Novel

□curse呪いの街
15ページ/22ページ


「何とか、行ったみたいですね」
部屋の前を通り過ぎる足音が聞こえる。
開いている部屋に飛び込んだ俺たちは薄暗い闇の中に居た。
「まだ油断はできない。だだッ広い城だな。幾つ部屋があるんだ」

ふと、ラベンダーの香りが鼻腔をくすぐる。
「何だかこの部屋…不思議なかんじが…」
彼女がそう言いかけて、振り返ってからキャッと小さく悲鳴をあげた。
部屋の中央にはラベンダーが添えられた大きな天蓋つきのベッドが添えつけられている。

「どうした?」
「シンさん…この女の人…」
彼女が俺を抱き上げてベッドの端に乗せる。
サイドのアンティークランプがベッドに横たわる女を照らし出している。
白い肌に薔薇色の頬。
豊かに波打つ金色の髪。

あの絵の、女だ。
たしか…名はマリア。

「眠って…るんでしょうか?」
「ああ。ここはこの女の寝室のようだな」
「だから追いかけてきていた人たちはココを通り過ぎたんですね…」

手を伸ばして頬に触れてみる。
「シンさんっ…起こしてしまうかも…」
「おそらくこいつは起きねーよ」
「え?」
「頬に色味はさしているが肌は冷たい。生きながら凍って…眠っている」
「凍ってる…?」
彼女の手も、女の頬に触れた。

「本当だ…肌がかたくて冷たい。でも、穏やかに息をしてるみたい」
「不思議に思わないか?こいつはダイニングに飾ってあった絵と全く同じだ」
今が盛りだといわんばかりの色香を漂わせたまま凍ったように眠る若い女――
「あの絵には今から10年前の年号が入っていた。どうして目の前の女が10年前に描かれた絵と全く変わらずにいる?」
「じゃあこの人はマリアさんじゃないんでしょうか?」
「いや。さっきみたいなレプリカだというなら本人じゃないといえるが、おそらく絵の女本人に間違いはないだろう」
「ものすごく美容にお金をかけてるとか!お金持ちそうですし!」
「そんなことしたって年月の流れはどこかに出てくるもんなんだよ。コイツは息をしているが、時を生きてる感じがしない。おそらくあの男がコイツに何かしたんだろうな」
「何かって…?」

緊迫した面持ちで、彼女はぶるりと身震いをした。
部屋の中は暖気もなく、カーテン越しの窓から外を降りしきる黒い雪の冷気が入り込んでくる。
普通なら眠ったまま凍死する寒さだが、女は時を止めたように眠っている。
部屋全体をつつむ本当の冷気はそんなものじゃない。

暗く歪んだ愛情…


カタリ、と部屋の脇にあるドアが開いた。
俺は彼女を引っ張ってカーテンの脇に身を隠した。

黒い影と共にゆらりと男が現れる。
この俺に麻酔銃を撃ち込み、コイツを殴った男――
身体中の血が逆上するのを必死で抑え込み、復讐を果たすべき相手をじっくりと観察する。

「マリア。もうすぐだ。もうすぐ契約が終わる…」
呪文のように呟き、男は女の額を優しく撫でた。
「あの湖を買い取ってやったぞ。お前の目が覚めたら一番に見せてやろう。誰にも邪魔はさせない。すぐに片付くから心配するな」
湖…?
女との思い出の場所だとでも言うのか?

『契約が終わる』

それは船長の命を奪い復讐を果たすという意味か?

だが今、目の前にいる男の瞳はダイニングで見た時の狂気的なものとはかけ離れている。
全くの別人のようだ。

「少し騒がしいかもしれないがゆっくり眠っていてくれ。全てが終わればお前のもとへ戻ってくる」
男は名残惜しそうに女の頬にキスを落とし、立ち上がる。

その瞬間――

カーテンのそばに立てかけてあったホウキが床へと倒れ、大きな音を鳴らした。
男は振り返り、目を細める。
獲物を見つけた、狼のように―――


次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ