Novel

□tukimi
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「ま、待ってください!袋の中に何かが…あ!ほら、取扱説明書が入ってましたよ」
藁をもすがる思いで<取扱説明書>と書かれた紙を掲げると、
「取扱説明書付きの団子とは…チッ、ロクでもねえもの買ってきやがって」
「まあまあ、ハヤテ。じゃなくて中身はシンだっけ?いや、シンは私なのか。ややこしいな。とにかく落ち着こう」
ハヤテさんの容貌のシンさんが悪態をつき、シンさんの容貌のソウシさんが宥めている。

確かにややこしすぎる…!

「ええと、あ!安心してください!『お月見で一晩たっぷり月光を浴びた後に朝陽を浴びれば戻る』みたいですよ!」
「月見?こんな状態で呑気に月見をするのか?」
ソウシさん(中身ナギさん)が呆れたように言った。
「あの子は<月見団子>だって言ってました。楽しいことがおこる…って」
「コレが楽しいことか?ふざけるな。本当に戻るかどうかも疑わしいがこの状態で月見をするしかないのか…。だが最悪の場合も想定したほうがいいな」
ハヤテさん(中身シンさん)の言葉にシンさん(中身ソウシさん)も頷く。

「とにかく今夜は説明書通りに月見をしよう。そしてどちらにしても、明日市場に行ってその子供を探すべきだろう。中身が入れ替わるなんて物騒な団子をどうして売っていたのか気になるしね」
「トワ、とりあえず説明書をよこせ」
ハヤテさん(中身シンさん)が溜息をつきながら、僕の手から説明書を取り上げる。

「ま、戻るっつー話なら、オレは一晩くらいこのままでもいーけど!ナギ兄デケーから皆を見下ろせるし、自分を客観的に見れんのもおもしれーし!」
ナギさん(中身ハヤテさん)が楽しそうに言った。
ハヤテさん(中身シンさん)は嫌そうな顔になる。
「チッ。しかし何でよりによって俺は単細胞バカの身体になってるんだ」
「単細胞バカって誰のことだよ?」
「この状況を呑気に面白がっていられる単細胞バカだ。」
「うおお!自分の顔なのにすげームカつく!!人間、中身って大事だな!オレが超ヤな奴に思えてくるぜ」
「確かに中身は大事だな。クールが売りのナギの顔が単細胞面に見えてくる」
「なんだとー!?ナギ兄バカにすんな!」
「ナギをバカにしてるわけじゃない。中身が違うとこうも違うかと言いたいだけだ」
ハヤテさん(中身シンさん)とナギさん(中身ハヤテさん)が言い争っている。
中身変わっても勿論関係性は変わらない――
客観的に見るとハヤテさんがナギさんに反抗しているみたいで新鮮かもしれない。

「船長とアイツに説明したほうがいいな」
ソウシさん(中身ナギさん)が言うと、シンさん(中身ソウシさん)が同意する。
「そうだね。ちょうど今夜はお月見の宴で天気にも恵まれてるし、月光を浴びれる。信じ難いかもしれないけれど二人には私から説明を…」
「ちょっと待て」
ハヤテさん(中身シンさん)が説明書に視線を落としながら、緊迫した声をあげた。
「ここを読んでみろ」
拡げられた説明書を全員で取り囲んで読む。

<いつもと違う自分になれる団子です。月夜に貴方は誰に変身しますか?>

「ふざけた説明書きだ」
ソウシさん(中身ナギさん)が説明書きを握りつぶそうとして、
「よく見ろ。次のフレーズだ」
ハヤテさん(中身シンさん)が指さした。

<お月見で一晩たっぷり月光を浴びた後朝陽を浴びれば元通りになります。ただし貴方の意中の相手や想い人には知られてはいけません。気付かれた瞬間に永遠に戻れなくなりますのでご注意>

「「「「「!!!!」」」」」

「…これが本当だとしたら説明はやめておこう。何としても知られてはならないね」
シンさん(中身ソウシさん)が険しい表情で言うと、全員が頷いた。
「ま、オレは別に知られても何ともねーんだけどよ!ほ、ほら。誰が誰をどう思ってるとか、わからねーから念のために、なっ!」
ナギさん(中身ハヤテさん)がきょろきょろと周りを見廻しながら同意を求める。

「そうだな…俺も全く問題ないが、全員が元の身体に戻るために万一に備えて隠しておいたほうがいいだろう。」
ハヤテさん(中身シンさん)が咳払いをしながら賛成した。
「…右に同じ」
ソウシさん(中身ナギさん)も隠したほうが良いと判断したみたいだ。

じゃあ、みなさんの意中の相手とか想い人ってやっぱり……


しばらく沈黙が続き――
「万一とか言いつつ、実はシンが一番、アイツに気付かれたらマズイと思ってるんじゃねーんじゃねーの?」
ナギさん(中身ハヤテさん)が、探りなのか地雷なのかわからないタイミングでハヤテさん(中身シンさん)に突っ込む。
「フン。誰があんなチンチクリンのガキを女だと思うか。お前こそ問題あるんじゃねーのか。いつもやたらと絡んでるからな」
「お、オレはそ、そう!どっちかっつーと船長にバレたくねーなって思ってるダケで!」
「…船長…」
「あ!ナギ兄!つーか、見た目ソウシさんだから違和感あるな…てか、そんな眼でみるなよ!オレはソンケーっつーかそういう意味で言ってるんだって」
「尊敬か。それは『意中の想い人』に含まれるのか?」
「う…!ナギ兄だって船長をソンケーしてるだろ?イヤほら!わかんねーじゃん!カウントされるかもしれねーだろ。念には念を入れてっつーことだよ」
「ナギ、実はお前が一番あのチンチクリンを気にしてるんじゃないのか?女向けの菓子を作ったりヤマト料理を出してみたり、お優しいことだからな」
「つーかそれをチェックしてるシンのがよっぽど気にしてるだろ。なぁ?ナギ兄」
「言える」
「チッ。俺は船の風紀が乱れることが気に喰わねーだけだ」
「オレだって別にアイツにバレようが、ぜんっぜん元に戻れるし!バレた時にシンがオレの身体から出て行けなかったらオレが戻れなくてマズイから言ってるだけだし!」
三人が三人とも、彼女が意中の相手ではないということを強調しているみたいだけど、どんどん露呈していってるような気がしないでもない。

「ごちゃごちゃとうるさいヤツらだな。俺はアイツにバレると困る。気に入ってるからな。それに、今から中身で呼び合ってたら宴でボロが出るぞ。気を付けろ」
「「「え?」」」
シンさん(中身ソウシさん)の発言に皆が黙り込む。

「…なんてね。ふふ。今の、シンっぽかったかな?」
「俺はそんなこと言いません」
ハヤテさん(中身シンさん)が不服そうに呟くと、シンさん(中身ソウシさん)は『そう?』ととぼけた様子で笑った。
見た目はシンさんなのに、笑うとやはりソウシさん特有の柔らかさが垣間見える。

「いえ、今のはばっちりシンさんだと思いましたよ!そうです!皆さん、今からそれぞれの身体の人になりきらないと!すぐバレちゃいますよ!」
「んなこと言っても、ナギ兄っぽく…ナギ兄っぽく…あ!黙ってればいいのか!」
「…俺はそんなにしゃべらねーか?」
「たまに一言…『あるよ』ってオレ、今すげえ似てたよな!?モノマネの才能あるんじゃねえ?」
「バカか。似てるも何も身体も声も本人だろうが。脳味噌がハヤテなだけで」
「つーか、シン、じゃねえ…ハヤテ。うるせーぞ」
ナギさんになりきったハヤテさんの態度に、ハヤテさん(中身シンさん)は不機嫌な顔になる。
「チッ、気分が悪い。俺はハヤテの役を演じる気はない。が、バレないようにはする」
「仕方ないな。ドクターらしいって…とりあえず微笑んでおけばいいのか?」
ソウシさん(中身ナギさん)が笑顔を作る。
「うわぁ!ナギさん…じゃなくてソウシさん!すごい笑顔が不自然です!!」
「『にこやかに』なんてしたことねーから、わからねえ」
「ふふ。ナギから私はそんなふうに見えてるんだね。あ、シンっぽく言うなら『フン、俺がそんなふうに見えてるのか?』かな」

すごい、ソウシさん(外見シンさん)!!!
完璧シンさんをマスターしはじめている!そして、それを愉しんでいる!!…ように見える。

「オレはナギ兄だから寡黙でいなきゃいけねーし、シンはオレを演じられねえっつーし、ソウシさんになってるナギ兄は超笑顔下手だし…ヤバイな」
「トワ、そこはお前が死ぬ気で何とかしろ」
ハヤテさん(中身シンさん)が物凄い顔で睨んでくる。

「わかりました!団子を買ってきた僕にも責任があります!全力でサポートしますので、気付かれないように頑張りましょう!!」
「とりあえず船長はお酒を浴びる程飲ませてワケを解らなくする作戦でいこうか」
そう言うシンさん(中身ソウシさん)の黒い表情は、シンさんになりきっているのかソウシさんの地なのか判別できない…

「とにかくバレたら終わりだ。今夜の宴は心して臨むぞ」
「「「「了解」」」」」

僕たちは自然と円陣を組み、互いの顔を見合って大きく頷く。
失敗は絶対に許されない。

一晩月光を浴び無事に朝陽を拝む時が来るまで…一秒たりとも気を抜いてはならない。

かくして―――
中身が入れ替わったまま
お月見宴の火蓋は切られた――――。


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