Novel

□Trick or …? before Christmas
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「シンさん。迎えの馬車が来ました…あ!」
シンさんは中庭で、木の壁に向かってナイフを構えていた。
思わず息を呑んで黙り込むと、スッと鋭い直線を描いてナイフが刺さる。
そこには寸分違わず同じ箇所に幾つもの傷が付いていた。
「すぐ行く」
短く答えるとシンさんはナイフを抜いた。
シンさんが凄いのは、こうやっていつも欠かさず練習してたからなんだ…。

シンさんは玄関まで来ると少しだけ感傷的な表情で家の中を見回した。
けれどすぐに背を向ける。

「こいつを向こうまで乗せてやってもらえないか?」
「問題ございません。かしこまりました」
御者の人は淡々とした様子で私とシンさんを馬車の中へと促した。
この人を見るのは二度めだった。
カイさんが怪我をした時に応急処置を施していた人で、カイさんの信頼も厚かった印象だし…カイさんの秘密を知ってたりするのかな?
「わたくしの顔に何か?」
初老の男性はにこやかに笑顔を返してくれる。
「い、いいえ!よろしくお願いします」
馬車は私とシンさんを乗せるとすぐに出発した。



ガタンッ
「わっ!結構揺れますね」
ふかふかの座席に慣れないせいか、馬車が揺れる度に身体が浮く感覚になる。
シンさんは涼しい顔でどかっと座ってるから、慣れなのかな…?
「お前、乗り物酔いはするのか?」
「船は大丈夫でしたからしない方だとは思うんですけど…うわわ」
またゴロンと身体が倒れそうになる。
「この辺りの道は舗装されていないからな。もう少し進めば揺れも収まるだろう」
「はい」
これじゃシンさんに冒険のお話をしようとしても舌を噛みそう。

ガタガタッ
「うわぁっ」
大きな揺れにどすんっと身体が浮き、シンさんが座っていた側に突進してしまう。

顔がちかっ…!
「きゃー!すみませんっ」
思わず後ずさると、
「馬鹿。危ない」
「ふぇっ?」
ぐいっと腕を引かれて胸の中に飛び込む形になる。
「あ、あのっ…」
「慌てて動くな。ランプが割れる」
シンさんは馬車内の壁に仕付けられた小さなガラスランプを指差した。
「た、高そうなランプ…」
「そうだ。お前の石頭で割られると俺がカイ伯父さんに詫びることになる」
「うっ…私の頭よりランプを心配ですか…というか、石頭かどうかなんてわかんないじゃないですか」
「当然だ。お前の頭よりランプの方がどうみたって繊細だろ」
「私の頭も繊細なんです!」
「どーだか。…それより」
ふとシンさんがニヤリと意地悪そうな顔になる。
「俺を襲う気か?」
気付けば座っているシンさんに乗っかる体勢になっていた。
「お、おおおそっ?!だってシンさんがっ…」
身体を離そうとうすると、
「だから飛び退いたらあぶねーって言ってるだろ。意外と狭いんだからジタバタするな」
またぐいっと頭を抱えて引き寄せられる。
「し、しませんよっ。ランプ壊さないように離れますか…」
更に近づいた視線はぶつかり、鼓動が速まる。
「ら…って…あの…」

シンさんは少し間を開けた後、唇を近づける。
そしてそのまますんなりと重なった。
「…んっ…」
息継ぐ間もなく深まるキスに、ただされるがままになっていると、

コンコンコンコン

気付けば馬車は停止して、ドアが四回ノックされ、外から御者の人が声をかけてくる。
「揺れまして誠に申し訳ありません。しばらくの辛抱をお願いいたします」
「ふっ…ぅっ…はぁっ」
唇が離れ、シンさんが答える。
「この揺れには慣れてる。気にせず馬を速めてくれ」
御者の人は慇懃に返事をして再び御者台へと戻って行った。

う…開けられたらどうしようかと思った。
私は今絶対、恥ずかしいほど真っ赤な顔をしてる。
「な、何でいきなりキスっ…」
シンさんに詰め寄ると、
「お前の冒険話もくだらなくて面白いが、こっちも十分楽しめそうだ」
シンさんは悪戯を思いついた子供みたいに小さな声で囁く。

それから、耳朶、頬、首筋と唇でくすぐるように滑りはじめた。
ちゅっ、ちゅっと音を立てて吸われると、肌に紅い跡が幾つもついていく。
「ど、どうしてっ…」
「シッ…大きな声を出すと聞こえるぞ」
「っ!」
シンさんの長い指がゆっくりとドレスの胸元の紐を解く。
隙間から覗く膨らみを、先端に向かって舌でなぞられると、身体じゅうに電流が走るみたいになってビクッと震えが起きる。

「嫌だったらイヤだと拒めばいいだろ。その時点ですぐに止めてやる」
その優しげな意地悪に抗議したい気分になるけれど、何かに酔ったみたいに身体はいう事をきかない。
「どうした?大人しいな。されるがままでいいのか?」
まだ少年とも言えなくもないシンさんの匂い立つような視線に、次第にゾクゾクと身体が疼きだして、
「ふぅ…ん」
思わずせつないため息が漏れた。

「お前、こーいう時は結構女の顔するよな。悪くない」
この間とは違って、シンさんが触れる手も唇も戯れのように優しい。
目の前の人は間違いなくシンさんなのに、この世界では恋人じゃないんだ…。
なのに触れられただけで反応してしまう身体がひどくはしたなく思えた。
そしてそのはしたなささえも愛しく思ってしまうんだから、もうどうしようもない。

目を閉じると、
「…ったくお前、本当に抵抗しないんだな」
「へ?」
シンさんが困ったように笑う。

「本当に抱くぞ」
「…」
そう言いながらシンさんの指が私の頬にかかった髪を掻きあげる。
「従順すぎるのも厄介だな」

遊びだと言って触れて、まるでその先を躊躇うように…私に嫌だと拒否してほしいかのようなことを言う。
「だ、だって…シンさんだから…」
「意味がわからないな。お前は俺の何を知ってる?どこから来て、何の為に俺に近づいてくる?」
「そんな…言い方…」
今度はチュッと唇に軽いキスが訪れる。

「ほら、離れろ。」
シンさんは夢から覚めたような顔で私を引き離した。
馬車の激しい揺れはもうすっかり収まってしまっていた。




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