Novel

□Trick or …? before Christmas
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「俺を殺しにきたのか?シン」
「いいえ」
感情の読めない様子でシンは俺の目の前に立っている。
「船室で女と寛いでいたはずが、妙なカボチャに連れてこられました。」
「そうか…」

「お久しぶりです。カイ叔父さん」
「悪いが俺はもう国の要人ではない。ロクなもてなしも出来なくてな」
「問題ありません。長居するつもりもないですし。海賊がこんな屋敷をウロついていたら騒ぎになるでしょう。見張りに気付かれないうちには帰ります」
「俺がまたこの国を陥れないかと問題視する奴らが付けたらしい。もうそんな力すら残ってもいないってのに無駄なことだ」
エマの居ないモルドー帝国は、俺にとって何の価値もない。

シンは昔と同じように俺を真っ直ぐに見つめ、俺の様子を観察している。
右眼を眼帯で隠している。露わになった左眼は、俺やダンとは違う。エマと同じ漆黒の瞳だ。涼しい肌も僅かにクセのある髪質もエマを思い出させる。
「お前は本当に…日に日にエマに似てくるな」
思わず口から零れ出た。

エマの名にシンは懐かしげな表情を浮かべた。
あれから幾つかの月日を経て、シンにとってはとっくに失った母親だが、俺にとってはまだその温もりが鮮明に残っている存在だ。
「俺が憎いだろう?お前をずっと騙していた」
「いいえ」
シンは即答した。

「俺は…俺は貴方に憧れていた。貴方のようになりたいと思っていた。父さんが側に居なかったから余計かもしれない。貴方は強く、そして俺と母さんを守ってくれた。」
「守る?バカをいうな。お前達を傷つけてきたんだぞ。ダンを遠方へ追いやり、その手紙と仕送りが渡らないように細工をし、俺に頼らざるを得ない状況へ追いやった。お前がダンを憎むようにと画策し、更には海賊になったお前をあの日捕まえようとした」
「あの日…父さんをあの場所に行かせたのは叔父さんでしょう?俺と再会させるために」
「さぁな。俺はその頃はもう失脚し、ここに居た」

シンはふっと微笑む。
「父さんはバカが付くほどのお人よしだ。復讐のために海賊になった愚息を抱き締めることを、叔父さん、貴方はわかっていた」
「確かにダンはバカがつくほど清廉だ。俺からみれば反吐が出る程にな」
「ククッ。やはり叔父さんと俺は似ている。…全てはただ一つ願ったものの為。そんな貴方を俺はやはりとても理解している。愛する女が出来た今、尚更だ」
シンは俺の義手に視線を落とした。

「腕ひとつで俺にお前とエマの心を向けられるならば安い物だと思ったんだ。足りなかったみたいだがな」
「父を憎んでいた頃、叔父さんが俺の父親ならと言った言葉。あれは心から思ったことです」
「そうか…俺もずっと思っていた。シン。ダンの場所に居るのが俺ならばと、ずっと…そう、ずっと思っていたんだ」
俺の声が震えたことをシンは感じ取ったのかもしれない。
「もう叶わない夢だ。届かない所へ行ってしまった」
ウルを憎もうとした。ウルだからと打ち消そうともした。だが崇拝にも似た気持ちで、俺は人生の全てを賭けてエマを愛していた。

「カイ叔父さん。母を愛してくれて有難うございます。きっかけは間違ったものでしたが、俺は海賊になった自分の生き方に後悔なんてしていません。だから今は、貴方に感謝しています」

シンの透き通った声が響く。
そこには俺に畏怖と尊敬の眼差しを向けてきた幼い子供はもう居なかった。
傷つき絶望し、憎み這い上がり、そして目覚めた一人の男が、守るべきものを得て凛と立っていた。

ジャック。
お前の最後のイタズラなのか?

この俺の瞳から人間らしい何かが流れ落ちるなど―

俺が顔を背けると、シンは話を切り替えた。
「今日はこれで失礼します。カイ叔父さん。カボチャが言うには10分ほどで元に戻るそうなので。外に人を待たせていますし」
「…ああ」
背を向け、俺はぼやける視界で窓の外を眺めた。
一人の女性が庭のベンチに腰かけてこっちを見上げている。
「次会いに来る時は、アイツも連れてきます」
「いや…あの娘は俺に会わないほうがいいだろう。きっとロクな思い出がないはずだ」
「お会いしたことは無いはずですが?」
「そうだな。忘れた方が良い。シン…俺はもう眠る。もうここにお前が来ることもない」

俺はシンの返事も待たず、柔らかなソファに横になる。
シンは何も答えずそのまま踵を返して部屋を出て行った。

<Trick or…a deep, untroubled sleep?>
三角目のカボチャに呼ばれたような気がして、俺はそのままそっと目を閉じた。
「がらにもなく、いい夢を見そうだ」








end.




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