Novel

□curse呪いの街
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「…お前はここでジッとしていろ。いいか、何があっても出てくるな」
小さくそう呟くと俺は飛び出し、男の顔面に思いっきり爪を立てる。
ガリガリと鈍い音がして、男は呻き声をあげた。
腕に力を込めると、まだ正常に感覚の戻らない腕が電流を流すみたいに痺れを起こす。


「…クッ…お前はリュウガのっ…」
腕を振り払われ、俺の身体は軽々と弾き飛ばされる。
いつでも攻撃をかわせる距離を保ち、俺は床へと降り立った。
男の顔には大きく斜めに傷がつき、うっすらと血が滲んでいる。

「海賊ふぜいが…生意気な」
男は腕で血を拭き、俺を睨みつけた。
「俺の女を殴った代償をそんな傷で済ませてやるつもりはない」
口に含んだルルの丸薬を呑み込む。
手足が伸び、俺はあっという間に人間の姿に戻った。

「…貴様、やはりシリウスのシンか。『血も涙もない悪魔の航海士』だったか。面白い身体になっているようだが、あれだけの麻酔が効かなかったのか」
「さっきは撃たせてやったが、今度は俺が撃つ番だ」

ズキュゥゥゥゥン
銃声と共に、男の肩から血が溢れだす。

チッ…少し狙いを外したか。
腕の感覚だけで銃を構えてるわけじゃねーと思っていたが、致死量の麻酔を撃ちこまれた後じゃ引き金をひく指が本調子じゃない。

まだ少し視界もぼやけるが―――

「顔、肩…次は額か?」
銃口を眉間に定める。

「ふん…麻酔も抜けない身体で必死だな、航海士」
男は血が滲む身体をおさえて暗い笑みを浮かべる。
「お前の銃口は焦っている。早くカタをつけないと時間が無い。恋人を守れない、とな」
「…」
「私には果たすべき目的があると言ったはずだ。誰にも邪魔はさせない」

男の腕から突然黒い影が伸び、カーテンの脇に隠れていた●●の首を持ち上げ、●●の身体は宙に浮く。

「く…くる…し…」
「どうだ航海士。貴様は好きな女が苦しむ姿が好きなんだろう?」
影は彼女を掴んだまま、弄ぶように大きく揺らし続ける。

「チッ…」
狙いを逸らせるためか。
痺れた腕で黒い影を狙って発砲すれば彼女に当たる可能性がある。

「シン…さんっ。いいから…撃ってくだ…さいっ」

ズキュゥゥン
外れた位置に撃ちこむが、影は少したじろぐだけで彼女を離しはしない。

くそっ…やはりもっと内側を狙わないと駄目なのか。

腕と視界の感覚さえ戻れば―――駄目だ、そうしているうちに俺の身体はネコに戻ってしまう。
時間が無い。

「航海士。お前にとってこの女がただ一人の女なら私にとってマリアはそういう存在だ。それ以外がどうなろうと、どうでもいい」
「全く同感だな」
俺は笑みを浮かべた。

「俺も、俺の飼い犬以外がどうなろうと興味はない。お前の目的もそこに寝てる女もな」
「さすが悪魔の航海士…話が合いそうだ。まだ腕も肩も痺れるはずだが、大人しくネコの姿で喉を鳴らせばどうだ?」
「ふざけるな。ネコのままでいるつもりはない。抱きたい女も抱けやしねーしな」
言葉とは裏腹に、俺の身体は限界を迎えていた。
ボンッと音が鳴り、銃を構えた腕は途端に黒毛を纏ったネコのそれへと変わる。

丸薬の多用は負担が大きいようだが、そうも言っていられない。
再び口へと丸薬を運ぼうとして―――

チュインッ
手の中から丸薬が砕き飛ばされる。

「どうやらその薬を呑ませるわけにはいかないようだ」
男の放った弾丸が俺の手を抜け壁へと撃ちこまれていた。

…ネコのままじゃ銃を撃つことはできない。

「シンさ…い、今、助けま…す…から」
首を絞められ息苦しそうな彼女が俺へと手を伸ばす。
その手にはさっき持たせた麻酔銃が握られていた。
「アホ。お前は俺のことより自分の心配をしていろ」
「っ…は…い」
彼女は俺の言っている意味を理解したらしく、麻酔銃の銃口を自分を拘束している黒い影へと向けた。

「苦しむ姿が好きかだと?フン、生憎、俺以外のヤツに苦しめられてるのを見るのは気にくわねーんだよ!」
彼女が麻酔銃を撃ちこむと同時に、地面を蹴り上げとらえた影へと飛びかかる。
渾身の力を込めて牙を立てると黒い手は弛み、彼女の身体は解放され、床へと投げ出された。

ほっとした瞬間―――

ズキュゥゥゥン
「…ッ」
足に熱い痛みが走る。
俺はバランスを崩してドサリと床に落ちた。

「今度は麻酔銃じゃない」
低い声で男が唸った。
俺の足を銃弾が貫き、小さく縮んだブーツの中が血で溢れてくるのがわかる。
「チッ…」


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