Novel

□curse呪いの街
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「馬鹿かお前は」
俺は男を包む影に銃口を向けた。

ズキュゥゥゥンズキュゥゥン

撃ちこむと、影はひるむ。
「鬱陶しいやつらだな。契約だか何だか知らねーが、俺はこの男に用があるんだ。離れていろ」
「貴様…どういうつもりで…」
男が驚いた顔で俺を見た。

「お前が何処に連れていかれようと奈落へ堕ちようと俺には関係ないが、まだいかせるわけにはいかない」
引き金を引いたまま連続してまた数発撃ちこむと、呑み込まれかけていた男の身体は形を取り戻した。

「船長の女癖の悪さは世界一だろう。そんな男に惚れた女をみすみす手渡すつもりか?」
「だから私は…あいつが海賊をやめ私の貴族の称号を受け継ぎ、城の主として生きるために、魔鏡によって海賊の生き方への迷いを与えようとした」

「だが船長は一番に戻ってきたみたいだな。進んできた道に一切の迷いがねえってことだ」
「…クッ。マリアの夫となるべき男が海賊とは納得いかないが…私にはもう時間が残されていない。 マリアの美しさに触れればあの男もいずれ、港に落ち着くように…」
「あの人が落ち着くわけねーだろ。お前は逃げるんだな」

「逃げる…?」
「大事な女に手を出した理由でお前が船長を憎み復讐を誓った男だというなら少しは賛同してやらんでもないが、結局お前は愛する女を放り出して逃げるんだろう?」
「復讐を考えなかったわけじゃない!!何度リュウガを憎んだことか!…だがマリアの幸せを望む気持ちが、私を苛む」
「他の男の手で幸せにしてやりたい?そんなものは独りよがりの偽善だな」
「偽善だと?!私は命を賭けてまで彼女を愛しているんだ!」
「偽善じゃないなら、大馬鹿だとでも言うか? 幸せなんて曖昧なものを俺は信用していないが…命をかけるほど惚れた女の幸せを、どうして自分の手でと思えねーんだ」
過去の自分に問うかのように声をあげる。この男の頑なさは、かつての俺だ。

「どれほど愛そうが通じない想いだってあるんだ!お前にはわからん!」
狂ったように男は叫んだ。
ずっと抑えていたものをまき散らすかのように――

「俺なら…俺自身が満たされる為に必要だと思う女なら鎖に繋いででも、そばに置いておく。 他の男を見つめる余裕すら与えるつもりもない」
「お前と私では違う…」
「一緒になんてされたくもねーな。俺は、自分を信じる女をみすみす手放すような馬鹿な真似はしない」
そんなことは、もう出来ないと…気づいた。

「マリアが私を信じるなど…」
「信じてたに決まってるじゃねえか」
背後から声がして、船長がすぐ近くに立っていた。
「ったく、俺への復讐じゃなかったのか。女絡みで刃物向けられるのは慣れてるんだが、女を幸せにしてやってくれと脅されたのは初めてだ」
「貴様は私だけでなくマリアのことをすぐに思い出さなかった。お前のような男にマリアを預けると思うと心の底では虫唾が走る」
「預けられても困っちまうんだがな。そりゃアイツは良い女だが」
「リュウガ。この城で貴族としてマリアと…!マリアに歓びを! その為に私はあらゆる方法を探して手に入れようとしてきたんだ!
悪魔との契約。湖の女神の不思議な力。魔女の呪われた鏡。なのになぜ、お前は受け入れない」
「俺は海賊をやめるつもりもねえし、ついて行きたいと思ってねえ女を連れ去る趣味はねえよ」
船長がニヤリと笑う。

「随分昔船が難破してこの街に流れ着いたことを思いだしちまった。 酒も切れてぶっ倒れてた所をマリアに助けられた。食い物や宿まで用意してもらっちまって、海賊に手を貸しちゃ縛り首だってのに、あいつは貴族のわりに変わった女だった」
「マリアは美しく気高い。だからお前のような薄汚い海賊にも手を差し伸べたのだ」
男が呟く。

「あれだけの美人だ。当然俺は口説いた。あいつもまんざらじゃねえと確信があったからな」
男の肩がピクリと震えた。
「だがマリアは俺を目の前にしてこう言った。夫が大切だと」
船長がゆっくりと男の顔を見る。
「この俺を振って海賊嫌いの堅苦しい旦那を選ぶなんてますます変わった女だと思ったがな!」
「そんな…そんなわけは…」
男が愕然とした表情になる。

「なぁシン。コイツは俺の側に居ない方が良いなんて言い訳をつけて女を信じてやれねえのは、『弱さ』だと思わねえか?女の為になんて言うが、本当は自分が怖いだけなんだ。女が必死についてきてるのに、そりゃねえよなぁ」
「……」
「だがそういう奴ほど一旦受け入れちまうと、有り得ねえほど手離さねえ。人間どこで変わるかわからねえもんだしな」
ニヤニヤと何か言いたげに笑う船長に、俺は顔を逸らした。
「…今度は手離すのが怖くなるからじゃないですか」
「ガッハッハッ!違いねーな!」
船長は豪快に笑った。

「あいつは献身的に愛を注ぐ旦那を愛していた。だが俺も海賊だ。気に入った宝を奪わねえわけにはいかねえ。
出発の日、覚悟があるならついて来いとマリアに告げた。 一人の女を特別に扱うのはめったにねえことなんだが、俺にとっても特別に興味を引いた女だったからだろう」
「私は行かなかった」
か細い声が聞こえる。
マリアという女がベッドから抜け出し、男へと近づいてくる。

「ああ。俺は生まれて初めてふられたってわけだ」
船長が笑うと、
「え?船長、でもしょっちゅう港で女のひとにぶたれてますけど…」
トワが突っ込む。
「ハッハッハ!あれは男と女のコミュニケーションってヤツだ!」
「はぁ…そういうものなんですか?」
トワが納得したような、していないような複雑な表情になる。

「私は荷造りした鞄を見たんだ!あれはお前について行くための資金ではなかったのか?病に倒れ、私と共に生きねばならないことを彼女は悔いていたはずだ!」
男が呻くように叫んだ。
「鞄?それならマリアが俺への餞別に用意したものだ。海賊は奪うのが仕事だからな。最低限の食料と船はいただいたが、あれ以上与えられることを俺が拒んだだけだ」
「じゃあ私はいままで一体…なんのために」
男は頭を抱えてうずくまる。

己への自信のなさが誤解を生み、瞳を曇らせた。
愛する女はずっと心も体も自分のそばにいたはずなのに―――

マリアが駆け寄り、男を抱きしめる。
おとなしくなっていた黒い影が二人の身体を包む込む。
「マリア!離れろ!」
男が女を引き離そうと必死になるが、腕はきつく絡みついたまま離れない。

ズキュゥンズキュゥン
「チッ…」
弾を撃ちこむが今度はひるみもしない。

「貴方が私の幸せを願って交わした契約だというなら…お願い。もう、ひとりにしないで」
マリアが呟き、男はうなだれた。
覚悟を決めたように両腕に女を抱きしめる。
「…リュウガ。私はやはりマリアをお前にやれそうにない。この城をお前に託そう」
ロベールは船長をまっすぐ見据えた。
「さよならリュウガ」
女の唇はそう言ったように見えた。

そしてあっという間に二人は呑み込まれて―――黒い雪のように、儚く消えた。

窓から差し込む温かい光が、黒影の完全な消失と共に一面を溢れんばかりに照らし出す。

消えた跡を、船長は黙って見つめていた。
俺達は誰も言葉を発することなく、ただそこにじっと立ち尽くしていた。


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