Novel

□curse呪いの街
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「…シンさんっ」
目を開けると、俺の手を握りしめる●●がいた。

「シンさん、大丈夫ですか?!」
「シン…戻ってこれたんだね」
ドクターが心配そうに声をかけてくる。
皆が俺を取り囲んでいる。

薄暗く冷えた部屋の中。
鏡から抜け出せたのか?

手足が軽い。
痺れや傷を負っていたことが嘘のように、足の傷も全て塞がり治っている。
しかも俺は人間の姿に戻っていた。

「大事なもんを試されたっつぅか…目覚めのわりィ気分だぜ」
ハヤテが呟いた。
「ああ…」
ナギは一言発した後、黙り込んでいる
「本当に夢だったのかわからないくらいです…つい覚めなければいいと思ってしまったほどで…」
トワが瞳を伏せた。
「シンさんが戻ってきて、良かった」
彼女が涙を浮かべて抱きついてくる。

「お前ら。よく無事で戻ってきた!」
船長が満足そうに微笑む。
「とにかくシンが戻ってきたから、これで全員、だね」
ドクターが皆を見回す。

あれはやはり全て、鏡が見せた幻だったのか…

「幻に絡め取られて出られない奴のほうが多いが…とことん馬鹿な奴らだ。海賊に戻ってきてもいずれ縛り首だというのに」
男が吐き捨てるように言った。

誰しもが過去や現在に何らかの傷を負っている。
それぞれが抱える闇に――魔鏡は夢を囁いてきた。
甘く、または心をえぐるほど苦しめて。

今の自分が選んできた選択が正しいのかと、別の生き方が無かったのかと、容赦なく問いかけてくる。

<あの時こうだったなら>―――だがその迷いは、未来を生きる者にとっては戯言でしかない。
全てが己の選択の積み重ねの上に動いてきたと受け止めているからだ。

「現身の自分が歩んでいる道に迷いがなく、だからこそ出口を見つけて掴んだ者だけが元に戻ってこれる鏡なんだね…」
ドクターが険しい表情のまま呟いた。

今の俺に意味を持たせたキッカケは●●だ。
だから俺の出口は彼女だったというわけか。

「はっはっは!誰一人、今の自分に迷いがねーってことだな!シリウス海賊団を甘く見るんじゃねえよ」
船長が豪快に笑う。


パシッ
「い、いたたっ」
俺は思わず彼女のおでこにデコピンを入れた。

「俺を撃ったのは許してやる。…が、よりによって何でロイなんだ」
「へ?」
彼女はワケがわからないという顔をした。

…幻想で良かった。
絶対にあり得ないが、ロイに奪われるなんて寝覚めが悪すぎる。

ほっとした気持ちを隠すように俺は彼女をきつく抱き締めた。
「二度とあんな生意気な口がきけないようにしてやる」
唇を重ねて、さっきの続きを味わう。

「…っ!シ、ンさっ…みんながっ…」

見てる、という言葉を塞ぐように、深いキスを落とす。
ひどく嫌な気分になったが…鏡に入った意味は充分にあった。
どれだけ長いキスを繰り返しても、俺の身体はネコになることはなかった。


「…やってらんね」
ハヤテが溜息をつく。
「ふふ。何だか色々あったみたいだし、シン達のことはそっとしておこうか」
ドクターが笑うと、
「は、はい…そうですね」
トワが背を向ける。
ナギは顔を逸らせたまま動かない。

「はっはっは!いいぞシン!ネコじゃ溜まるモンも溜まるしな!存分に楽しめ!」
「船長、下世話です…!」
トワがつっこむと、
「ん?俺はウップンが溜まるって言いたかったんだが、トワは何を勘違いしてるんだ?」
「もう〜船長っ!あっ、マリアさんがっ…!」
トワの声に全員がベッドへと視線を向けた。


ベッドで眠っていた女が目覚め、身体を起している。
男が枕元に駆け寄った。
「マリア!目覚めたのか?!」
女は男の顔を見定めてから微笑み、ロベール、と男の名を呼んだ。

それからゆっくりと周りを見廻し、船長の姿が目に入った途端に驚いた顔になる。
「リュウガ!どうしてここに?!」
「久しぶりだなマリア。相変わらず別嬪じゃねえか。むしろ昔より若いくらいだぜ」
「身体は何ともないかマリア!気分は?」
男が甲斐甲斐しく女に話しかける。
「とてもいい気分よ。あなたこそ…」
マリアが伸ばそうとした手を、男は拒んだ。

「お前が目覚めたことで私の契約は完了した。お前は穢れた私に触れてはならない。お前が触れるべき男は…」
男はベッドから後ずさり、船長を見つめた。
「湖も村人も、全て。マリア、お前が眠りにつく以前のままに用意してある。私がお前にできる唯一のことだ」
それだけ言うと男は身を翻し、ベッドに背を向けて部屋から出て行った。


「おい!外の黒い雪が止んで、夜のはずなのに陽が差してきてるぞ。」
ハヤテが窓の外を覗き込んだ。
「ほんとだ。急にあたたかくなってきた気がするね」
ドクターの言葉に皆が頷く。
凍える程冷気を降り注いでいた黒雪は消え、陽の光と暖気が流れ込んでくる。

「うわぁ!見てください!中庭にいる武装した女の人達が溶けて行きます!!」
トワが指さす方向を見ると、レプリカ達は次々と溶けだしている。
女が目覚めたことで役割を終えたからか?

だとしたら―――

「シンさんっ…!」
彼女が俺を呼ぶ声が聞こえたが、構わずに男を追って廊下に出ると、暗がりの中で呻き声をあげる黒い影に包まれて、男の身体は消えかかっていた。

「お前の目的は…」

狂ったマドリガーレはフェイク。
浮気をした妻と愛人への復讐ではなく、コイツが望んだのはただ一つ。

あの女の幸福。

自己犠牲を冒してまで、それが船長とともにあると信じて…?

「マリアと私は貴族同士の政略結婚だった。結婚してまもなくこの街に一人の海賊が流れ着いた。マリアがその男に惹かれてゆくのを私はとめることができなかった」
男は吐き出すかのように昔話を呟き始めた。虚ろな瞳は何も映し出してはいない。

「うちの船長は手を出していないと言っている。あの人は女好きだが嘘をつくような人じゃない」
「…リュウガが街を去る日に、マリアは旅立つ準備をしていた。膨大な金貨が詰め込まれた鞄がひとつ用意されていたことを私は知っている。
マリアは私ではなくリュウガと共に生きたかったのだ。だが彼女は出発前夜に倒れ、不治の病だとわかった。リュウガの足手まといになることを恐れた彼女は仕方なく私のもとへ残ったんだろう」

「……」
「彼女の身体は私の側にあってもその心は海の上にある。海賊王である男のそばに。病にやつれていく彼女を見るうちに…このまま失わせていいのかと疑問を抱いた。」

男は腰のあたりまで影に呑み込まれ、苦しそうに顔を歪める。

「私は昔、両親を海賊に殺された。永遠に海賊を許すことはできない。だがマリアの心に鎖をかけた己の罪にも耐えれなかった。あらゆる手段を試した結果、私は悪魔を呼び出すことに成功した」
俺の方を見ようともせずに、男は淡々と語りつづける。

「私の魂の対価では病に蝕まれたマリアの寿命を変える契約は結べなかったが、 リュウガと再び出会う時がくるまでマリアを眠らせ、最期の時を伸ばすことは約束された。黒い雪は、カースの村で眠る者に夜ごと降る。マリアと、捕えていた村人たちの時間を止める為に」
「レプリカ達は村の暮らしを動かすためのフェイクで、 実際の村人は眠らされてマリアって女の為に時を止められていたというわけか」
そいつらはドクター達が逃がしたことになるが、女が目覚めた今たいした問題じゃない。

「フン。一人の女の為に村全体を犠牲にする。…わからないでもないな」
「お前も大事な女がいるんだったな。
マリアが目覚めた時、全てが変わってしまっていたら悲しむだろう?あの湖も…彼女が一番好きな想い出の場所だ。管理下に置くために女神から奪った。私は薄汚れた海賊ではないリュウガとの幸せをマリアの残りの限られた生涯に、与えてやりたかったんだ。その為には私の命などいくらでもくれてやる」

放っておけばすぐに消える女の命を無理に伸ばし、想い出の場所を手に入れて維持させ、海賊から足を洗わせた船長と添わせる。

コイツの望みは海賊をやめた船長がこの村に住み、あの女に最後の幸せを与えることだったってのか…?

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