Novel

□curse呪いの街
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「えええ!?やっぱり鏡に入っちゃったんですかみなさん!よくご無事でしたね!」
ルルが特製ココアを振る舞いながら驚いた声をあげる。

「イヤな気分にはなったけど全然問題ねーぜ!何せ俺たちはシリウス海賊団だからな!世界最強!そうっすよね!ソウシさん!」
「ははっ。でもリアルな幻だったよね…。私もどうすればいいかわからなくて困ったよ。あり得ないのに…もしこうだったならって望んでしまう。そう何度も思い出したくない記憶っていうのは誰にでもあるものだからね」
「そうっすね…」
「ハヤテ、ノーテンキの塊のお前にも道を迷うような悩みがあってよかったな」
「んだと?シンこそ戻ってくるのが一番最後だったじゃねーか。まさかシリウスを捨てるつもりでいたんじゃねえよな?お前は何考えてるかわかりにくいんだよ!」
「フン。お前か大事なものかを秤にかける選択肢なら、安心してお前に銃を向けられるな」
「オレだってシンか骨付き肉入りナギ兄スペシャル一年分となら、迷わず骨付き肉入りナギ兄スペシャル一年分を取るに決まってるし!」

「…ハヤテ。骨付き肉入りナギスペシャル一年分って何だ?お前は一体どんな呑気な幻を見たんだ」
「あー!ナギ兄笑ってけど食いものがねえってのはとてつもない恐怖なんだからな!」
「誰に言ってるんだ?俺は海の上の料理人だ。じゅうぶんわかってる」
ナギが割って入ってくると、ドクターが俺たちを宥める。
「ほら、みんな。無事戻れたんだし、喧嘩しないの。シンはきっとネコになってたから戻るのが遅かったんじゃないかな」

「そうですよね!みんな今の自分が大切だから戻ってこれたんですよね!ね?船長!」
トワが船長へと視線を向けると、船長が全員を見廻して告げる。
「当たり前だ!俺は全員無事で戻ってくると信じてたぞ!俺だって綺麗なネエチャン達を次々と振り切って現実へと戻って来たんだからな!」
「って船長!結局女関係の夢みてたんっすか!」
ハヤテが突っ込んで皆が笑う。

こうして冗談を口にしているが、船長をはじめ、みんなもそれぞれに辛い過去を見せつけられたに違いない。
平穏な暮らしをしていれば、海賊になる理由もないだろう。
蓋をしたはずの傷口を突くような、リアルな幻。
何かを失い取り戻したいものがあったからこそ旅に出ることを決意し、それら全部を乗り越えて出会ったからこそ、シリウスである今がある。

「ルルさん、ありがとうございます。女神さんの呪いを解いてくださったって」
彼女がルルに頭を下げた。
「ううん!もとはと言えば私が原因なんだし。街にかかった呪いが解けたせいで魔女界の師範に何とか連絡がとれたので、大枚をはたいて呪いを解く術を貰いましたよ!だからスッカラカンで…ココアしか振る舞えないんですけどね」
女神は無事に湖へと戻り、城から持ち帰った魔鏡も永遠にこの家の魔法陣で封印することになった。

「このココアうまいな。ラムに生クリーム…バター…絶妙のブレンドだ」
ナギが感心していると、ルルが嬉しそうに瞳を輝かす。
「うちの家に代々伝わるおすすめの飲み方なんですよ!私の新しいパートナーにも大好評で!」
ルルの隣にすぅっと黒猫があらわれ、平らな皿に入ったココアを飲みはじめた。

「紹介が遅れました。彼はルシル。師範が私一人じゃ不安だからって優秀な黒猫をパートナーにつけてくれたんです!まぁ、シンさんほどビジンなネコちゃんじゃありませんけど」
そう言うと、黒猫はじろりとルルを睨んだ。
それから俺の方を見て黒猫は丁寧に頭を垂れる。
「ルシルが敬礼してますね!彼は姿見が出来るんです。何々?ネコになってたシンさんが見える?彼なら黒猫界でも有数のエリートになれるって?ですよね!私もそう思いますよ。ふかふかの肉球。美しくて黒々とした毛並に利発な瞳。魔女界の黒猫相談所でもシンさんみたいに綺麗なネコちゃんは見られませんでしたよ!!もう一度薬をかぶってみませんか?…なんて」
「断る。金輪際ネコになる気はない」
「さすがシンさん!黒猫からもモテるんですね!僕も黒猫のシンさんを撫でてみたかったなぁ」
トワが満面の笑みを向けてくるが、俺が睨むと縮こまった。

「フン。二度とあんな姿は御免だ。いつもの俺でいい」
「あっ!だから元の姿に戻れたんですね。迷いがあると、途端に出口を失うらしいですから!」 
ルルが頷きながら感心したように言う。
「でも少し、鏡に入る前に比べて気持ちがスッキリした気がするね。迷いを突きつけられて振り切ることで視界が良好になったというか」
ドクターの言うとおりだ。今回の旅は、改めて自覚をさせられた部分が多い。

「船長。そういやあいつに城を渡されましたけど、どーするんっすか?」
ハヤテがラムを飲み干す船長に聞く。
「海賊が城なんてもらってもメンドクサイだけだしな…。おい女、ルルとか言ったな。お前にやる。あとは好きにしろ」
ルルが驚いた顔を見せる。

「ええっ!あの城には町中の財産が詰まってるんですよ!一生楽して暮らせるくらいの…!なのにもったいない!」
「ん?そうなのか?いくつか骨董品は貰って帰って来たが、しかし鏡が重くて今回は財宝どころじゃなかったからな。ま、しかたねえ。またこの街に来たらタダで酒を飲ましてくれ。綺麗なネエチャン付きでな!」
船長の言葉に皆が微笑む。

船長らしい――清算の仕方だな。


隣でココアを美味しそうに飲んでいる●●にふと視線が止まる。
そういえばコイツはどんな幻想を見たのか。

じっと彼女を見つめると、小さく答えが返ってくる。
「私はね、ヤマトにいたんです。お母さんも弟もいて…出て行かないでって泣きながら言われるんです」
「…」
「でもね…でも私は」
言葉を続けられずにいる彼女の手をそっと握りしめる。

「一人の女の為に全てを犠牲にする。…俺だってわからなくもない。」
「シンさん…」
目的や方法は違えど、あの男が取った行動は少なからず理解できる。
「もしお前を失わねばならないとしたら、どんな手を使ってでも、世界を終わりにしてでも俺は足掻くだろう」

どうしようもなくたった一つの何かを選び取らなければならない時が迫れば、俺の応えはとっくに決まっている。
あたたかいこの手を掴んだあの時から…

ぎゅっと握った手を●●が握り返す。
「私も…マリアさんの気持ちがわかります。向かう先が世界の果てでも地の底でも、愛する人の側に居たいって」

視線がぶつかる。
●●はいつもの強い瞳をまっすぐに捧げてくる。

「危ない時はついてくるなってシンさんは怒鳴るかもしれませんけど、ずっとずっと離れてあげませんから!危ない場所だからこそ、私がシンさんを助けたいって決めたんです」
「ったく、たいした女だな。地獄だろうと天国だろうとこの手を決して離しはしない。だから俺が…」
「シンさんが…?」

「俺が、全てを賭けてお前を守る」
●●の瞳が潤み、肩が小さく震える。

「バカ。泣くな」
「な、泣いてませんっ」
潤んだ瞳を堪えようと、彼女の顔はくしゃくしゃになる。
「でも、うれしくて…目から鼻水がでそうですっ」
「不細工になってるぞ」
「ひ、ヒドイ!」
「この俺が守るっていってるんだ。お前は安心して笑っていろ」
「はいっ!!」
勢いの良い返事に、みんなが一斉に彼女を見る。

「ったく、イチャついてるんじゃねえよ」
ハヤテが呆れた笑顔を向けてくる。
「いいじゃねえか。ネコの姿だったから色々不便で溜まっちまっただろうしな!何なら隣の部屋で楽しんで来い!」
「だから船長っ…破廉恥ですっ」
真っ赤になって慌てたトワがココアの入ったカップを落としそうになり、
「勿体ねえ。食い物を粗末にするな」
ナギがすかさず受け止めた。

「みんな無事だったし、珍しい骨董品も手に入ったし、スパの街で今度こそのんびりオンセンでも入って帰ろうか」
ドクターの提案にハヤテもトワも盛り上がる。
「ようやくゆっくりオンセンで遊べるぜ!」
「ハヤテさん。温泉は遊ぶところじゃないと思いますよ。ゆっくりするというか…」
●●が笑う。
「はぁ?そうなのか?広いフロなんだろ?泳いだりできるんじゃねーのか」
「筋肉痛とか痛みにも効くらしいので、できればゆっくりつかりたいですよね」
トワが付け足す。
「ガキか」
俺が呆れて溜息をつくと、
「あー!シン、馬鹿にしたな。お前こそ肩こりっつージジくさいモンに悩まされてるクセに!」
「アタマも目も使わねえヤツは凝らねえだろうな、羨ましい」
「オレだってアタマも目も使ってるし!超目とか良いし!」

船長の声が響く。
「よし!野郎ども!オンセンで宴のやりなおしだ!」
「「「「アイアイサー!」」」」

「ねえルシル。不思議な海賊さん達でしたね。賑やかで強くて楽しくって。
カースは長い間暗い街だったから、これからはああいう愉しい人たちが沢山遊びに来てくれる街にしたいですね。
…って、あれれ?みなさん、全員無事っておっしゃってましたけど誰か足りないような気がしませんか?もっと騒がしい人がいたような気がしますが…いましたっけ?
まぁいいや。ルシル。ココアおかわりのみますか?」



end.


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