Novel

□Trick or …? before Christmas
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「もう起きれるの?」
「はい!体はなんともないので!」
シンさんは木陰で一人、本を読んでいた。
「何を読んでるんですか?」
絵本かと思って見せてもらうと、訳がわからない数式が羅列している。
「等角航路の数学本だよ」
「は、はあ…」
やっぱりこういう所はシンさんなんだ。
「そっちの本は…」
「こっちは医学書」
「べ、べんきょう熱心なんですね…全然わからないや」
「これはシュミだけど、医学書は母さんの病気を知りたいから読んでるだけだよ」
「…し…シンさんっ…」
「え?なんでウルウルしてるの?」
「いえっ!目から鼻水出ただけです!」
健気すぎるーっ!!
おねえさんはもう…胸いっぱいだよ…

「へえ。目から鼻水ね」
シンさんは興味なさそうに本へと視線を戻した。
「あのさ。どうして俺に対してそんな話し方なの?」
「え!」
「別に普通でいいよ」
「普通って…わ、わかった!そうする」
全然慣れないけど…

「シスターが言ってたけど、おねえちゃんは自分の名前を思い出せないの?」
「名前…うん…」
本当の名前をいいかけるとズキズキと頭痛が襲ってくる。
心苦しいけど覚えていないと嘘を言うしかない。

「悲しそうな顔しないでよ。じゃあ本当の名前を思い出すまでの間、俺が名前を決めてあげる」
「シンさん…!」
「だって名前が無いと不便だろ?」
や、やさしいっ…!
なんて良い子なんだろう!!
素直で可愛くて優しいなんて!
大人になったシンさんとは少し違う印象だけど、やっぱり大好き〜!

「じゃあ…タロウね
「……あの、それって絶対女性につける名前じゃないですよね」
「うん。だって犬の名前だし」
い、犬………

「シンさん、犬飼ってるの?」
「ううん。近所の犬についてる名前。ヤマト犬らしいからタロウなんだって」
「えっと、その犬が好きなの?」
「ううん。別に」

シンさん…別に好きでもない近所の犬の名前をどうして私に付けようとしてるんですかぁっ?!
やっぱり変人だと思われて第一印象悪かったから嫌われたのかな…

「タロウは近所をうろうろしてる捨て犬なんだけど、俺をみるとしっぽ振ってすっごく嬉しそうに寄ってくるんだ。」
「そうなんですね…」
「おねえちゃんみたいでしょ?」
ち、違うとはいえない…

「あの…捨て犬なんですか?飼い主は?」
「飼い主は居たらしいけど居なくなったんだって。ヤマトからわざわざ連れてきておいて、よくわからないことするよね。初めから飼わなきゃいいんだ」
「そう…ですね。でもその犬はシンさんが気にかけてくれてるから嬉しいんだと思いますよ」
「でも俺は飼わないのに、なつく相手を間違えてるよ」
シンさんは一人事のように言葉を続ける。
「あいつの世話は色んな大人がしてる。もう年だし長くないらしいし。」
シンさんの横顔はどこか大人びていて寂しげに見えた。

大人になったシンさんは、最初は私のことを受け入れようとしてくれなかった。
海賊に関わるなって…わざと遠ざけようとして。
本当はとても優しい人だから。

「タロウじゃ気に入らない?」
大きな瞳で見上げられると嫌だとも答えにくい。
「じ、じゃあ一応女性だし、せめてタロコでお願いします…」
「わかった。タロコね」
って…!!!
シンさんがせっかく命名してくれるってことだったのに、なんで『タロコ』なんてよく分からない名前つけられてるんだろう…とほほ。

「タロコはどこから来たのかもわからないの?」
「え?はい。気付いたらここに」
「ふーん。じゃあ家族のことも?」
「…うん」
まだ私は生まれてないけど…お父さんとお母さんは今の世界に存在してるのかな…?

「お父さん…か」
思わずポツリとつぶやいてしまう。
「お父さんがどうかした?」
シンさんの声が少しうわずる。
「あ、ごめんなさい。私はお父さんの顔をあんまり覚えてないから…」
「お父さんいないの?」
「いたけど、いなくなったので。今思い出そうとしたんですけど、すぐ浮かんでこなかったの」
「そっか。俺の父さんも出て行ったんだ。もう一年会ってない。俺も父さんの顔忘れるのかな…そのうち」
「シンさん…ううん。シンさんは絶対忘れないよ。私が命賭けて保証する!」
「命賭けてって…おおげさ」
「おおげさじゃないですよ!シンさんはお父さんをずっと覚えてるもん」
例え復讐という歪んだ形だとしても、シンさんの心の中に深く存在したんだよ…

「父さんはすごい仕事をしてるんだって母さんが言ってた」
「うん。シンさんのお父さんは素晴らしい人だよ」
「え?俺の父さんを知ってるの?!」
驚いた顔でシンさんが私を見る。
「え…えっと、少しだけ」
「へえ」
初めてシンさんが私を興味深そうに見つめた。

「母さんが入院することを父さんに手紙で書いたんだけど返事がないんだ。届いてるかな」
シンさんが手元の本を閉じてつぶやく。
「…届いてるよ、きっと。だって会えなくってもシンさんのお父さんは、いつだってシンさんとエマさんのことをとても愛しているから」
「…」
シンさんが俯いて黙り込む。

「シンさん?」
変なこと言ったかなと思って覗き込むと、耳まで真っ赤になっている。
「…あいしてるとか、よくそんな照れ臭いこと言えるなっ…やっぱり変なやつ」

そう言ってこっちを見たシンさんの顔は、すごく嬉しそうで可愛らしくて――
「変なやつだけど…あ、ありがとう」
シンさんが顔を真っ赤にしたまま笑顔で言ってくれた。

ああ、もう。ダメ!

ぎゅうっとシンさんを抱き締める。
大人になったシンさんにこんなことをするのはドキドキしすぎて心臓破裂するけど、こんなに可愛いシンさんなら思いっきり抱きしめたくなっちゃう。

「お、おい!抱きついていいって言ってないっ」
「じゃあ抱きついていいですか?」
「も、もう抱きついてるだろ!」
「ふふ。ありがとう。私もシンさんのお父さんに負けないくらいシンさんのこと大好き!愛してる!」
「…っ!だから恥ずかしいこと言うなってば!俺のことよく知らないのに」
「えー。すっごく知ってますよぉ」
「嘘だ。前に会ったこともないし」
「じゃあこれから知り合えばいいんですよね!」
「…シスターに聞いたけど、タロコみたいに小さい子供が好きなのってロリコンっていうんだぞ」
「シンさん…そんな言葉覚えちゃダメです。せっかく天使みたいに可愛いんだから、いつもみたいに口が悪くなるのはもうちょっと大きくなってからにして下さい。それに私は小さい子が好きなんじゃなくて、シンさんだから大好きなんです!」
抱きしめる腕に力を込めると、
「ああもう!タロコ…待て!犬は主人が待てって言ったら待つんだってば」
シンさんは耳まで真っ赤にして私を引きはがそうとする。
「ふふ。私は待てが苦手なんです。ここじゃまだ躾けられていないから」
「ったく…意味わからない…」

小さなシンさんは
大人のシンさんみたいにやっぱりテレ屋で。
すごくピュアで少しだけイジワルで。

「シンさんに会えて良かった!」
「フン…」
「あ!今の!今のもっかいしてください!すごくシンさんっぽかったです!」
「…もう一回お医者様に診てもらえば?」



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