Novel

□tukimi
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「アンジュ…」
リュナさんがアンジュちゃんの後を追おうとして、すぐに執事さんに視線を戻した。

「わたくしの事は心配ございません。旦那様と同じ不死の身でございます。老体ゆえ傷の治りは遅いですが命を落とすことはないのです…。リュナ様、そして旅の御方…どうかアンジュ様と旦那様をお願い致します」
執事はすがるようにリュナさんとそして私達を見回した。

「傷の手当だけはさせてください。そのままには出来ない」
ソウシさん(見た目シンさん)が1歩前へ出る。
「ドクター、俺も手伝った方がいいのか?」
ナギさん(見た目ソウシさん)が訊ねる。
「いや。大丈夫だ。シンの身体はもともと器用だから処置も問題ないだろう」
「唯一入れ替わって支障が出ていない二人ですね」
トワ君がほっとしたように言うけど、
「んなわけねーだろ、いちいちウゼーのが…ホラ」
ハヤテさんがファジーさんの方を顎で示した。

「ドクターシン様も素敵だねえ。アタイもソウシ様に診察されたいよ〜!シン様…いいえソウシ様、アタイお熱が下がらないよ〜」
手際よくアルコールで消毒し処置を行うソウシさん(見た目シンさん)は困ったように笑った。
「ごめんねファジー。君は微笑ましいくらい健康体だから診察しなくても大丈夫だよ」
「それって魅力的ってことかい?!」
「そうだね。健康的な女性は魅力的だと思うよ」
にっこりとシンさん(中身ソウシさん)が答える。
「ならアタイは一生怪我も病気もしないよっ!」
「はは。そうしてくれるかいファジー」
「マジで一生怪我も病気もしなさそうだよなお前。むしろアッチから逃げてくっつーか」
ハヤテさん(見た目ナギさん)が呟くと、そいやっとファジーさんのつっぱりが入った。
「いってえ…」
「おいハヤテ。俺の身体を無駄に危険な目に遭わせるな」
ナギさん(見た目ソウシさん)が凄むと、ハヤテさん(見た目ナギさん)はバツが悪そうに笑う。


「さて。とりあえずあの子供を追わねえとな。どこに向かえばいいんだ?」
船長の言葉に皆が頷きあう。
「不死の薬を狙っているのは独裁政治を行っている現国王…一番近い牢獄は王宮地下だわ」
「師匠とやらは不老不死だから無事なのは確かなんだろう?」
「ええ…多分ね。数年前に暗殺された前国王は穏健派だから不死の研究を無理強いすることはなかった。でも軍と繋がっている今の王は…師匠を拷問しても手に入れようと思っているに違いないわ」


「あの薬は劇薬に御座います…。当時、私と旦那様以外の者も何十人と口にしましたが成功した例は私と旦那様二人だけでした…他は皆、その場で命を落としました」
執事が深刻な面持ちで口を挟む。
「ま、簡単に実現する薬でもねえってことだろうが…不老不死の薬か。変化や終わりがあるからこそ、人生存分に楽しめるってことじゃねえのか?俺にはさっぱりその価値がわからねえがな」
「貴方のほうが変わってるのよ…いえ、貴方達のほうが…ね」
「薬にもこの国の政治にも錬金術にも興味はねえが、うちのヤツらをそろそろ戻してもらわねえと色々面倒になってきてるしな」

「この国まで連れてきてもらえるだけで良かったんだけど、貴方達を巻き込んで悪かったわ。入れ替わりもすぐに治してあげられるはずだったのに師匠が捕えられるなんて」
「それは問題ねえ。美人は何がなんでも助ける!それが俺の、いや俺達シリウス海賊団の決まりだ」
船長の言葉に、トワくんが驚く。
「えっ!いつのまにそんな決まりが追加されたんですか?!」
「がっはっは!たった今、俺が決めた」
「船長相変わらずっすね…ま、俺達もこのままでいるわけにいかねーし、ここまで来たらトコトン付き合うぜ」
ハヤテさん(見た目ナギさん)が溜め息をつき、
「俺達の魂を実験台にするとは、あのガキにも自分のしたことの落とし前つけさせねえとな」
シンさん(見た目ハヤテさん)は険しい顔で言う。
「野郎ども!マンソンジュの街でひと暴れしてやろうじゃねえか」
「「「「「アイアイサー!」」」」」




陰惨としたマンソンジュ城の警護は思ったほど強固ではなく、シリウス海賊団にとって突破は容易かった。
私達はあっと言う間に地下牢へと侵入できた。

辿り着いたかび臭い地下牢にはアンジュちゃんが鎖に繋がれていて、その隣の牢には背の高い男性がぐったりした様子で捉えられていた。見ることを躊躇ってしまう程、身体じゅうが傷だらけになっている。

「師匠!」
「…リュナ。」
ぐったりした男性はリュナさんに気付くと顔をあげた。
「傷だらけ…それに手足に枷が…それじゃあ錬成もできないわ。今助けます!」
「先にアンジュを助けてやってくれ。私は…いい。傷も問題ない。また塞がるだろう。私は死ねない身体だ。捕えられていても問題はない」
「師匠、そういうわけにもいきませんわ。しっかりしてください。お願いがあります。この人達を戻してあげて欲しいんです」
「…彼らは?」
こちらを向いた男性はリュナさんと年はあまり変わらないように見えた。『師匠』と聞いていたから老人を想像していたけれど、ものすごく若く見える。

「アンジュの団子を食べてから魂の変性がまだ戻っていません。私をこの街まで運んでくれた海賊団です」
「海賊か。それは頼もしい味方を得てきたね」
「お、話わかるじゃねえか」
船長は珍しく海賊に好意的な師匠さんに嬉しそうに声をかける。
「そういえば試験がまだだったか…ならばアンジュとリュナ。二人に試験を受ける権利を与えよう」
「ありがとうございます。でも試験のことは無事にここを出てから…」


「おいおい。無事に出れると思ってるのか?」
背後から暗い声が聞こえ、小さいヒョロッとした男性が顔を出した。
「サルテ」
サルテと呼ばれた男性はニヤニヤした顔で私達を見廻した。
「ずいぶん大勢で来たんだな、リュナ。海賊なんて指名手配犯罪者を連れてきたのか」
「…あんたも着いてたのね」
「薬を引き継ぐ権利はお前達じゃなくオレにある」
「あんたが一番最初に戻って来たって言うの?」
「ああ、オレが一番だ」


「いや…サルテ。私はお前の導き方を間違ったようだ」
師匠さんは苦々しく言った。
「お前は私の与えた課題を無視し、リュナとアンジュがいなくなると同時に私の薬を盗み出し、私の家を軍隊に襲わせるよう国王へと擦り寄った」
「サルテ!それは本当なの?!」
リュナさんが険しい顔で睨む。
「師匠。オレが裏切った証拠はねえだろ?」
「なら与えたボージョンの瓶を出せ。あれは使わなければ変色する。お前が使っていない場合、課題に手をつけなかったという事だ。それに以前から、お前が禁止された方法で錬成した薬を王宮に高値で売っていたことを確認している」

「チッ、ああそうさ。ポージョン一瓶で旅をして戻ってくるなんて馬鹿馬鹿しいことできるか。飲ませた人間を不幸にしない?一番最初に戻って試験を受ける?そんなまどろっこしい事しなくても、アンタから薬さえ奪えばこっちのもんだろ。特にアンジュはガキのくせに油断がならねえから邪魔されねえように、この国から出ていくタイミングをずっと狙っていたんだ」
「なんて汚い男…!私達の師匠でしょう?」
リュナさんが憎々しげに言う。
「リュナ。まだソイツを師匠なんて呼んでるのか?その化け物をな。ソイツはどんなに痛めつけたって死なないぜ。ずっとこの牢に繋いで薬を錬成させてやる。新しくこの国の王になるオレのためにな!」
「新しい王?今の国王は…?」
「あの馬鹿はオレが渡した薬を『不死薬』だと信じて飲んだ。オレの言いなりになる薬だと知らずにな!結局は知識と力を持つものが勝つんだ。馬鹿は死あるのみ」


「てめえ。さっきから聞いてりゃ虫唾走るぜ」
ハヤテさん(見た目ナギさん)は剣を抜く。
「オレに勝てるなんて思わないことだ」
トンッと手を合わせてから指先で方陣を描きだすと、牢の端にあった武器が膨れあがり、あっと言う間に鎧の兵士達になる。
その数は目の前でどんどんと増えていった。
「なっ…!」
「気を付けて。サルテは練成石を持ってる。師匠から盗んだんだわ!あれは時間をかけずに物質を変性できる。持続性はないけれど変性した物質は意志を持ち、手強いわ」
皆は一斉に剣を抜き、銃を構えて襲いかかる敵に応戦する。

鎧兵が剣を振りかざしてきて――
「ふぬー!」
ファジーさんが拳で砕く。
「ちょっとアンタ達。戦えないなら邪魔にならないように下がってな!」
「ファジーさん!ありがとうございます!」
「礼なんか言ってる場合じゃないだろ!」

リュナさんが地面に数式と方陣を描くとポウッと周りが光り出す。
「この中にいて。鎧兵はここには入れないから」
リュナさんに光のなかへと腕を引っ張られた。
「ごめんなさい。私は弟子の中でも一番力が弱くて錬金技術がサルテやアンジュには及ばないの。アンジュか師匠さえ、牢から出せれば…」
「牢の鍵…あっ!あそこ!サルテさんの腰にありますよ!」
「アイツが鎧兵を生み出していることに気を取られている隙に奪いましょう。私が方陣であなたを守るからタイミングを見て奪って」
「はい!」







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