Novel

□Trick or …? before Christmas
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「で、ですね。巨大なイカがどーんと船を襲ってきて…」
「そんなサイズのイカがいるか。寝ぼけて見間違えたんじゃないのか」
「ホントですよ!こーんな大きな足で胴体も船に乗らなくて!足だけゲットしてしばらくイカ料理ばっかりだったんです!あっ、その顔は信じてませんね?これっくらいおっきいクジラだっているんですよ」

「自分の目で見ないと信じられないな」
「いつかきっと見れますよ!絶対ビックリするんだから!」
「何だその自信は。ったく、お前は無駄に元気だな。船の上の長旅は栄養も片寄って疫病が流行りやすいんだが問題なかったのか?」
「そこはバッチリナギさ…いたた、ええとコックさんが管理してくれてて」
「栄養管理と食材保存に長けたコック、絶対的力を持つ船長、知識豊富な医師、頑丈な船、襲撃に備え腕のたつ者、そして優秀な航海士。どれも船の旅には重要だ」
「はい!皆さん凄い人ばかりでしたよ」
「へえ。そんな船に当たるのは幸運だな。お前、運だけは良さそうだしな」
「運だけはって…でも、そうですね!本当に偶然乗ったのがあの船でよかったです。」
「お前…本当に楽しそうにその船のことを話すんだな。早くそこに帰れるといいんだが」
「へ?」
シンさんの瞳がいつになく優しい。
じっと見つめ返すと、ばつが悪そうに反らされる。
「…と言うか早く帰れ。いつまでも居座られても困る」
「あはは。すみません」

「それにお前、時々頭を抱えてるようだが知り合いとやらのところへ着いたら医者に診てもらったほうがいいんじゃないのか?生憎この村には正式な医者はいないが」
「私の頭痛は問題ないんですけど…この村にお医者さんがいないって…じゃあ病人が出たらどうしてるんですか?」
「ウルの医者は全て帝国軍の軍医にされている。だからこの村で病気になったら、自力で治すか死ぬのを待つか…ココを出ていくしかない」
「だからシンさんのお母さんも…?」
「ああ。オフクロは恵まれてる方だ。カイ伯父さんが街の医者をつけてくれたからな。だがそれでもおそらく…」
シンさんは黙りこんだ。

「まぁいい。お前に話す事じゃない。で?氷の島はどうだったんだ?」
「すっごく寒かったです!鼻水がツララになっちゃって」
「フン…お前の話はアバウト過ぎてわかりにくい。例えば植物や生物らしきものが存在したのかとか最悪遭難した場合に凌げる場所や食料が存在するのかとか、そういう情報を言え」
「えっと、夜になってしまって洞窟に入って一晩明かしましたよ」
「一人でか?」
「えっ…!あの…航海士の方と…」
「何を口ごもってるんだ?へえ。お前みたいなガキくさい女でもそーゆーことがあったんだな」
「いやあのっ!その時は何にもなかったというか抱っこしてもらって眠っただけっていうかっ…!」
「別に弁明しなくていい。物好きもいたもんだなと思っただけだ」
というか、その相手はシンさんですっ!

「お前が海賊だったとはな」
「えっ!?何でわかったんですか?」
「船で旅をして宝を求めて遥々そんな島に行くのは海賊だろう。だとすればお前を密告すれば縛り首だな」
シンさんが意地悪そうに笑う。
「…し、しばりくび…しませんよね?」
「まぁ、お前みたいなガキが海賊だって言っても誰も信じないだろう。手配書もないだろうしな」
ガキっていうか、今のシンさんは同じ年くらいなんだけどな。
「何だ。膨れた面して。…そうか。海賊か…」
シンさんは何かを確かめるように小さく呟いた。

「実際はお前が海賊になったというより、たまたま海賊船に乗ったんだろう?たとえば捕虜とかな」
さすがシンさん…するどい…!
「捕虜じゃありませんよ。皆さんとってもいい人ばかりなんです」
「それは珍しい例だ。本来は海賊は強奪者であり、ロクなヤツはいない。近づくべき人種じゃない」
「そうかもしれません。私だって皆さんを知らなければ、ずっとそう思っていたかも」

「いい海賊がいる、か。どこかの誰かに小さい頃に言われた気もするな」
それってもしかして…!!
「結局世迷い言だ。カイ伯父さんは政策の一つに軍の強化と海賊撲滅を掲げている。せいぜい海軍に捕まらないようにしろよ。お前どんくさそうだからな」
「あの…カイさんってモルドーの偉い人なんですよね?」
「ああ。興味があるのか?」
「え?えっと、迫力がある方だなと思って!ちょっとシンさんに似てるし」
「あの人には二度も命を助けられている恩がある。それにオフクロや俺のことを気にかけてもらったりな」
一度目のその機会は、カイさん自身が作り出したお芝居だった。
でも確かにカイさんはそのお芝居で腕を失っている。わざとだって言ってたけど…自分の腕を失ってまで何を求めたんだろう。
「良い人…なんですか?」
おそるおそるたずねてみる。
「いや。所詮政治家だ。『良い人』ではないだろうな。だが俺にとってはかけがえのない人だ」
「そうですか…。もし!もし…シンさんが海賊になったら…カイさんはシンさんを…」
「俺だったら捕まるようなヘマはしないが…伯父さんになら捕まえられても仕方ないと思うかもな」
「シンさん…」
「フン。エリート校を出て海賊になるなんて余程の馬鹿がすることだ。俺がそんな馬鹿に見えるのか?」


バウッ
タロウ2号がいつのまにか部屋のなかへ入ってきた。
口にはどこから拾ってきたのか汚れた人形が咥えられていた。
手がフックの形になった海賊帽を被った人形だ。
「またガラクタを拾ってきやがって」
シンさんが溜息をこぼすけれど、タロウ2号は褒めてと言わんばかりに尻尾を振り続けている。
シンさんはじっとその人形を眺めていた。

タロウ2号もわかってるのかもしれない。
シンさんがこれから海賊への道を進もうとしていることを。



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