Novel

□curse呪いの街
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「わあすごーい!動物になる薬が偶然出来ちゃったんですね〜」
「出来ちゃったんだ、じゃなくって…お、お願いします!シンさんを元に戻してくださいっ」
「元にって言われても…この棚って何を置いてたかな?う〜ん…」
「さっさと元に戻せ」
俺が口を挟むと、女は頭をかいてから笑みを浮かべた。
「すみません。戻し方わからないです。えへへ」
「えへへ、じゃない。今すぐ思い出させてやろうか」
「きゃあっ!だ、だって私、まだ修行中なのでっ…そ、それにそもそもあなた達が勝手に…」
「そうですよ。し、シンさんっ…手荒な真似は…!」

チッ…。

銃を取り出すにも、この手に慣れないせいかうまく掴みにくい。
「はーっはっは!どうした眼帯!そんな姿じゃ銃も撃てないな!」
ロイが俺を見下ろして高笑いをする。
「俺の手助けなんていらないって言った罰だっ!ヒ―ッヒッヒッ!」
「ロイ船長っ…ひどいです。シンさんは私を庇ってこんな姿になってしまったんですよ。なのに…」
「ま、待て真珠ちゃん!悲しそうな顔をするな…!」
「あー、ロイが●●を悲しませたな」
ハヤテが後ろから言うと、ロイが慌てる。
「わ、わかったっ。このロイ様が何とかしてやる!」
「ホントですか?」
彼女が瞳を輝かせるが…ロイなんかに何とか出来るわけねーだろ。

「そもそもお前がコイツに飛びついたからこうなったんだ。反省しろ」
「うるさいっ!猫になっても何でそんなに偉そうなんだ意地悪航海士っ!」
「あの〜、航海士って…あなた達、船に乗ってるひとなんですか?」
瓶を片付けていた女が口を挟んだ。

「ああ。海賊だ」
ハヤテが応える。
「か、かいぞくっ?!海賊さんがどうしてこんなところに…」
「ちょっと人を探してんだよ。魔女の森に住んでる『魔女』っつーのを」
「あれ?それってもしかして私のことですか…?」

「お、お前だったのかーーーっ!?」
ロイとハヤテが声を揃えて驚いた。
…黒いローブに人を動物に変えるような薬。
ったく、どうみてもこの女が怪しいに決まってるだろ。



「おいしーいっ!お店出せるよコレ」
ルルと名乗ったその女は、ロイが作ったメシをガツガツとうまそうにたいらげた。
「ふふん。店の名前は『偉大なるロイ船長と真珠ちゃんのラブラブ洋食屋』がいいかな。それとも『ロイ様を愛して止まない真珠ちゃんとの秘密の料亭』にしようかな」
「どっちも全力でお断りしますっ!」
ロイのくだらない妄想を彼女が間髪いれずに却下する。
「銃は撃てなくても、試しにこの爪の餌食にしてやろうか?」
俺が爪をとがらせると、ロイは誤魔化すように声をあげた。

「ふはははは!ロイ特製ハンバーグはうまいだろうっ!おかわりもあるぞっ!」
ロイはいそいそと俺たちの分まで皿にメシを盛っているが…
あの馬鹿。
自分が海賊だってことも、ここへ来た目的も忘れてるんじゃねえのか。
ルルはメシをかきこみながらモゴモゴと口を動かした。
「あなた達は湖の女神さんのお知り合いだったんですね」
「知り合いっつーか頼まれごとしてるだけだ。ってことで呪いを解いてやってくれよ」
ハヤテが詰め寄ると、彼女が慌てて身を乗り出した。
「すいませんっ!その前に、シンさんも治してくださいっ」
「そのうち戻るんじゃないですか?」
「そ、そのうちじゃ困るんですっ。お願いしますっ」

呪いや魔女なんて信じたくねーが、俺がこんな姿になっているのは現実だ。
薬品による効果だとしたら時間が経てば効能が消えて元に戻るってことがあり得る。
テーブルの端に座り込んでいた俺はそう解決することを願ったが…数十分経っても一向に姿は黒猫のままだった。

「真珠ちゃん!コイツはこの姿のほうが幾分可愛げがあると思うぞ。俺はムッツリ眼帯は大嫌いだが黒猫は好きだ!嗚呼っ!しなやかな脚!妖しく光る瞳っ!眩い漆黒の毛並っ!
ロイが真顔で近付いてくる。
「お前に好かれても気分が悪いだけだ。こっちに来るな、変態」
「俺は黒猫が好きだと言っただけだ。ハァハァ…ち、ちちょっとシッポだけでもいいから触らせてくれよ」
「バカ!気安く触るな変態!」
手を伸ばしてきたロイの横をすり抜けて、彼女の隣に行く。
「ハハッ。シンのこんな姿めったに見れるもんじゃねーから面白いし、しばらくソレでいいんじゃね?」
ハヤテまでもが呑気に笑っている。

「…チッ、シリウスの航海士が猫なんてありえねーだろ。この手で舵が取れるのか?」
「た、たしかに!それは困る…気がしてきたっ!おい、はやくシンを治せよ」
ようやく事態に気付いたのか、ハヤテもルルに詰め寄った。
「戻してあげたいけど私にできるかどうか…。女神さまの時も偶然できちゃったし…騙されたというか」
ルルは途端にうなだれて、力なく呟いた。
「騙された?どういうことだ?」
「はい。カースの街を取り仕切っている貴族――に、水に入れなくなる呪いの薬を作ることが出来たら、一人前の魔女としてこの街に住むことを認めるって言われて…私が馬鹿だったんです。一人前にみられたくてつい」
「貴族って…街外れにある呪われた城ってところに住んでるって人ですか?」
彼女が聞き返した。
「今の時代、魔女が普通に生きていくのは大変なんです。力を持ちすぎると畏れられて迫害されたりするんです。私は幸か不幸か落ちこぼれなので、こんな森の奥に一人ひっそりと住むことで見逃されてるんですけど、でも食べていくのが大変で…まわりに認められれば仕事だってもらえるでしょう?だから…」


「そりゃお前、あれだけ大食いだったらな」
ハヤテが呆れた顔で付け加えた。
「コホンッ。魔女って言うのはそもそも呪術を操る科学者みたいなもので、万物の素材を調合して特別の効果を創り出せるってことなんです。私の場合、時々すごい魔法の薬が出来ちゃったりはするんですけどそれを治すことができなくて」
「致命的じゃねーか。自分でかけた呪いが解けねーってことだろ」
「そうですよね。どうしたらいいんでしょう?!」
「…チッ」
ったく、俺は本当にもとの姿に戻れるのか…?
この女を当てにしても永遠に解決しない気がしてきた…。

「あれは…何ですか?」
不意に彼女が窓の外を指さした。
黒い塊が、空から降っているように見える。
「ああ。あれは雪です」
「雪?!雪って白いモンなんじゃねーのか。しかもさっきまで全然温かかったし雪が降るような寒さじゃねーし」
そう言いながらハヤテが窓を開けると、冷えた空気が吹き込んでくる。
「うぉう!さみーっ!繊細なオレが風邪引いちまうじゃねえか」
部屋に舞い込む冷気に、ロイがぶるりと身体を震わせた。
「何とかは引かねーから大丈夫だろ」
「何とかって何だ?このロイ様みたいに風邪菌を吹き飛ばしそうな偉大な人間ってことか?
「めんどくせーから、そういうことにしておけばいい」
「ヒーッヒッヒッ!そうだろうそうだろう!たまにはイイこと言うな眼帯!」
……本気でコイツだけは風邪ひかねーな。

「暖炉に火を入れますね」
ルルは慣れた手つきで火をおこし始める。
ハヤテが窓から手を伸ばして黒い雪に触れると、あっという間に手のひらで溶けた。
「つめてーし、溶けた。やっぱ雪なんだな」

「黒い雪なんて初めて見ました…」
彼女が少し寒そうに身体を手のひらで包んだ。
「ハヤテ。もう閉めろ」
ギィッと鈍い音を立ててハヤテが窓を閉めるが、家が丸ごと外の空気に冷やされるかのように部屋の温度は下がっていく。
「火をもっと大きくしたいけど、この辺りの薪は何故かあまり燃えなくて…暖炉を入れても気休め程度なの。寒い?ごめんなさい」
ルルが申し訳なさそうに詫びる。
彼女は勢いよく首を横に振った。
「いいえっ…ルルさんが謝ることじゃないですし。お家に入れてもらえてるだけでありがたいです!」
「お前は平気そうだけど寒くねーの?」
ハヤテがルルを不思議そうに見る。

「私は慣れてるしローブを3枚着てるから大丈夫。このローブは頑丈な動物の毛皮で出来てるんです。着古ししかないんですけど…良かったらどうぞ」
そう言ってルルは羽織っていたローブを一枚脱ぎ、彼女に手渡した。
「寒いですし何もないですけど、よかったら今夜は泊ってください。外で寝るよりもましだと思うので」
こんなに気候が変わると思っていなかったから野宿の予定だったが――
「確かにこんな様子じゃ外は無理だな…。有り難く泊らせてもらうか…」

まだルルを完全に信用したわけじゃねーが、他に選択肢は無い。
少しずつ温まってきた部屋の中で、ルルはリキュール入りのココアをテーブルに並べた。
ぷんとラムのいい香りが部屋に充満する。
「ラム入りなので温まりますよ。はい、ネコちゃんはこっちで。アルコール大丈夫かな?」
ルルが薄い皿に入れたココアを俺の前に差し出す。
ネコちゃん、という単語に、ハヤテが吹き出しそうになっている。
「ネコちゃん…だと?」
「あっごめんなさい。元々は人間なんですね。ええと…お名前、シンさん、でしたっけ?どこまでネコ化してるのかわからなくて。猫舌になってたりします?」
全員が俺の行動を興味深そうに見続けている。

「ジロジロみるな。姿以外は何も変わっていない」
薄い皿を無理やり両手で持ち、俺はココアを喉に流し込んだ。
「フムフム。黒猫が手で皿を持って飲んでるって新鮮だな!ち、ちょっとその肉球を見せてくれよ」
ロイがまた俺に近づいてくる。

「だから…!近寄るな、変態。身体中引っ掻かれてーのか?」
「い、嫌に決まっているが…想像したら何だかゾクゾクしてきたー!何でだっ!?
「ゾクゾクするな!ド変態」
…………いやがるから仕置きの意味があるんだ。
ったく…喜んでどーする。

ルルは俺たちの様子をクスクスと笑いながら見つめている。
「みなさん、仲がいいんですね。私はずっと一人だから…うらやましい」
「「「仲がいいわけねーだろっっ」」」
そう言うと、ロイとハヤテと声が重なり、またルルがクスクスと笑った。


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