Novel

□Trick or …? before Christmas
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ギィー

鈍い音を立てて、ドアが開く。

「ん?誰…ここは…」
冷たい床に横たわったまま、かすむ視界をはっきりさせようと部屋へ入ってきたその人影を目で追う。

「お前…」
その声を、私はよく知っている。
いつもより掠れたその声は一歩ずつ近づいてきた。
「どうしてここにいる」

シンさんだった。

「シンさん…泣いてたんですか?」
思わず漏れたその言葉に、シンさんは刺すような視線を向けた。
「とっとと出て行け。目障りだ」
「ここは…」
「こんな処まで押しかけるとはとことん気味の悪い女だな」
シンさんは全くこっちを見ずに項垂れるようにベッドに腰を掛けた。

私はシスターが案内してくれた部屋に居たはずだ。
なのにどうして別の部屋へ?
そうだ。私はカイさんに気を失わされて―

「そうだ!か、カボチャさんっ!無事ですか?!どこにいるの?」
辺りをキョロキョロ見廻してみるけれど、三角目のカボチャさんはどこにも見当たらなかった。

「気が触れたフリか?お前の訳わからない行動はウンザリなんだよ。もう俺の前に現れるな」
背を向けて冷たく言い放たれた声が…シンさんの鼓動さえ止めてしまいそうな程痛々しくて、ひどく掠れていた。


その背中に思わず――

「なに、抱きついてる。俺は出て行けと―」
「シンさん…泣いてる」
「…っ」

「このままでいいから…あの、少しこうさせてください。お願いです!今度こそ出て行きますから!だからちょっとだけ…こうさせて」
シンさんの背中は震えている。

今夜何があったのか気付いてしまったから。
カイさんが言ってた『今夜』はまさか…

「馬鹿か。俺は…すぐに出て行けと…っ」
いつものシンさんより少し細い腰に腕を回すと、シンさんの手が重ねられた。冷えきったその手は何かを求めるように、それから躊躇うように強く力が込められた。

「シンさん…お母さんの側に居なくていいんですか…?」
「…うるせー」
絞り出すような声と一緒に手の甲にポタリと冷たいものが落ちた気がした。

「…シンさん」
「っ何で…アイツは居ない?俺がここに着いた時母さんには意識があった。俺をアイツと見間違えて…笑ってっ…なのに…何でだよ?!」
シンさんが体を反転させ、更に振り絞るように声をあげる。
「シンさ…」
言葉に出来ず、ぎゅうっと抱き締めると、腕の中でシンさんは幼い子供みたいに『何で』を繰り返した。

シンさんが不意に顔をあげる。
涙で濡れた瞳が向けられて、私のそれと絡んだ。

悲しみの底に熱がちらつく。
シンさんの髪を撫で、たまらずにそっと瞼にキスを落とす。

「私はここに居ますよ…シンさん。今は泣いていいんです。だって私、元からここに居ない人間だから…明日には居なくなるから…だから全部、我慢しないでください。私を…利用していいんです」

頭痛が襲ってくることも消えることも考えず、私は口にしていた。
だけど不思議と、あの頭痛はやってこなかった。


「っ馬鹿な女だ…」
後頭部に伸びてきたシンさんの片手が強引に私の顔を引き寄せ、乱暴に唇が重なった。
もう一方の手はシャツのボタンを外していく。

現在でも過去でも。そして未来でも。
大事な人を抱き締めるのに特別な理由なんていらなかった。
もしその悲しみを解すことが出来るなら…私のからだの細胞全部差し出したっていい。


「…あたためてくれ」

シンさんのすがるような囁きが闇に溶けた。




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