Novel

□Trick or …? before Christmas
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「タロコって…女だったんだな」
「…シンさん?それどういう意味ですか…」
ドレスに着替えた私をシンさんが不思議そうに見る。

「だって倒れていたの見つけた時も汚い恰好だったし」
「あれは掃除してたからでっ…」
「え?思い出したの?」
「あ…あの、多分倒れる前に掃除をしていた気がしたので…。ああそう!えっと。どうですか?似合ってますか?」
「ま、まぁな。ガイコツよりそっちの方が、か、可愛い…」
し、シンさんが可愛いって言ってくれるなんて!!感無量すぎる…

「でもこれ胸元開きすぎかなぁ…。こんなに素敵なドレスが着られただけで大満足です。もう脱ぎますね」
着替えようとすると、
「もう代金を払った。時間もない。そのまま食事を取った後、すぐ出発しよう。近くに美味いパイを出す店があるらしいから食事はそこだな」
カイさんが店の外へと出ることを促す。
「ええっ。あのっ…」
「受け取っておいてくれ。シンがドラキュラなんだから、ガイコツよりドレス姿の美女と並ぶ方が絵になるだろう?それに代金はシンが大きくなったら徴収しておくから気にしないでくれ」
「じゃあタロコ、有難く着ろよ」
二人が冗談まじりに笑う。
「あの…では、ありがとうございます」
ふふ。これって小さなシンさんに買ってもらったことになるのかな?


店に入ると皆の視線がカイさんとシンさんに向く。
この二人ってやっぱり目立つよね…

端にいた数人のゴロツキ風の男たちがこちらに目を止めて近づいてきた。
「おい兄ちゃんたち。ハロウィンの仮装ごっこか?金を持ってそうだが俺達に恵んでくれよ」
「おい、この男の服の紋章…海軍の偉いさんのじゃねえのか」
「こんな街にそんな偉いさんが従者も連れずに来るわけねーだろ。仮装だよ、仮装」
「だよな。将官がこんなに若いわけねえし。仮装ごっこなんてしてたら本物に捕まえられちまうぞ。黙っててやるから礼を寄越せ」
無茶苦茶な言いがかりで男たちは私達を取り囲んだ。

「美味いパイを食べにきただけなんだが随分と品のない客層だな」
カイさんは眉一つ動かさず溜息をついた。
「シン、パイを買っておいてくれ。ここは空気が悪い。馬車に持ち帰って食べよう。タロコさんを連れて先に馬車まで戻れるな?」
「え?うん…」
店主は怯えたように慌ててパイを三つ包むと手渡し、シンさんは代金を払う。
「タロコ、行くぞ」
「え?でもカイさんが…」
「心配しなくていいから。早く、ほら」
シンさんが私の手を取る。

腕を引っ張られながら後ろを振り向くと、
「何だよ兄ちゃん。俺達にはおごってくれねえのか」
「貴様ら下賤の者に与える金などないな」
カイさんは今まで私とシンさんに向けていた笑顔とは全く違った、感情のない顔つきで男達を見つめていた。

「下賤だってよ。お坊ちゃんのいう事は違う…がはっ!!」
カイさんが突然、男のお腹を思い切り蹴り飛ばした。
「下賤に下賤といって何が悪い?本当に馬鹿な奴らだ」
そう言ったが最後、カイさんはあっという間に男達を伸していく。

あんなに強い人なんだ…
片腕は使えないはずなのに、全くものともせずに息も切らさずに…
けれどその姿は恐怖を感じさせる。

「うっ、いてえっ。悪かったよ兄ちゃん。この通りだ!だからもう…ぐあっ」
カイさんのあまりの強さに許しを乞い始めた男達にもカイさんは容赦なく長い脚を振りおろし蹴り続けている。

「ま、待って!!」
「おい、タロコ!」
私はシンさんを振り切って、思わず蹲っているゴロツキとカイさんの間に飛び出した。
ピタリとカイさんの動きが止まる。

「も、もう…気を失ってるじゃないですか…」

見上げると、全く息も乱さず顔色一つ変えずカイさんは立っていた。
そして何事もなかったかのように、あの笑顔を作る。
「本当だ。気付かなかったな。タロコさん、シン、無事だったか?」
この場にそぐわないような優しい口調でカイさんは襟を正した。
店にいる皆が誰も何も言えず、その様子を怯えたように見守っている。

「この街も随分礼儀知らずが増えたようだな。店主。こんなタチの悪い連中がたむろしていたら商売も成り立たないだろう。早めに駆除しておいたほうがいい」
「は、はい…ありがとうございます…」
店主はますます怯えたように縮こまった。
「シン、タロコさん。見苦しいものを見せたね。さぁ、行こう」
そう言うカイさんの笑顔はもう、完璧に優しい伯父さんだった。


「タロコ…震えてる」
歩きながら、シンさんが手を繋いでくれる。
震え…?
カイさんは私とシンさんを守ってくれた。
でも…。

「叔父さんは相変わらず強いね」
「俺は学問が苦手だからな。武術だけが取り柄だ」
「俺も強くなりたい。叔父さん、前みたいに手合せしてああいう奴らをやっつける方法教えてくれる?」
「ああ勿論。シンは呑み込みが早い。あっという間に俺より強くなるぞ」
「ほんと?」
シンさんは嬉しそうに顔を輝かせた。
「お前は強くなければならない。でないと大事なものを守れないからな」
「うん」

カイさんは自分の胸元を見てからハッとした顔になった。
「さっきの店に大事なブローチを落としたようだ。後から行くから先に馬車に戻っておいてくれ」
「え?さっきの店に戻って大丈夫?」
シンさんが訊ねる。
「あれだけ痛めつけたらもう絡んで来ないだろう。心配しなくていい」
カイさんは身をひるがえした。

シンさんと二人、手を繋いだまま歩く。
「タロコ…怖かった?」
繋いだ手がぎゅっと強く握られ、シンさんは私の方を見ないまま訊ねてくる。
喧嘩に巻き込まれたことで私が怖がっていると思ったみたい…
確かに怖かった。
でも震えが止まらないのはそのせいじゃない。

シリウス号に乗ってから戦闘をみる機会もあった。リカー海賊団、海軍、他の海賊船。
シリウスの皆は強くて、戦う姿だって何度も見てきた。
でもあんな…徹底的に打ちのめすような戦い方を見たのは初めてだった。

「カイさんが強すぎてちょっと怖かったのかもしれません…」
正直に話すと、
「俺は叔父さんの気持もわかるんだ。ああいう悪いヤツは別にコテンパンにやられてもいいと思ってる。だってやらないとこっちが奪われる側だろ」
「シンさん…」
「でも…タロコが悲しそうな顔してるのはイヤだし…だから…叔父さんを止めてくれてありがとう。あんなところに飛び出す女なんてそうそういないよ。お前ってやっぱり凄いな」

立ち止まってシンさんの目線まで屈む。
小さなドラキュラは戸惑った表情で私を見た。

「…シンさん。私にはシンさんも辛そうな顔してたように見えたんです。もうやめてって言い出しそうに見えたんです。だってシンさんは本当は優しい人だから。私はそういうシンさんだから、大好きなんです」
だからそのままで…
心のなかでそっと呟く。

「…っ、もう、ああやって飛び出すのやめなよ。危ないし…それに…」
「それに?」
「次は俺が止めるから」
大人びた表情でシンさんは言う。

「ダメです。シンさんに何かあったら困るもの。ああいう時は良い言葉があるんですよ」
「なに?」
「逃げるが勝ち!めんどくせーことになる前に!です!」
「…それカッコ悪い」
「そうかな。それも一つの戦法だって船長が…」
「船長?」
「あ、いえ!その…またああいうことがあっても、まだ私の方が大きいんですから私が身体はって止めます!」
「…張らなくていいよ…俺はすぐにタロコより大きくなるんだからな」
シンさんは不貞腐れた顔で呟く。
「ふふ。そうですね。待ってます。…早く逢いたいから」
「?」
「はやく、逢いたい」

私が知ってるシンさんに――



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