Novel

□marriage〜シンさんの理想の奥さんになるために〜
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私とシンさんは、シンさんのお母さんの故郷ルウムに向かっていた。
それはシンさんを育ててくれたシスターが風邪をこじらせて重症、とリカー海賊団から聞かされたからだった。
ウラルを諦めきれないロイ船長が、ルウムをたずねた時に知ったと言う。
見舞いなんて行かなくていいと言っていたシンさんを説得して、お母さんのお墓参りも兼ねて私達はルウムを訪れることになった。

到着するとシスターは寝込んではおらず、思っていたよりずっと顔色も良くて私たちを見るととても嬉しそうな顔をした。

「シスター、具合はどうなんですか?」
シンさんは何故かそっけなく訊いた。
「えっ、具合?…ああ、そういえば風邪をこじらせてたんだったわ」
シスターはゴホゴホと咳込んだ。

「あの、お元気そうで良かったです」
「わざわざ来てくれたのね。お茶でも飲んで、旅の疲れをいやしていきなさい」
シスターは時折思い出したように咳き込みはするけれど、テキパキした手つきで私達にハーブティーを勧めてくれる。

シンさんのお父さんの力添えで建設中だった学校は完成していて、多くの子供たちの声が聞こえる。
教会の敷地は、前に来た時よりもずっと賑やかになっていた。

「ところであなたたち。子供はまだなの?」
シスターの言葉に私は持っていたカップを落としそうになる。
「こ、こどもっ?!」
「もういい加減サクっとやっちゃったんでしょ?」
「や、やる?!…っげほげほっ…」
今度は私が咳き込む番だった。

相変わらずファジーさんみたいにぶっとんでる…。

「シスター、悪い冗談はそのへんにしてください。」
「冗談なんかじゃないわ。シンの子供は私にとって曾孫みたいなものなんだから、死ぬまでに抱いてみたいのよ。きっと天使みたいに可愛いでしょうねぇ」
シスターはそう言ってからころころと朗らかに笑った。

ロイ船長の話では、随分悪いってきかされたのだけれど…かなりお元気そう?

「あの、私達、結婚もまだ…」
私が言いかけると、シンさんが遮った。

「久しぶりに礼拝堂に行ってみます。シスターは具合が悪いんですからベッドで休んでいてください」
「え?ええ。そうね…!」

「来い」
シンさんにぐっと腕を掴まれて引っ張られる。



明るい光が差し込む礼拝堂は厳かな雰囲気を漂わせていた。
シンさんに促されるまま前から二番目のイスに腰かけてステンドグラスを見上げる。
「子供の頃は、ここでよくこうやって見上げていたな」
隣に座ったシンさんが懐かしそうに微笑んだ。

「まるで宝石みたいだろ?」
外からきらきらと太陽の光を受けて宝石のように描かれた絵は輝いている。

神々しく、あたたかく、優しく。

「はい。ずっと見ていたいくらい…綺麗ですね」
「海賊になってから、海を渡り色んな国へ行き様々な景色を目にしたが、ここと、あの丘の景色以上に惹かれた眺めは無い。」
「シンさんが小さい頃からずっと海を眺めていた丘?」
「そうだ。母の故郷であり、言わば俺の原点なんだろうな。母を失ってここを出て行くときは、二度とこの礼拝堂にも訪れることもないと思っていたが…」
「幸せな記憶も、辛かった想いも、本当のシンさんが全部つまっている場所だからなんですね…きっと」

小さかったシンさんが、思春期のシンさんが、過ごした場所。
天使みたいだったっていうシンさんはどんな子供だったんだろう?


「シスターのことは仮病だろうと思っていたが…来てよかったな」
「えっ?仮病?」
「またお前を連れて来いと手紙をもらっていたんだ。シリウスのこともあるし、すぐに行けないと返してから随分経つからしびれを切らせて、たまたまこの村を訪れたロイに具合がよくないと言いふらせたんだろ」
「そ、そうなんですか?」
「そもそもあのシスターが、ちょっとやそっとのことで寝込むわけがない」
その言葉をきいて、ほっとした。

「だからシンさんは、行かなくてもいいって言ってたんですね。…でも、本当に具合が悪いわけじゃなくてよかった〜!!」
ふぅっと大きく息をつくと、シンさんが意地悪そうに微笑んだ。
「ずいぶんとシスターの事を気にかけてるんだな」
「だって、シンさんにとって大切な人なら、私にとっても大切な人ですよ!」
「そう言えば、シスターが俺の子供を抱きたいと言っていたな」
「えっ、は、はい」
隣に座っているシンさんの顔がジリジリと近付けられる。

「ここで作るか?」
「ええっ!!…ちょっ、シンさっ…まっ…」

イスにどすんと押し倒されて耳たぶを優しく噛まれる。

こ、こんなところでっ!?

目をぎゅっとつむると、
シンさんはぷっと噴き出してからクックッと笑い出した。

「冗談だ。ゆでダコみたいに真っ赤になって、相変わらず、すぐ騙されるなお前は」
「ふぇ?冗談…!?」

思わず気が抜けると、
「何だ?残念そうな顔だな。やらしーヤツ」
「ち、違いますっ。もうっ…!」
ぷいっと顔を背けると、シンさんは立ち上がって十字架の前に歩いて行った。
そして立ち止まって、私を呼ぶ。

「こっちへこい」

言われるがまま近付くと、目の前に立たされて優しい瞳が向けられる。
それから、スッと私の手を取って口づけを落として――

「シンさん…?」

「富めるときにも貧しきときにも、病めるときにも健やかなるときにも、夫として生涯、愛と忠実を尽くすことを誓います」

「あ、あのっ…?」

「富めるときにも貧しきときにも、病めるときにも健やかなるときにも、妻として生涯、愛と忠実を尽くすことを誓いますか?」

シンさんの突然の行動に驚いて、言葉を失う。

「おい、誓うのか、誓わないのか、どっちだ?」
「ち、ちち誓いますっ!」
それを聞いたシンさんは、ふっと、やわらかく微笑んだ。

「常に互いの愛をはぐくむことができますように。憎しみのあるところに愛を、争いのあるところに許しを、闇に光を、悲しみのあるところに喜びをもたらす者としてください。慰められるよりは慰めることを、理解されるよりは理解することを、愛されることよりは愛することを求めますように。」
神父さんのようなシンさんの言葉にじっと聞き入る。
「…って昔、シスターが言ってたな。あの頃は言葉を覚えていただけで、意味などわからなかった。いやわかろうともしなかった。…だが今は、わかる気がする。」
真っ直ぐに互いの瞳を合わせる。

「お前がいるから」
向かい合って繋ぎ合った両手をきつく握りしめる。

「こ、これって…結婚式…みたいな?」
「他に何に見える?不満があるのか?」
「い、いいえっ!全然ありませんっ!!」

二人だけの、秘密の結婚式。
シンさんらしい、突然で、意地悪で、強引で、優しい結婚式。

「この場所で、お前に誓いたかった」
お母さんが眠るこの土地で、シンさんの大切なものが詰まっているこの場所で、誓えることを幸せに思う。

「俺は海賊だ」
「はい」
「海賊の妻でいいのか、なんてもう訊かない。お前も立派にシリウス海賊団の一員だしな。いつまで経ってもドンくせーけど」

一員。
その言葉に、ぐっと胸が熱くなる。

「何度だって誓ってやるから、これからもずっとお前は俺と共に生きろ。わかったな?」
「はいっ!」
嬉しくて、返事をするだけで精一杯で涙が溢れてくる。

シンさんと、共に、生きる。
わかりやすくて、幸せな答え。

「ったく、辛い時には泣かねーくせに、こういう時はお前はすぐ泣く」
そう言って頬に触れる指は、言葉と裏腹に優しくて、また私の涙を溢れさせる。

「誓いのキスを――」
いつまでもシンさんとの冒険が続きますようにと願い、誓うためのキス。

ゆっくりと交わされるキスが二人の影を一つにする。

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