Novel

□Trick or …? before Christmas
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「俺の顔に何かついてるか?」
豪華な馬車のなかでカイさんをじっと観察していると目が合ってしまった。
「あ、いいえ…豪華な馬車だなと思いまして」
「カイ叔父さんは海軍将官なんだ」
シンさんが少し自慢げに教えてくれる。
「この若さで将官なんて滅多になれないってシスターが言ってた。だから叔父さんは凄い人なんだ」
「それを言うならシンの父親はもっと凄いだろう?俺は家のおかげだ。自慢の兄とは違ってね」
突然のダンさんの話題にシンさんの顔が少し曇った。
「そんなことない…叔父さんは俺と母さんをよく気にかけてくれるし…守ってくれるし…俺はカイ叔父さんを尊敬してるよ」
シンさんの言葉に、カイさんは微笑む。
「ありがとう、シン。お前にそう言って貰えると嬉しいよ」

「あのさ…叔父さん。父さんは…母さんの入院を知ってるよね?俺、手紙を書いたんだ」
「ああ、勿論」
「ならどうして会いに来ないの?」
シンさんは苦しげに訊ねた。
「ダンは現国王の覚えも良い。今は忙しくてね。エマとシンの事どころではないんだろう。もっと大事なことが他に山ほどあるんだろうな」
少し引っかかるようなカイさんの言葉にシンさんがビクッと肩を震わせる。

「あの…確かにお忙しいかもしれませんが、ダンさんは決してエマさんとシンさんのことを大事に思ってないわけじゃないと思います…が」
思わず言うと、カイさんは笑顔を作る。
「そうだな。兄はとても出来た人だ。どれだけ忙しくても便りくらいはきちんと寄越しているんだろうな」
「…手紙なんて来ないよ」
「そうなのか。俺からもダンに言っておこう。シン、だからそんな顔をするな」
カイさんは優しげに微笑み、右手でシンさんの頭を撫でた。
「ありがとう、叔父さん」
シンさんは信頼しきった顔で御礼を言った。

…手紙が届かないように細工してたのはカイさんだったはずなのに…
どうして…?

カイさんを見つめていると、ふと左手に布がかけられたまま全く動いていないことに気付く。


「俺の左手が気になるか?」
「えっ…あの…」
カイさんは、はらりと布をめくって見せてくれる。
「義手なんだ」
「…ご、ごめんなさい」
ジロジロみて失礼だったかな…
「ある事情で肘から下を失ってね。そろそろお役御免で軍から引退命令が出て陸勤めになるかもな」

「…叔父さんが手を失ったのは俺と母さんを助けたからなんだ。父さんが出て行って間もない頃強盗に襲われて…その時にカイ叔父さんが助けてくれた」
シンさんが俯きながら言った。
「もういい。シン、その話は忘れろ」
「父さんは居なかったし、俺は…強盗に立ち向かう術もなかった。カイ叔父さんがいなかったら俺も母さんも死んでた。だから俺は…叔父さんみたいに強くなって、早く大きくなりたいんだ。叔父さんに迷惑ばかりかけられないし…俺が母さんを守れるようにならないと」
「シン。俺は迷惑だなんて思ってない。失った手よりもお前たちが無事で良かったと思っている」

役人に好き放題させて汚職をしたカイ大臣。
腕を失ってまでシンさんとエマさんを守ったカイ叔父さん。
ダンさんとシンさん達の仲を裂こうとしたカイさん。

一体どれが本当の姿なの?

どうしてだろう…
目の前で優しそうに微笑むカイさんのその瞳の奥は何も映していないように見えてしまって、真正面から見据えられると足がすくみそうになるくらい深い闇を感じる。

大人になったシンさんはカイさんに裏切られたことを知ることになる。
今ここでシンさんに言ってしまいたい。
シンさんのお父さんを貶めてシンさん達から遠ざけたのはカイさんなのって…
でもそれは小さなシンさんを深く傷つけ、未来を変えてしまう。

頭痛や私自身が消えることよりも…
未来が変わるという事は、ダンさんと和解したシンさんの未来も変えてしまうのかもしれない。軍の包囲から助かったあの未来も失ってしまうのかもしれない。
何かを救おうとすれば代わりに何かを失う。
カボチャさんにはそう付け加えられていた。

それが怖い。

私はここで何も出来ない。
過去を変えるために招待されたわけじゃない。
カボチャさんの魂を探すこと。
それに専念しなきゃ…
なのにどうして――こんなに。
苦しいの?

「タロコ?どーしたの?朝飯食いそびれたから落ち込んでるのか?」
「…シンさん」
隣に座っているシンさんが心配そうに覗きこんでくる。
「う、ううん!何でもないです!」
せめて私がここにいる間は笑顔でいて、シンさんが楽しい気持ちになってもらえるようにしなきゃ。

ぐぅ〜っ

安心したからか馬車の中に私のお腹の音が鳴り響いた。
「ははっ。やっぱり腹へったんだ」
シンさんが笑う。
すっごく恥ずかしいけど…シンさんが笑ってくれてるから嬉しくなる。

カイさんは馬車の中に仕付けられた鈴を鳴らした。
きょとんとしているとシンさんが説明してくれる。
「鈴を鳴らすと御者が次の街で止まるんだ。叔父さん、タロコに朝御飯食べさせてあげて」
「勿論だ。もうすぐ大きな街に着く。慌ただしく連れ出して悪かったな。お詫びに美味しい食事とドレスをプレゼントしよう」
「え?ドレス…ですか?」
「タロコさんはガイコツ衣装のままだ。いくらハロウィンとはいえシンの女なんだから、綺麗な恰好に着替えた方がシンも喜ぶだろう」
「だ、だからタロコは別に俺の女なんかじゃ…」
シンさんが顔を赤くした。
つられて顔が火照ってくる。
「タロコ、ナニ顔を赤くしてるんだよ。お前やっぱりロリコ…」
「しーっ!その言葉は言っちゃダメですシンさん」
「シンの方が顔が赤いな」
「叔父さん…」
シンさんは不貞腐れた様に窓の外を見る。
こうしてると、普通にシンさんと仲のいい叔父さんに見えるけれど…

「俺も綺麗な恰好の女を連れている方が気分がいいしな」
そう言ってくだけて微笑むカイさんからは作ったような笑顔は消えて、年相応な男性の色気がにじみ出る。
一瞬見せたその妖艶な笑みは、底知れない闇に絡め囚われるような感覚を覚えさせて、私の身を強張らせた。



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