Novel

□Jack-o'-Lantern
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「…ッ、それ…だけか」
<なに?>
「言い…たいことは…それだけかといっている」

パンッ
ランタン目掛けて銃弾を撃ちこむ。
無駄かどうかなんて関係ない。
ただ、失いたくない。
失ったりしない。
破裂音の後、強い光とともに溢れてくる。

『私こそごめんなさい これからは4回ノックしますね』
『どうせ泣き虫のガキですよ』
『あいたっ、何であたまをこづくんですか』
『シンさんはわたしのこと女としてみてないのかなって思って…』
『私とシンさんの愛の力で乗り越えました!』
『はい!シリウス海賊団を大切にしてるシンさんが私は大好きです!』
『私はずっとシンさんの傍にいるって言いましたよね?だから…覚悟もできてます』

身体中を支配する声。
何度失われようと、俺がするべきことはただ一つ。
「奪われたなら、奪い返すだけだ」


「おう!シン。遅かったじゃねーか。」
食堂に入ると船長が上機嫌で俺を呼ぶ。
全員が仮装した格好で酒を飲みはじめていた。
フランケン、包帯男、狼男、悪魔、魔法使い。
●●は俺を見るなり気まずそうに瞳を逸らした。
だがイモムシの仮装をしていることが俺を満足させる。

『船長がくれたバニーガールを着るかイモムシの着ぐるみを着るか…うーん。究極の選択ですよね』
『し、シンさん?何で笑ってるんですか?え?お前には色気のないイモムシのほうが似合うって?ヒドイ!』
『うっ…そういうこと言うの反則です…イモムシにするしかなくなるじゃないですか』
忘れる呪いを掛けられていても、必ず本能は覚えている。

●●、お前は俺の―――

グイッ
「な、何ですか?」
●●の腕を掴むと、焦ったように俺を見る。
「瞳を逸らすな」

「おい、何してる」
ナギが口を出してくるが、制する。
「シン。声が出るのかい?」
ドクターが驚いた顔をした。
「ええ。おかしな呪いを掛けられたようですが、コイツにキスをしたせいか話せるようになりました」
俺の言葉に全員が殺気立った。
「き、キスだと?!おい!●●から手を離せよ」
ハヤテが立ち上がる。

俺はかまうことなく、言葉を吐き出した。
「●●、お前はわかっているはずだ。お前にとって俺がどういう存在なのかを。そして俺にとって、お前がどういう存在なのかをな」
「言ってる意味が…」
●●はそう言いかけて、俺を真正面から見る。
忘れるはずなんてない。
忘れさせてやるわけもない。
「俺を…見つけてくれ」

視線がぶつかった瞬間、瞳の奥に揺らぎが生まれる。
揺らぎはやがて確かな炎へと姿を変える。
――何度でも。

「シン…さん…?」
「ずっと俺の傍にいると覚悟してるんだろう?」
「私…どうしてシンさんを忘れたりなんか…」


<俺の呪いが…>

パァァァッ
いつの間にか隣にあらわれたランタンが眩い光に包まれた。

「…シンさんっっっ!シンさんっ!!シンさぁんっ!!!」

―――ああ、俺を必死に呼ぶ、
愛しい声が聴こえる。

俺は光のほうへと手を伸ばした。
俺が帰る場所だ。




「シンさんっ!!!」
気付けば●●は腕の中にいた。
ついさっきまでの生意気な態度はどこへやら、しっぽ振った犬みたいに従順にしがみついている。

解けた…のか?
安堵した瞬間、自然と強気な言葉が漏れる。
「…うるせーな」
「だ、だってっ…!!」
「そんなに抱きつくな。しっぽ振った犬か、お前は」
「だ、だって目が覚めたらシンさんが居なかったんですよ!しかも私も皆も忘れちゃってて!いったいどうなってたんですか?!どこに行ってたんですか?!」
「どこって言われてもな…」
あそこが何処だったかなんてわからない。
ふざけたカボチャにふざけた呪いを掛けられただけだ。

「あ!こいつ!」
ハヤテがランタンを掴もうとするが、よけて浮かび上がる。
<俺の呪いを解いた人間は初めてだ>

<誰も見つけてくれない。どこに向かえばいいのかもわからない。俺はずっとずっと彷徨っている>
それは俺も同じだった。
戻るだけだと、ランタンは言った。
誰も信用せず一人、殻の中に閉じこもって憎しみを反芻する日々に――

だが俺は、二度と戻るつもりなどない。
もう知ってしまった。
●●を。
愛するということを…
自分を受け入れてくれる場所があることも。
どんなにもがいても失いたくはない。

<俺も、いつか誰かが見つけてくれるかもしれない。希望をもっていいんだよな?>
「ああ」
初めて見た時に苦しげだったランタンの表情は、穏やかなものへと変わっていた。
<探してみるよ>
夜闇にジャック・オ・ランタンは溶けていく。

「何だアレ…どっかの宝箱に混じってたのか?」
「またトワが積荷を間違えて、前の港とかで変なのを乗っけちまったんじゃねえの?」
「いた!ぼ、僕じゃないですよ!多分…」
それぞれが賑やかに騒ぐなか、俺はずっとランタンが消えた先を見つめていた。

そっと●●が俺の隣に並び、泣きそうな声で独り言のように夜空に囁く。
「悪い夢を見てたみたいです。醒めて良かった…!本当に良かったです!」
「醒めないわけはない。まだまだお前にシリウスの舵取りなんて任せられるか」
「ふふっ、そうですね!」
「それに…俺は泣き出しそうな顔なんてしてねー。…多分な」
●●は訳がわからない、といった表情で、
「え?それどういうことですか?シンさん?!」
と訊ねてくるが、
「私達がシンを忘れてしまってたのには驚いたけど、とにかく解決してよかったね」
「よし!シンも戻ったし、これで本当に全員だ!野郎ども!ハロウィンの宴の仕切り直しだ!」
「「「「アイアイサー」」」」
船長の声に全員が勢いよく返す掛け声で掻き消されてしまう。

ふと、●●の首筋に点々と附いた小さな紅いアザを見つける。
無茶苦茶に浮き上がったアトに自分の必死さを感じて、照れ臭いような滑稽な気持ちになる。

グイッ
「え?し、シンさん?!」
皆の方へと歩き出そうとしていた●●の腕を引っ張り、その背中から抱き締める。
腕に感じる確かな温もりに、急速に満たされていく。
強く廻した腕にそっと●●の手が重ねられ、冷えた俺の腕を優しく撫でる。
「シンさんがもういいって言ったって、私はずっと、シンさんの傍にいるって決めてますから!」
腕の中で振り返って彼女は微笑む。
この笑顔を側に置くためなら俺は何だってするんだろう―――

「イチャついてないでとっとと始めようぜ!」
「そうです!お菓子もいっぱいありますよ」
「まぁまぁ。記念すべき再会みたいだから私たちはそっと見守ろう」
「料理食う前に腹一杯になりそうだ」
「一体シンはどこにいってたんだ?まさか女だらけの別世界シリウス号とかな!」
「せんちょー。トワが女装するらしいっす!」
「え!ハヤテさん!それは言い出しっぺが…」
「私は結構女装イケると思うんだけどな」
「ドクター…酔うのはまだ早い」
賑やかな面々が勝手なことを言い合う。
戻ってきたという実感が後から湧いてくる。
●●はもう一度微笑んで、
「おかえりなさい!シンさん!」
と言った。

…ああ、馬鹿。
せっかく耐えたってのに…

「シンさん?どうしました?」
「うるさい。俺を見るな」

ハロウィンの夜に起きた
ジャック・オ・ランタンの呪い。
以前の俺なら考えられないことだが――相当、堪えたらしい。
あのカボチャに二度と会うつもりはないが、
今度出会ったらタダじゃおかない。


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