Novel

□ピンクマフラーのゆくえ
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「シンさん。船長が一番近くの港町に寄るって言って…」
「行先の変更か?トワ」
トワの視線が俺の胸元で止まる。

「なぜ…ピンクなんですか?…ってあわわわすみません!!聞かなかった事にしてくださいっ」
俺が思いっきり睨んでやるとトワは慌てて航海室から出て行った。

クリスマスのプレゼントだとアイツからマフラーを貰った。

が。
なぜか色がピンクだ。

可愛いと思って…とアイツは言ったが。
可愛さなんてものは俺はこれっぽっちも求めていない。
ガラにもないこの色を他のヤツらにからかわれるに違いないと思い、誰にも見られないように一人で舵を取る時だけ使用していたが――どうやら外し忘れていたらしい。


フン。
改めて見ると…へたくそな編み目だな。


胸元のマフラーを見つめていると、不意に声をかけられた。
「それ、クリスマスのプレゼントかな?」
「ドクター!」
「今、何だかうれしそうな顔をしてたね、シン」

………。

「別に俺はそんな顔してませんよ」
「ふふっ、素直じゃないね。この海域は舵を取るには寒いからね。良い贈り物だね」
「何か用ですか?」
話を逸らそうと、ドクターの用件を聞く。

「ああそうだ。用事を忘れるところだった。シンに渡そうと思って。ほら肩凝りの薬」
「ありがとうございます」
俺はドクターの手から薬を受け取った。
「皆には内緒にしてくれって言ってたから、ちょうど渡せてよかったよ」
ドクターはにこやかに微笑んでから部屋を出て行った。
俺は航海室の机の引き出しに、とりあえずその薬を入れる。

肩凝りの薬なんて使っていることが知れたらまたハヤテあたりが――

ばたばたばたばた…

騒がしい足音。
噂をすれば―――

「おいシン!なんかトワがすっげえ珍しいモン見たって…」
ハヤテが嬉しそうに声を賭けてきた。

「うわ!シンがピンクのマフラーしてる!女みてえな色だな!あっはっは…そりゃめずら…」
「遺言はそれだけか?」

カチャ
俺は銃を手に取った。

「…って!冗談だって!だからいちいち銃を出すなって!マジ冗談通じねえよなぁ」
「うるさい。俺がどんな色のマフラーをしてようとお前には関係ない」
「関係ねえけど、面白いんだからしょうがねえだろ?」
「そんなに海に沈みたいのか」

「おい。お前ら。もうすぐメシの時間……」
俺とハヤテが向かいあっていると、ナギが顔を出した。
「…………早く食堂に来いよ」
ナギは俺の胸元にじっと見入った後、特に何も言わずに出て行った。

「あれ?ナギ兄も絶対不自然に思ってたハズなのになー」
…ああやって凝視したにも関わらず何も言われないのも逆に気に障るんだが。
あれ絶対食堂に戻りながら笑ってるだろ。

「…チッ。俺は船の方向を変えてから食堂へ行く。先に食事を取っていてくれ」
「ああ、皆に言っとく。おもしれーからそのマフラー着けて食堂に来いよ!」
「…」
「ジョーダンだよ。そんなに睨むなって。とにかくメシメシ!」
ハヤテはそそくさと部屋を出て行った。

いずれ見られるだろうとは思ったが、
もうこれ以上このマフラーの事をうるさく突っ込まれないことを祈るな…
後で食堂に向かう前に絶対に部屋で外す。


操舵輪の前で舵を取っていると、

ドーン!!

衝撃音がして、船が大きく揺れた。
敵襲か…?

音のした方へ回り込むと、派手に電飾された一隻の黒い船がシリウス号の船体に突っ込んでいる。

あの船は…ロイか。
無茶な突っ込み方しやがって。
本気でバカだろ、アイツ。

俺は再び操舵輪に戻るとリカーの船から離れるように舵の向きを固定した。

甲板から騒ぐ声が聞こえる。
どうやら今日はロイ達が乗り込んできたらしい。

久しぶりの戦闘だ。
ロイでも蹴ってこのイラつきを紛らわすか。

俺も甲板に向かおうとして――
グイッ…

ん?

首元に違和感を感じて、見るとマフラーが操舵輪に引っ掛かっている。
…無理に引けば、破れそうだ。

クソッ。

丁寧に引っ掛かった編み目を解いていると背後から声がした。

「やあ!ムッツリ眼帯。一人で随分マヌケな状態だな」
ロイがニヤけた顔で立っていた。

「何しに来た。ヘボ船長」
「常々言ってるが、シリウスの連中は躾けがなっていないな。このロイ様にそんな口を利くなんて。…ふふん、こないだは船尾が燃えちゃったからな。今日はもっとスゴイ飾りつけを見せびらかしにきた。巨大ツリーも用意した!どうだ?リカーの船はスゴイだろう?」
「アホか。海賊船が煌びやかに目立ってどーする。海軍に見つけてくださいって言ってるようなもんだ」
「そんなこと言ってホントはオレの船がうらやましいんだろう!」
「……お前と話すと無駄に疲れる。消えろ」
「そう言われて、はいそうですかって消えると思ってんのか?今のお前は身動きできない…袋のなかのネズミ、だ。こんな絶好のチャンスはない!」
「フン。動けなくても、ここから十分にお前を撃ち抜ける」
俺が銃を構えると―――

「ん?そういえば、なぜピンクのマフラーなんだ?」
ロイが緊張感のない声をあげた。
「…フン。クリスマスにもらったからに決まってるだろう」
俺は勝ち誇った顔で言葉を返してやる。


「もらった?誰に?…ま、まさか…真珠ちゃんにか?!」
「他に誰がいる?」

「くっそーー!何でお前みたいな陰険根暗ムッツリ野郎なんかに!!って、あっ!そうか!わかったぞ!本当はオレに贈りたいのに直接渡すのが恥ずかしいから、とりあえずお前に渡したんだな!」
「…お前のアタマはどこまでメデタイ構造してるんだ」

ここまでだと、ある意味ソンケーに値する。

「ヒヒッ。何て可愛い奴なんだ!このロイ様が今、受け取ってやるぞ!」
キュイン!
「近寄るな」
その足元を銃で撃ってやるが、ちょこまかと動きまわってロイが俺に近づいてきた。

そして――
操舵輪に引っ掛かったマフラーを思いっきり引っ張っろうとする。

「バカ。力づくで引っ張ったら破け――」

俺が怒鳴る声も聞かず、ロイが引っ張った挙句…

ビリビリビリ―――

ピンクのマフラーは糸が伸びきり、完全に二つに切れた。

「あ、破けちまった…」
ロイが茫然と立ち尽くす。
「…だから言っただろ。くそ。これじゃアイツが―――」

「おおおオレは知らないからな!オレは破いてないからな!お前がオレにさっさと渡さないから悪いんだ!」
ロイは後ずさりして立ち去り、
逃げるように船員を連れてシリウスの船から出て行った。
無残な姿になったマフラーを手に舵の前に立っていると――

「シンさん!」
不意に●●の声がした。
「ロイ船長が、青い顔して<オレは悪くないんだ>って何度も言いながら急に帰って行ったんですけど…何かあったんですか?大丈夫ですか?」
心配そうに駆け寄ってくる。
「ああ、大丈夫だ」
俺は思わず丸めたマフラーを背中に隠した。
「あっ、マフラー…使ってくれてるんですね」
「…ああ。寒い時だけはな」
「シンさん、ピンク色を気に入ってなかったみたいだし…心配だったんです!すごく嬉しいです!」
目の前の溢れんばかりの笑顔を見ていると、どう切り出すべきか迷いが出てくる。

「…もうメシの時間なんだろ?」

「あ!はい!そうでした!早く行きましょうシンさん!」
「ああ。すぐに行くから先に行っててくれ」

……どうするんだ、コレ。

手元のマフラーを見つめる。
こんな姿になったマフラーを見てアイツは悲しむだろうか…?
彼女を苛めてからかう事は楽しいが、悲しませるのは気分が悪い。
――このまま立ち尽くしてても仕方がないな…。
どうするべきか思案し続けたまま、破けたマフラーを航海室の机の引き出しにしまい、俺は食堂に向かった。

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