Novel

□Jack-o'-Lantern
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食堂のドアの前で、トワ君が立ち止まる。
「あっ、今夜はハロウィンですから、僕たちは『Trick or Treat!』って入りましょう」
「うん、わかった」
二人でドアを開けた。

「「Trick or Treat!お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ!」」
「「「Happy Halloween!!」」」

仮装した皆が答えてくれる。
「菓子なら沢山ある」
フランケンに扮したナギさんが、いつもの調子でテーブルを指した。
そこには、パンプキンケーキ。黒猫クッキー。コウモリキャンディー。色とりどりのお菓子が並んでいる。
「ふふっ。●●ちゃん、良く似合ってるよ」
笑顔で褒めてくれるのは、包帯男のソウシさん。
「おいおい。俺が選んでやったバニーガールはどうした?」
悪魔の格好をした船長が、残念そうな声をあげる。
「船長。さすがにあれはセクハラっすよ」
狼男のハヤテさんが笑う。
「バカ言え。仮装して酒と言えばバニーガールだろ。イモムシに酒をついでもらうかバニーガールについでもらうかじゃ俺の楽しみ度合が全然違う!」
「す、すみません・・・イモムシで・・・」
「謝ることないよ、●●ちゃん。船長、●●ちゃんならどっちでも可愛いじゃないですか」
ソウシさんが船長を嗜める。
「それより早くメシ食いたい!オレ腹へってしょうがねえ」
ハヤテさんが宴の始まりを急かして、船長が宣言する。
「そうだな。全員揃ったし乾杯といくか!」
その言葉に、違和感を覚える。

(全員揃った・・・? )
「あの・・・これで全員でしょうか?」
思わず声をあげると、みんなが不思議そうな顔で見てくる。
「ナニいってんだ?お前今日おかしいぞ?」
ハヤテさんが首をかしげて、
「まさかハロウィンだから幽霊でも来るって言いたいのか?」
ナギさんが溜息をつく。
「えっ!まさか幽霊みえるんですか?!●●さん・・・」
トワ君は慌てた様子になる。

その時――
どぉぉんっ

衝撃音と共に船が大きく揺れる。
「敵襲か?ったく、こんな夜に無粋だな。全員持ち場につけ!」
「「「「アイアイサー」」」」
船長の声に全員が食堂を飛び出していった。
私はどうしたらいいんだろう?
「何ぼうっとしてんだよ、●●。お前は舵とりだろ?」
ハヤテさんにぽんっと背中を押される。
・・・・・・舵―――?




外に出てみると、リカー号がシリウスの真横にぴったりと張り付いていた。
さっきの衝撃は、リカー号の大砲!?
「●●!このままじゃあ、あのバカの船がぶつかる。船を右に逸らせろ」
船長の命令に、舵を動かそうと自然と身体が動く。
「面舵いっぱい!」
船はゆっくりと右へ進路を変えた。
私はどうして舵をとれるの?
いつ覚えたんだろう・・・

『大丈夫だ。いきなり船が沈んだりなんかしねーよ。俺がついててやる』
『ふらつくな。しっかり固定するんだ。声が小さい!』

毎日、誰かが私に舵の取り方を教えてくれていた。
厳しいけれど、教わったことがちゃんとできた時は、
『よし、よくやった。褒めてやる』
大きな手がぽんっと頭を撫でてくれた。
私はそれが欲しくて、たくさんたくさん頑張れた――

――やっぱり、この船には誰かが居ない。
そう確信した途端に、身体が震える。
私にとって、とても大切な人。絶対に忘れてはいけない人。

「はーっはっは!ロイ様の登場だー!」
リカー号はあっという間にシリウスに再び近づき、ロイ船長が乗り込んでくる。
「今夜はハロウィンだから特別に仮装してきたぞ。オレの華麗な仮装に声も出ないかもしれないが、さぁシリウス諸君、ぞんぶんに褒めるがいい!」
「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」
みんなが呆れた顔でロイ船長を見る。
「今夜のオレはカッコいい死神だ!●●、惚れ直してもいいぞ?」
ロイ船長がこっちに近づいてきた。

『オレのものに近づくな。撃ち殺されたいのか?』
声はだんだんとはっきりしてくる。
いつもなら、誰かが私とロイ船長の間に立ち塞がる…ような気がする。
けれどそこには誰も居なくて、ロイ船長がすんなりと私の手を取った。

「おい、●●?な、何で泣いてるんだ!!!」
頬を一筋の涙が伝い、唇を濡らしたそれはとても苦い。
「あー。ロイが●●を泣かしたー」
「馬鹿言うな、顔だけ剣士!●●、う、嬉し泣きなのか?!このオレに手を握られて感動してるんだろう?そ、そうなんだろう?」
慌てるロイ船長に追い打ちをかけるように、リュウガ船長が言う。
「ウチの航海士の涙は高くつくぞ」
航海士?違う。
シリウス号の航海士は―――私じゃない。

唇から自然と言葉が漏れた。
「…ドラキュラがいないんです」
「ドラキュラ?なんだ、●●。死神じゃなくてドラキュラがよかったのか!?●●の望みなら仕方ない。すぐに着替えてこよう!」
ロイ船長は慌ててリカー号へと戻っていくけれど――
「ドラキュラか…確かにいないな」
ナギさんがぽつりと呟くと、
「そういえばそうだね。どうして誰もドラキュラの格好をしてないんだろうね」
続けてソウシさんも同意する。
「偶然じゃねぇの?」
ハヤテさんの言葉に、トワ君が続ける。
「でもハロウィンではよく取り上げられる仮装ですよ?確か、誰かがドラキュラが似合うって話してたような気がするんですけど…」
「そうだったか?それよりも俺は●●がバニーガールじゃねえことが納得いかねえんだが」
「船長。まだ言ってるんっすか 」
ハヤテさんの呆れた声に、船長は真顔で答える。
「誰かに言われた気がするんだよなぁ。<こいつにそんな恰好させる気ですか>ってな 」
「そういえばナギ。今夜のメニューは船員全員分の一番好きな料理を用意してくれてたはずだけど、ラム肉のワイン煮は一体誰が好きだったのかな?」
ソウシさんが不思議そうに訊ねると、
「…味にうるさいヤツが好きな料理だった気がする」
「もしかすると俺たちは、大事なヤツを忘れちまってるのかもな…」
船長がそう言うと、全員が黙り込む。

ふと、甲板の端のオレンジ色に目がとまる。
あんなところに――――また。
こんどはしっかりと正面から目が合う。
ぼんやりと鈍い光を放って、哀しげな顔がくりぬかれた奇妙なジャック・オ・ランタンが何か言いたげにこっちをじっと見据えている。

<やっぱり見つけられないのか?>
ランタンに、そう言われた気がした。

『こんなチンチクリンのどこがいいんだ』
『ったく…なんで、俺が女と相部屋になんなきゃいけねーんだ』
『おまえのせいで何度も起こされたんだ!』
『愛とか信頼とか俺はそんなもんはなから信頼してねーよ』
『だったらこんなことするかよ』
『生意気言うじゃないか。オレは…変わったか?』
『お前と出逢えたから、オレは憎しみから解放された』
『●●、お前は誰のものだ?』
からだじゅうに次々と声が溢れてくる。

「わ…私は絶対忘れない。誰も覚えてなくても最後の一人になっても…忘れられるわけがない!大好きだから!世界中のどこに隠したって見つけてみせるからっ!!」
そう叫ぶと、それは突然にんまりと笑った。
「…さん…シンさん…」

<おめでとう。アンタの勝ちだ>
途端に、ジャック・オ・ランタンは眩い光を放つ

おさまらないくらいに沢山の想い出があって消し去ることなんてできるはずがない。
どうしてこんな簡単なことを思い出せなくなってしまっていたんだろう。
「…シンさんっっっ!シンさんっ!!シンさぁんっ!!!」
何度も名を呼ぶ。

「そうだ。シンだ」
ナギさんが呟くと同時に、
「そうですよ!シンさんだ!シンさんがドラキュラだって言ってたんですよ!シンさんがいないです!」
トワ君も叫ぶ。

「ラム肉のワイン煮はシンのためだったんだね。どうして私達はシンを忘れてたんだろう」
「そうだぞ、ソウシ。●●にバニーガールをさせるのを嫌がってたのもシンだ」
ソウシさんも船長も納得する 。
「さっき●●の部屋に入った時に変だって思ったのはコレだったのか!くそっ!カボチャのヤロー!シンをどこへやったんだ?!」
ハヤテさんがジャック・オ・ランタンに向かって剣を抜くと、

パァンッ
「きゃっ」
破裂音がしてさらに強い光が辺り一面に放たれ、目をあけていられなくなる。

ようやく光がおさまり瞳をあけると、そこにはドラキュラの格好をしたシンさんが立っていた。
「シンさんっ!!!」
思わず抱きつく。
皆も確かめるかのように、口々にシンさんの名を呼ぶ。

「・・・うるせーな」
シンさんはいつものように不機嫌そうに溜息をついた。
「だ、だってっ…」
「そんなに抱きつくな。しっぽ振った犬か、お前は」
「だ、だって目が覚めたらシンさんが居なかったんですよ!しかも私も皆も忘れちゃってて…!いったいどうなってたんですか?!どこに行ってたんですか?!」
「どこって言われてもな…」
シンさんはふいっと目を逸らせた。

その視線の先には、輝くジャック・オ・ランタンがいた。
「あ!こいつ…!」
ハヤテさんが捕まえようと手を伸ばした瞬間、ふわりと浮かぶ。
<俺の呪いを解いた人間は初めてだ>
そう言いながら、ランタンは苦しげな表情になる。
<誰も見つけてくれない。どこに向かえばいいのかもわからない。俺はずっとずっと彷徨っている>

「そういえばジャック・オ・ランタンは、悪魔を騙した男が天国にも地獄にも行けずに彷徨う姿だって言われてるよね」
ソウシさんが呟いた。
「俺たちは全員、お前に呪いにかけられて、シンを忘れちまってたってことか?」
船長の言葉にランタンは答えず、シンさんのほうを向いた。
<俺も、いつか誰かが見つけてくれるかもしれない。希望をもっていいんだよな?>
「ああ」

シンさんが短く答えると、ランタンは<探してみるよ>と満足げに微笑み、すうっと夜の闇に消えて行った。
「何だアレ。どっかの宝箱に混じってたのか?」
ナギさんが不思議そうに言うと、
「またトワが積荷を間違えて、前の港とかで変なのを乗っけちまったんじゃねえの?」
ハヤテさんがトワ君を小突いた。
「いた!ぼ、僕じゃないですよ!多分…」
「私達がシンを忘れてしまってたのには驚いたけど、とにかく解決してよかったね 」
ソウシさんが微笑む。
「よし!シンも戻ったし、これで本当に全員だ!野郎ども!ハロウィンの宴の仕切り直しだ!」
「「「「アイアイサー」」」」

「しかしありえねーよな。シンを忘れるなんて。しかも●●がウチの航海士なんて怖すぎるぜ。すぐ船が沈んじまうよな!」
ハヤテさんが骨付き肉を頬張りながら、そういって笑う。
「ハロウィンの呪いって怖いんですね…」
トワ君も震えた声で同意する。
「はっはっは!しかしまぁ、改めて全員揃うといいもんだな!」
船長が頷きながらお酒を飲んでいる。
「よかったな、●●」
ナギさんがこっちを見て微笑んだ。
「全員が忘れてしまうなんて怖いね。私も違和感はあったんだけど、思い出すきっかけをくれたのは●●ちゃんだ。やっぱり恋人同士の絆は偉大だね」
ソウシさんにそう言われると照れてしまう。

けれどシンさんは、ふいっと横を向いて呟いた。
「思い出すのが遅すぎる」
「ご、ごめんなさいっ!!!そ、そりゃ少し遅かったかもしれませんけど、絶対絶対思い出せないなんてことはありませんから!だって私はシンさんが大好…」
必死に言いながら、皆の視線を感じて恥ずかしくなる。
「大好?その続きは何だ?」
シンさんが意地悪そうに笑った。
「言っちまえよ、●●!」
「はっはっは!いいぞ言え●●!」
ハヤテさんと船長が冷やかしてくる。
「だ、だからっ…そのっ…だ、大好きですからっ!…何があっても何度だって絶対に見つけてみせます!」
言いながら、からだじゅうが熱くなってくるのが自分でもわかる。

シンさんが「フン。お前に助けてもらうとはな」と照れたように呟いた。
「カボチャに向かって『世界中のどこに隠したって見つけてみせる』って言った●●さん、カッコよかったですね」
トワ君に褒められる。
「ああ。カッコよかったな」
そう言ってナギさんも目を細めた。
「ふふ。シンは幸せ者だね」
ソウシさんの言葉に全員が笑顔になって、私達はハロウィンの宴を愉しんだ。

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