Novel
□シリウス事件簿 消えた■■■
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シン「何だ?トワ」
トワ「イカさんが…痛いって言ってるような…」
ソウシ「痛い?もしかしてケガを?それで暴れてるのかな?」
シン「知るか。ケガしてようが、シリウスから奪ったモノはとっとと返してもらう」
カチャッ
シンさんが再び銃を構えるけれど、ソウシさんがそれを制した。
ソウシ「シン。イカが更に暴れると危険だ。傷つけるよりも落ち着かせた方がいい」
そして海に向かって叫ぶ。
ソウシ「ハヤテ!ちょっとイカに怪我がないか見てくれないか?」
ハヤテ「はぁ?イカにケガッ?!でもナギ兄が…」
ナギ「俺は大丈夫だ。だいぶ泳げるようになってる」
ハヤテ「ちっ!ロイのやつ、もうあんな所に…」
ひれを目指してすでにイカの足をよじ登っているロイ船長をハヤテさんが睨んだ。
ハヤテさんはナギさんの体を離してから、イカの周りを泳ぎだす。
巨大すぎるイカの胴体は船一隻を一周するくらい大きい。
半周ほどイカの周りを泳いだ頃、ハヤテさんが急に驚いた顔で止まった。
ハヤテ「ソウシさん!カギが刺さってるトコの根元が…ひでえことに…」
ロイ船長を振り落とそうとイカが身体を回転させると、傷だらけになった身体と足が見える。
●●「っひどい傷…」
ソウシ「薬と包帯…いやあの大きさじゃ無理だ。私は薬を取ってくる。トワ、余ってるシーツを持ってきて」
トワ「はいっ」
ソウシさんとトワ君がバタバタと船内へ戻って行った。
バサバサと羽ばたく音が聞こえ、巨大イカの上に見慣れない白い鳥が集まってきている。
体と同じくらいある長い尾が海風に揺れて、その数は何処からともなく増えていく。
シン「…ネッタイチョウか」
●●「ネッタイチョウ?」
シン「暖かい海洋に生息する鳥だ。普段は単独のはずだが繁殖期に群れる。魚やイカを好んで食べるんだ。あのイカの体には鋭い嘴で咥えられたような跡が幾つも見えるだろう」
●●「えっ、あのイカは食べられそうになったってことですか?」
シン「おそらくな。よくあんなデカいイカを襲う気になったな。そういえばこの海域の群れたネッタイチョウは特別気が荒いと聞いたことがある」
●●「…あんな沢山の鳥に鋭いクチバシで襲われたら…」
シン「あいつら、まだあのイカを狙ってるみたいだな。あれだけの数になるとパワーがあっても動きが遅い巨大イカじゃ防ぎきれそうにないな。」
●●「そんな…!ハヤテさんもロイ船長もイカの近くに居るし、今襲われたら危ないんじゃ…」
シン「ロイはどうでもいいが、これ以上巨大イカに暴れられると俺達も危険だ。俺は弱肉強食の世界に口出しするつもりはねーが…しかたねーな」
シンさんが空に向けて数発撃つと、鳥たちは騒ぎながら散っていくけれど、まだ空をぐるぐる回っている。
トワ「ありったけのシーツを持ってきました!」
ソウシ「シン、ボートを降ろしてくれるかい?」
戻ってきたソウシさんがボートに乗り込み、シンさんとトワ君が縄を解いた。
●●「わ、私も手伝います!」
私は勢いよくボートに乗り込んだ。
ソウシ「いいのかい?まだイカは暴れているし危険だよ」
●●「あんなに大きい体を治療するにはお手伝いが要りますし…それに、私の下着ですから!取り戻すためにも何かできることをしたいんです!」
ソウシ「わかった。シン、彼女を連れて行くから」
シン「ええ、頼みます。俺は手当の間ネッタイチョウが攻撃を仕掛けないように威嚇します」
シンさんは空に向かって銃を撃ち続ける。
巨大イカの傍まで近づくと、その傷は遠目で見た時よりも深い。
手足の一部や胴体までもが食べられていた。
ソウシ「イカは足を欠いても生きている生き物みたいだけど…この傷は致命傷になるくらい酷いね。…暴れたくもなるワケだ。」
私たちが近付いたことでイカは更に勢いよく暴れだした。
ロイ「くっそぉ!●●のパンツまでもうちょっとなのにィィィィィ…うわぁあああ〜〜」
ばっしゃーん
ロイ船長は手を伸ばした姿勢のままイカに勢いよく振り飛ばされて、数キロ離れた海面へと沈んでいった。
私とソウシさんが乗った小さなボートは大きく揺れる。
体が海に投げ出されそうになって――
ソウシ「●●ちゃんっ!しっかりボートにつかまってるんだ」
ソウシさんが叫ぶけれど、私は必死にイカの体へと手を伸ばした。
●●「お、落ち着いてっ!!危害を加えないからっ…お願いっ!」
懸命の訴えが通じたのか、イカは私の声に動きをピタリと止めた。
ソウシ「どうやら大人しくしてくれそうだね。今のうちに治療をしよう」
巨大なイカの手当は思うよりも労力を使うものだったけれど、ソウシさんが迅速に傷口を塞いでいく。
ソウシ「イカは再生能力がある。失った手足はこれできっとまた生えてくるよ」
●●「よかった」
安心したのもつかの間、薬が効いたのかイカが大きく身体を揺らして――
ぐらり
ボートが揺れ、残ったシーツを持って立ちあがっていた私はそのまま足を絡め取られてバランスを崩した。
シーツごと海へと落とされる。
●●「きゃあああっ」
ソウシ「●●ちゃん!」
――体が海に呑み込まれていく。
く、くるしい…
シーツが絡まって…
おも…い…
上へあがれな…
不意に強い力で、沈む身体を勢いよく海面へ引っ張りあげられる。
シン「●●っ!」
●●「ぷはっ・・・」
私は力強い腕に掴まれて、水面で息を吹き返した。
シン「馬鹿っ!何をドンくせーことやってるんだ」
船の上にいたはずのシンさんが目の前にいて私の体を支え、足に絡んだシーツを解いてくれている。
●●「っごほごほっ…ど、どうし…ごほっ」
呑み込んでしまった海水が喉へとつまる。
シン「お前が落ちるのが見えたんだよ。ったく…つくづく目が離せないヤツだ」
飛び込んできて…くれたんだ。
ソウシ「●●ちゃん!シン!大丈夫かい?ボートにつかまれ」
●●「ソウシさん…も、飛び込んでくれたんですか…?」
見ればソウシさんもボートにつかまったままびしょ濡れになっている。
ソウシ「ふふ。でもシンの方が早かったね」
トワ「みなさん〜!大丈夫ですか?今ロープを降ろしますからっ」
トワ君が船からロープを降ろしてくれる。
シン「…結局俺も海水浴か」
濡れた髪を掻き上げてロープを掴み、シンさんが溜息をついた。
その時――
チャリン
軽やかな音が響き、ボートの中にカギが投げ込まれる。
続いて白い布が。
手当を終えて心なしか穏やかな表情になった巨大イカが、何かを言いたげに私たちを見下ろしていた。
●●「え?返して、くれるの…?あ、ありがとう…」
巨大イカはそのまま海の深くへと帰っていった。
イカの姿が見えなくなると同時に、頭上の鳥たちも散り散りに消えて行く――。