Novel

□Jack-o'-Lantern
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Jack-o'-Lantern

<―――呪いをかけた>

耳元で低く囁くような声が聞こえたかと思うと、
「きゃあっ!」
突然電流のような痛みが走り、目が覚める。

「…ゆ、夢?…汗、びっしょり…」
湿った髪が肌に貼りついている。
居心地の悪さと妙な違和感を覚えたまま身体をゆっくりと起こした。

「う〜ん…悪い夢でも見たかなぁ」
ぼんやりする頭を支えながら部屋を見廻すと視界の端に鈍いオレンジ色が映し出される。
肌寒さを感じ始めたこの時期に見慣れたそれは、机の上を不気味に陣取っていた。
「呪いとか聞こえた気がしたけど、なんだろう…凄く怖い夢だったような」

ついさっき見た夢を思い出そうとするけれど
ガチャガチャッ
バタンッ
勢いよく飛び込んできたハヤテさんに意識をもっていかれる。

「おい、●●!!何かあったのか?!」
「だ、大丈夫です。すみません。大きな声にびっくりさせちゃいましたか?」
悪い夢を見て叫ぶなんて子供みたいで恥ずかしい。
「な、何でもないなら、い、いーんだけどよ」
ハヤテさんはそう言って顔を真っ赤にする。

その視線は何故か私の胸元を凝視していて…
辿ると、シャツが肌蹴た胸元が露わになっていた。
「きゃあっ!」
「わ、わりイ!!わ、わざとじゃねーし!み、見てねーから!」
ハヤテさんは慌てて背を向けた。

な、何で私、こんな格好で寝てたんだろう?
シャツのボタンが外れているし、うっすらと紅いアザのようなものが胸元に点々とついてるけれど…どうして?!
…ぜんっぜん思い出せない。

「それよりお前。いつもなら舵をとってるか航海室にいる時間だってのに、こんな時間に寝てるなんて珍しいな」
「え?」
航海室?舵?…私が?

「あの、航海室って?」
「あ?まだ寝ぼけてんのか?とにかく、さっさと着替えろよ。もう晩飯の時間だぜ。今夜は特別な宴だし準備もあるだろ」
「特別な宴?」
「忘れてんのかよ。今夜はハロウィンだ。仮装して宴だろ?まさかお前、衣装用意してねーとか?」

どうだったかな。
頭がまだ、ぼんやりする。
「仮装かぁ。楽しみですね」
笑顔で言ったあと、また、妙な違和感が襲ってくる。
同じ言葉を私は最近誰かに言った気がする。

『チッ、船長は言い出したらきかねーからな』
ズキンッ
「いたっ…」
小さな頭痛と共にきこえる、誰かの、声。
何だろう。
何かを思い出せていない気がする。

「大丈夫か?どっか痛いのか?」
ハヤテさんは背を向けたまま、心配そうな声になる。
「平気です。ちょっと寝過ぎちゃったのかもしれないです。すぐ着替えますね」
「ならいーんだけどよ。じゃあ食堂で待ってっからな!オレの仮装楽しみにしてろよ!」
ハヤテさんが出て行ったあと改めて部屋を見廻してみる。

チリひとつ落ちてない、綺麗な部屋。
鼻腔をくすぐる、良い香り。
私、お香なんて炊いてたかな。
不思議。
炊いた覚えもないのにすごく安心する匂い。
どうしてだろう。
色々と考えようとするとズキズキと頭が痛んでくる。

「いたた…とりあえず、着替えなきゃ」
よろけそうになる身体を引きずってタンスの前へと移動する。
引き出しを開けば、シャツや下着はピシッと綺麗に整理されていた。
どこに何があるかすぐにわかる。
私ってこんなに整理整頓が上手だったの…?

『フン、俺が乱雑な男に見えるのか?整理されていれば、あれは何処に行った、何が無い、と探す時間の節約になるだろう』

また、誰かの声。
ズキン。

思い出そうとするとまた頭痛も一緒に襲ってくる。
「っ…えっと、着替え着替え…」
引き出しの中を確かめると、一番手前にバニーガールの格好のコスチュームがあった。
確か船長がくれたものだ。
私はこれを着る予定だった?

『本気でそんな恰好をするつもりか?露出しすぎだ。俺ははしたない女は好みじゃない。お前はこっちだ』
バニーガールの奥に、イモムシの着ぐるみがある。
あんまり可愛くない。色気もない。
なのに私は、自然とそれを手に取る。
フードがついた、小さな子供が着そうな、カラフルな生地の着ぐるみ。
イモムシ……。

『イモムシが不服か?お前にはよく似合っているぞ。ぷっ、ムクれると益々イモムシみたいだな』
『だから、どんな格好をしていようがお前はお前だ。イモムシが実は綺麗な蝶だった、ってのは俺だけが知っていればいいことだ』
声が聞こえるたびに、頭痛は激しさを増していく。
同時に心臓の奥がぎゅうっと絞られるように痛む。
いったい私はどうしちゃったの…?


コンコンッ
ノックする音が聞こえて廊下から私を呼ぶ声がした。

「●●さん?大丈夫ですか?みなさんもう食堂に集まってますけど…」
「あ、トワ君?ご、ごめん。すぐ行くね」

「ハヤテさんから部屋で休んでたって聞いたんですけど、もし具合が悪いならもうしばらく休みますか?」
「ううん。大丈夫。ちょっと待ってて」
急いで服を整えドアをあけると、魔法使いの格好をしたトワ君が立っていた。

「わぁ、トワ君可愛いね」
「ありがとうございます!でも●●さんのほうがずっと可愛いですよ!」
「あはは。でもイモムシだよ?」
「素敵なイモムシです!」
テレながらそう言ってくれるトワ君を見ていると、少しほっとする。

「ありがとう」
何もいつもと変わりはしないような気がしてくる。


けれど――
込み上げる疑問を抑えきれずに私は意味不明な質問を口にしてしまう。

「あ、あのね、トワ君。私の部屋って…誰の部屋?」
ここは私の部屋のはずなのに私だけじゃないような気がする。

トワ君が戸惑った顔になる。
「ええっと、誰の部屋って?●●さんの部屋は●●さんの部屋じゃないんでしょうか。どうかしたんですか?」

「うん。でも他に誰かが…ッ!いたた…」
「●●さん?本当に大丈夫ですか?」
トワ君は、頭を抱える私の顔を心配そうに覗き込む。

「う、ううん、何でもない。行こう!」
思考をとめると頭痛はスッと嘘みたいに消えていった。
「そうですね、早く行きましょう。待たせるとまたハヤテさんに叱られちゃいますし」
「うん」


心配をかけると思ってハヤテさんやトワ君に話せなかったけれど、本当に呪いがかかっているのかもしれない。
度々襲ってくる頭痛と違和感。
ハヤテさんもトワ君もわかるし食堂の場所だってわかる。
私がイモムシの仮装をしようとしていたことだって覚えている。

なのにどうして、何かを忘れていると思うんだろう―――

何かが足りない気持ちがぬぐえない。
それに部屋にあった淋しげなオレンジ色の…あれが、どうしても気になって仕方が無かった。


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