好をした●●が俺の姿を見た途端に、驚いた顔で目を見張る。
(…どこかおかしいか?)
身を通したスーツを思わず見返す。

「シンさん…」
「何だ?」
「すすっ、す素敵です〜!!」
「…フン」
柄にもなく緊張している自分を落ち着けるように、俺はわざと大きくため息をついた。

●●の後ろからハヤテとトワが顔を出す。
「お〜!やっぱ気合い入ってンな!シンが正装してる」
「凄くカッコいいですよ、シンさん!」
「チッ。ただのスーツだ。お前ら暇なのか?」
「何だよ。シンが初めて●●の家に挨拶に行くっつーし、茶化しにきてやってんだろ」
「ハヤテさん。僕は茶化しにきてないですよ。応援しにきたんです!」
「応援?」
俺が聞き返すと、トワが満面の笑みで応える。
「だってシンさん、『娘さんをください!』って言いに行くんですよね?」
トワの言葉に、●●が一気に顔を赤らめ強張った表情になる。

「おいトワ。海賊が『ください』っつーのも変だろ。なぁ?シン」
ハヤテは時折尤もなことを言う。
「そーだな。挨拶だけだ。別に特別なことじゃない」
自分に言い聞かせるかのように俺は口にする。
「そ、そうですよねっ!私も、シンさんを家族に見てもらいたいってだけで別にそんな特別なことはっ…!」
「ははっ。何慌ててんだよ●●。シンに会ったらお前の親はビックリすんじゃねえの?」
「え?そりゃあそうでしょうけど…?」
「色気がねえと思ってた娘が男連れて来たって腰抜かすよな絶対!」
「ハヤテさん…!色気がないってのは余計です」
「まー、シンのおかげでこんくらいは出て来たんじゃねえの?」
ハヤテは人差し指と親指を僅かに離した状態で●●の前に手を出す。
「え?それだけですか…?」
「なぁ?シン。こんくらいだよな?」
「…」
「おい、シン?珍しくボーっとしてるな。あ!わかった!キンチョーしてんだろ〜」
「ハヤテさん!あんまり言うとシンさん怒っちゃいますよ」
「トワ。それなら望むところだっての。最近身体なまってるしな!」

シリウス号の次の目的地まで向かう間に偶然ヤマトがあった――。
●●はまだシリウスでの旅を終えるつもりがなく、ヤマトに寄らなくてもいいと言っていたが、船長が久々にヤマトの酒が呑みたいと言い出した。
そのついでという名目で●●を家族に会いに行かせることになったのは船長の計らいだった。
全員でぞろぞろと会いに行くわけにも行かねえからと、同行者として俺が選ばれた。
久しぶりの帰郷に●●には小奇麗なワンピースを誂え、俺は品のある仕立のスーツに身を包んだ。

ウル民族の問題はまだ解決していない。
海賊として旅を続けたい俺自身の想いと、ウル復活と共に巡ってくる王擁立の声。
その狭間で俺は何も決められずに海賊としての生活を続けていた。
まだ●●の家族に未来を語る資格なんてないことはわかっている。
本当に今のタイミングで俺が挨拶に行っていいのか…?
やはり浮き足立つ●●と反対に、俺は重い塊を心の底にしまいこんだまま、ヤマトへ向かおうとしていた。

「●●ちゃん、シン。気を付けて行っておいで」
ドクターが●●に微笑みかける。
「これを持っていけ。向こうへの手土産だ」
ナギが俺に大きなバスケットを渡す。
「ま、オレらはゆっくりヤマト観光してっから、せいぜい●●の家族に気に入られてこいよ」
ハヤテが茶化すように言う。
「僕も同行したかったです。シンさん、●●さん、楽しんできてくださいね!」
トワが『しっかりシンさん!』とでも言いたげな目で俺を見る。本気で余計な世話だ。
「がっはっは!つーことで明後日までには船に戻ってこい。シン、●●を頼むぞ」
船長にバシッと肩を叩かれ、全員に見送られながら、俺たちはシリウス号を後にした。


「おい、あの赤い旗は何だ?」
村の境に幾つも並ぶ大きな旗のことを●●に問う。
「何でしょう?以前はあんなの無かったですけど…あ!出迎えが来てますよシンさん!」
馬車が辿り着こうとしている村の入り口には村中の人間がいるんじゃないかと思う程、人が集まっていた。

「おい何だ…あの人だかりは…」
「帰るって手紙を書いてたんで、皆来てくれたみたいですね!うちの村はみんな家族みたいなものですから!」
「チッ、余計なことを…」
嫌な予感を覚えながら、馬車から降りると、何故か『おお〜』という歓声が上がる。

「●●が恋人を連れて帰ってくると自慢げに手紙に書いておったから皆、興味深く待っておったところじゃ」
長らしき老人が列の一番前で話しかけてきた。
「村長っ。自慢げって…!いや普通に帰るって書いただけですっ」
顔を赤らめ●●は慌てる。
「ふぉっふぉっ!嬉しそうに手紙を寄越す気持ちもわかるな。ここにいる女性達が色めきたつほどええ男じゃ」
村長と呼ばれた老人はこちらに向き直って微笑みかけてくる。
洗練された女達と違って、この村の女性は隅々まで観察するかのような好奇心を隠さない視線をぶつけてくる。
(見世物にされてる気分だが…)
「よくおいでなさった。歓迎するぞ。儂は村の代表で●●の事は生まれた時から知っておる。孫みたいなもんじゃ」
「急な来訪にも関わらず手厚く歓迎いただいてありがとうございます」
「ふぉっふぉっ!ええ声じゃ!キリッとしてええ男じゃな。儂の若い頃そっくりじゃ」

「おかえり。●●」
老人の後ろから●●によく似た女性が顔を出した。
「お母さん!ただいま!」
そう言って●●は女性に抱きついた。
(●●の母親か…見た目もだが柔らかな印象まで似ている…)

「あんたはもう…出て行ったきりろくに便りも寄越さないで」
女性は怒った口調を保とうとしつつも嬉しそうな泪を拭い、●●を抱きしめる。
「元気そうで良かったわ」
「うん!すごく元気だよ!あっ…」
●●は思い出したように振り返り、俺を見た。
「お母さん。えっと…か、彼がシンさんです。あの、私がお世話になってる人です!」

俺は天空議会で演説を行った時より数百倍も気を張った声で挨拶を発した。
「シンです。●●さんを連れ出す形になってしまいご心配をおかけして申し訳ありません」
「いえいえ。間違って船に乗ってしまって迷子になったところを助けていただいたとか。ありがとうございます」
●●の母親はそう言って頭を下げた。
「●●さんは仕事をよく手伝ってくれていますし、こちらが助けられています。本来ならもっと早くヤマトにご挨拶に伺いたかったのですが、すぐに戻れず遅くなりました」
「お母さん!違うの。手紙にも書いたけど皆さんは帰ってもいいって言ってくれたけど、私が皆さんと居たくて無理を言ったの」
「ふふ。まさか●●がこんな素敵な人を連れて帰ってくるなんて思ってなかったわ。さすが私の娘ね」
●●の母親はにこにこと●●を見た。


俺と●●、そして母親を囲み、その周りに集まってきている村人たちは口々に話しだす。
「ホント!こんなカッコいい人見たことない!」
「どこかの王族なの?貴族なの?!只ならぬ雰囲気だわ」
「声も澄んでいて素敵ね…●●ったら羨ましすぎる〜!」
若い女達が口々に言うと、
「な?儂の若い頃のようじゃろ」
と二度もそれを言う村長に、
「絶対違いますから!」
と全員が突っ込んだ。そして一面に笑いが起こる。

(そうか。コイツが育った村は――こんなに温かい空気で溢れているんだったな…)

「そういえばヤマトは?」
「そろそろ学校から帰ってくるわよ。あ、ほら」
ヤマト。
この国の名から名づけられたという●●の弟だ。
母親が視線をやった先には、髪の短い活発そうな少年が立っていた。
「姉ちゃん…」
少年は●●の姿をみるなり、泣きそうな顔になる。
「ヤマト!久しぶりだね!」
「…っ。な、何してたんだよ今まで!船に乗ってるっつー手紙が届いたまま帰ってこねえしっ」
「ごめんね。ちょっと色々あって旅をしてて、今回もすぐまた帰らなきゃいけないんだけど…」
「帰る?姉ちゃんの家はここじゃねえのかよ…!」
ヤマトと呼ばれた●●の弟は、キッとこっちを睨む。
「何か金持ちそうな恰好しやがって!あんたが姉ちゃんをたぶらかしたのか?!」
俺に詰め寄ってくる。
「ヤマト!違うよ。シンさんは私を守ってくれて…」
「違わねえ!何だよ!急にいなくなって急に帰ってきて…わけわからねえ大金だけ送ってきやがって!」
「え?大金?」
●●が俺を見る。
「●●の給料だ。荷物には書いておいたはずだ」
「あんな大金をポンと払うような仕事してるってのかよ?!普通じゃねえだろ!姉ちゃん大丈夫なのか?!」
「それは…」
心配をさせないため、●●は家に手紙は出していたが海賊船に乗っていることは伝えてさせていなかった。


「海賊だ!!隣町が襲われてるって話だ!!こっちにも来るかもしれねえ!」
中年の男が息を切らして駆け寄ってくる。
(海賊…?)
「わかった。ここの女子供は儂が守る。自警団の連中に充分注意するように伝えてくれ」
村長は緊迫した顔で応えた。
「自警団?そういえばここは男が少ないな」
訊ねると、
「ああ。最近近隣の村への海賊の襲来が頻繁でな。男達は海沿いに自警団を形成して常駐している。赤い旗を見たじゃろう?我らは海賊に屈しないと言う決意の旗じゃ」
「シンさん…」
●●は訴えるように俺を見た。

「この村に海賊が来るまえにオレがやっつけてやる!オレも自警団に参加するんだ」
ヤマトが声を張り上げた。
「ダメじゃ。海賊は危険じゃ。それに此処も男手がいる。まだヒヨっ子のお前でも必要じゃ」
村長が言うと、●●も口を挟んだ。
「そ、そうだよ。相手は武器を持ってるのに危ないよ…」
「オレは姉ちゃんが思ってるほどもう子供じゃない。戦えるし、守れる!」

(海賊から守る、か。その海賊がここにもいるってのに…皮肉なものだな)

「どうだかな。そういう奴ほどたいした腕じゃない」
思わず口をついて言葉が出た。
ヤマトは逆上した様子で俺を睨んだ。
「何だと?オレは強いんだ!試してもいいんだぞ!!」
「シンさん?!何を…」
●●が慌てるが、黙っていろと制する。
足元の枝を拾い、ヤマトに手渡す。
「これを剣だと思って斬りかかってこい」
「ふんっ!びっくりすんなよ!」
枝を持ったヤマトは構えを見せた後、思い切り振り下ろしてくる。
俺はそれを避け、トンっと背中に手刀を加えた。
「な…!なんだよ、マグレで…」
やみくもに振り回される枝を俺は手で掴んだ。
「俺が剣を握っていたらもう命は無い。そんな腕じゃすぐに殺されるのがオチだな」
「!」

俺とヤマトのやり取りを皆が黙ってみていた。

「おそらく村の腕っぷしの強い輩から戦う方法を教わっていい気になってるんだろう。
だが殺すつもりで向かってくる相手にそんな細い身体で力技で返そうとしても叶うはずはない。何も守れなどしない」
「くそっ…アンタ何者だよ?姉ちゃん、コイツは…」
ヤマトが悔しげな顔で問いただす。
「…俺はウルの末裔だ。送った金はその金だから心配するな」

「ウル民族は散り散りになっていたがモルドーから独立してウル国の建国が進んでいるそうじゃな」
村長の問いに俺は頷いた。
「どうりで美しいと思ったわ!ウルは芸術に秀でた民族で容姿も美しい方が多いとか」
「やっぱり王子様だったのね。すごい!」
「でも王子様なのにどうしてそんなに強いのかしら?」
周りの女達が好き勝手に言う。
「…さ、儂らは儂らに出来ることで村を守る。海賊が襲ってこないよう祈ろう…」
村長の言葉に皆自分の家へと戻っていった。



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