Novel

□Jack-o'-Lantern
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<―――呪いをかけた>

耳元で低く囁くような声が聞こえたかと思うと、
「…!」
突然電流のような痛みが走り、目が覚める。

「目が覚めました?」
軽やかな声が聴こえる方へとぼやける焦点を合わせる。
(…夢、か?)
心配そうにのぞきこむ●●の顔が見える。
「甲板に倒れてたんですよ。見つけた時はビックリしました」
(倒れていた?俺はいったい…)
そう口にしようとして声が出ないことに気付く。

何だ、これは―――?

「…っ」
絞り出そうとしても全く声が出ない。
「ッ…」
喉が焼けるように痛み、発声の邪魔をする。
「あっ、無理しないでください。すぐソウシ先生を呼んできますね!」
●●は急いで部屋を飛び出していった。

改めて周りを見廻す。
ここは――医務室か。

自分に起きた出来事を思い出せず、大きく息を吸いこむ。
頭に靄がかかったような、重たい気分だ。


ガチャッ

ドクターと●●が医務室へ入ってきた。

「気分はどうかな?私はソウシ。船医をやっているんだ」
目が合うと同時に何故か自己紹介を始めるドクターに違和感を覚える。

「…ッ」
俺はどうなったんです?と声を上げようと試みるが、やはり出ない。

「もともと喋れないのかな?」
ドクターの質問に、俺は驚きを隠せなかった。
(俺のことを知らない――?)
「驚いた顔をしたってことは、先天性ではないんだね。喋れるはずなのに声が出ないのかな。うん、ちょっと診るね」
そういって俺の喉や頭部をチェックする。
「外傷は無いし、異常もなさそうだ。一時的なものかな。しかし困ったね。」

バタンッ
ドアが勢いよく開いてハヤテが飛び込んでくる。
「甲板に倒れてた怪しいヤツの目が覚めたって?」

怪しいヤツ、だと?
声さえ出れば<ふざけてるのか?>と問いただしたいところだが、
全員で示し合わせての芝居――という雰囲気でも無さそうだ。
今夜はハロウィンであってエイプリルフールじゃない。
ならこれは一体…?

「ええと、君をどう呼べばいいんだろう。紙に名前を書いてもらえるかな?」
ドクターが脇にあった紙とペンを差し出す。
ドクターの悪い冗談というわけではなさそうだ。
ハヤテと●●も真剣な表情で俺を見ている。
俺は躊躇いながら自分の名を書いた。

「シン…さん、ですか」
●●が俺の名を読み上げる。
そのよそよそしい呼び方に、胸の奥がキュッと音を鳴らした。

「お前さ、どっから船に入り込んだんだよ?海軍のスパイか?」
ハヤテの視線が鋭くなる。
いつでも剣を抜けるとでも言いたげに警戒した表情で俺を見つめる。

チッ、本当にこいつら―――
俺がわからないのか?

「胸が痛む?」
無意識に胸を押さえていたようで、ドクターに訊ねられる。
声が出せない俺は軽く首を横に振った。

バタンッ
再びドアが開き、船長とナギ、トワも医務室へと入ってくる。

「目が覚めたって?」
船長が険しい表情でドクターに訊ねた。
「ええ。しかし話せないようですね。名前は<シン>というらしいんですが」
「そうか、シンか。お前はこのシリウス号の甲板に倒れてたんだ。どっから入ってきたのかはわからねーが、とにかく何者か説明してもらおうか」
やはり皆が俺を知らないというワケか…
「書いてもらえるかな?」
船長の尋問に記述で答えることをドクターが穏やかに促す。
俺は再びペンを握った。
ハヤテ、ナギ、トワ――緊張感を保ったまま全員が俺の行動を監視するように見ている。

『何者か』
…何を書くというんだ。
俺は仲間だと?
シリウス号の航海士だと?

これは夢じゃないのかと?
悪いイタズラにも程があると?

「クッ…ハハッ」
抑えきれずに笑いが込み上げる。
「何がおかしーんだよ?!」
突然笑った俺にハヤテが声を荒げる。
「お、れ…ッ…」
笑い声は出たのに、俺は、と言いかけて、また言葉が続かない。
黙り込むと静まる痛みが、肝心なことを口にしようとすれば再び湧き上がる。

「チッ…」
喉を抑えるとドクターが、
「喉が傷むのか?何か事情があるようだね…」
と呟いた。
視線が刺さる。
どこからどうみても、今の俺は不審な輩以外の何者でもない。
俺がこいつらなら、俺の出方次第でとっくに海の底に沈める方法を幾つか用意してるところだ。

―――【呪い】
意識を手離す前、おぼろげにそんな言葉を訊いた気がする。
本当に何かの呪いにかけられたというのか?
誰も俺を覚えていない、説明するにも俺は言葉を発することができない。

こいつらがどうかしたのか、俺がどうかしたのか、両方がおかしくなってるのか。
そして誰がこんなふざけた呪いをかけやがったのかはわからねーが。
随分とタチの悪い嫌がらせじゃねーか。


どおおおんっ
突然激しい衝突音がして船が大きく揺れる。

「敵襲か?!全員配置につけ!」
船長が声をあげると、それぞれ部屋を飛び出していく。
「えっ?あっ…!シンさん!?どこへ…」
●●が驚いた表情になるが、俺はいつも通り舵へと向かった。

外へ出ると海軍の船が少し離れた位置に見える。
風は後ろの方角へ流れている。
さっきのは威嚇射撃か。
追跡を逃れる為には―――

「シリウスの航海士は私です!!何してるんですか?!」
舵を握り船を旋回させて速度を上げる。
「どうした?!●●!」
ナギが近寄り、舵を握る俺に鎖鎌を向ける。
「人の船で何を勝手に動いてる」
今はそれどころじゃない。
「あっ、ま、待ってください…ナギさん。海軍の船があんな遠くに…!追いつけていないなんて…すごい…」
「…お前、本当に何者だ?」
ナギが鎖鎌を降ろした。

「シン。もしかしてお前は航海士なんじゃねえのか?しかも海賊のな」
船長が俺たちの方へと近付いてきた。
「外に出てまず天候と風を見ていただろう?それに舵のとり方も海軍の動きを読むのも長けている。どうだ?」
俺は首を縦に振る。
そして慣れ親しんだはずのシリウス号の操舵輪を撫でた。
船長がまた、探るように俺を見る。
こんな視線はシリウス号に乗った時以来だ。
「お前の目的はなんだ?」
目的。
以前この視線を向けられた時、俺のなかに渦巻いていたのは憎しみだった。
だが今は―――…

「船長!シンさんが敵襲から船を逃してくれたんです!」
●●が弁護するように言った。
「不思議なヤツだな。シリウス号の扱いにも慣れてるし初対面とも思えねえ。…よし、気に入った!ナギ、今夜の宴はシンも交えて予定通りだ。●●、シンに合う衣装を探してやれ」
「は、はい!」
●●はほっとした顔で返事をした。
衣装?
「ハロウィンの宴だ」
ナギは一言告げると船内へと戻って行った。



「あれ?ええと、確かこの辺りに衣装があったんですけど」
●●が倉庫をごそごそと探している。
俺は一番奥に置かれた箱を取り出し開ける。
以前立ち寄ったサーカスの島で人助けの礼にと渡された衣装箱。

「わぁ!どうしてここにあるってわかったんですか?!魔法使いみたいっ」
●●が驚く。
魔法も何も、俺はこの衣装を知っている――
それに魔法なんてものが使えるならば、とっくにこの状況を変えている。
そう言いたいのにまだ言葉は出ない。

「船長の言うとおり、シンさんって不思議な人ですよね」
●●が真っ直ぐに俺を見つめて気を許したように笑顔になった。
相変らずコイツは簡単に人を信じすぎる。
俺が本当に不審者だったら、どうするつもりだ?

柔らかな笑顔は何も変わらない。
想いは言葉で伝えなくとも問題無いと普段から思ってはいたが――
声が出ないことがこんなにも、もどかしいとは…

「…ッ」
ドンッと壁に●●を押し当てる。
「え?あ、あの…どうしました?」

どうして思い出せないんだ。
呪いなんてどーでもいい。
お前にとって俺は―その程度のものなのか?

「…本当っ…に、わからないのか?」
喉が焼け付いてもいい。
伝えたい―――
振り絞るように、声を発する。

「え?は、話せるんですか…?」
「お…れ…ッは」
俺は、と言いかけると、また言葉は出てこない。
「チッ…」
「シンさん?」
警戒心のない肌とあたたかい息遣いがすぐ近くに感じられる。
真正面から見つめ合うと、いつもの●●と変わらない気がしてくる。

だが、こんなに近いのに―――お前は俺を知らない男を見るみたいに見つめる。

「えっと、も、もどらなきゃ…」
怯えたように視線を逸らそうとする。
俺の指は●●の頬に触れた。
●●はびくっと身体を震えさせた。
だが、まだ抵抗はしない。

指は首筋を通って胸元へと降り、シャツのボタンを一気に引きちぎる。
「なにすっ…んッ」
小さな悲鳴を洩らす間もなく唇を塞ぐ。
唇に、首筋に、鎖骨に。
言葉にならない想いを息継ぐ間もなく浮き上がらせていく。
「シンさ…っや…だっ!!」
ドンッと勢いよく胸を押しかえされ、俺はゆっくり身体を離した。
「なんでっ、こ、こんな…こと」
シャツを引き寄せ顔を真っ赤にして、●●はきつく俺を睨んだ。

(やはり、拒むのか――)

が、次の瞬間
俺を見て驚いた顔になる。

「な…んで、そんな…シンさんのほうが、そんな泣きだしそうな顔をしてるんですか?」
「ッ…」
俺は顔を逸らした。

「う、宴は食堂集合ですからっっ」
パタパタと逃げるように●●が走り去る音が背に聞こえる。

俺が…泣きそうな顔?
フン…誰がそんな顔をしてるっていうんだ。
…生意気言うんじゃねーよ

目の前には、ふざけたドラキュラの衣装。
俺はそれを手に取った。
『仮装かぁ。楽しみですね、シンさん!シンさんは絶対ドラキュラ似合うと思います!』
この衣装をつい最近手にしたとき、●●はそう言った気がする。
「おれ、は…ッ」
ふと視界の端に鈍いオレンジ色が浮かび上がる。

<アンタは俺と同じだ>
奇妙な顔をしたジャック・オ・ランタンが、俺にゆっくりと近づいてきた。
「お前のしわ、ざ…か」
<たいしたものだな。声を出すのはかなり苦しいはずなのに、短時間で話せるようになってきているとは>
俺はすかさず銃口を向ける。
<無駄だ。俺を撃っても呪いは解けない。この世界は誰もがアンタを覚えていない。たとえ今夜アンタを気に入っても明日には綺麗さっぱり忘れる。そういう世界に変えてある。どれだけ関係を築こうともアンタの居場所なんてどこにもない>

ランタンは愉快げに戯言を続ける。
<なあ、昔に戻るだけだろう?誰も信じない誰も頼らない、ただ一人憎しみの渦のなかに戻るだけ>


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