Novel

□シンさんの弱点
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目が覚めると、縄でベッドに縛り付けられていた。
う、動けない…。
痛くなかったから目覚めるまで全然気付かなかったけど、こんなことをするのはシンさんしかいない。

●●「外してくださいーっ!!シンさんの意地悪―っ!おにーっ!」
何度か叫んでいると、ガチャリとドアが開いてシンさんが入ってきた。

シン「オニ?」
シンさんの形のいい眉がひそめられる。

●●「い、いいえっ!何でもないですっ!!は、外してください…ひどいじゃないですか、寝ている間に縛るなんて」
シン「…………」
シンさんが何か言いかけようとして黙り込む。

シン「それが命の恩人への態度か?」
●●「え?どういうことですか?」
シン「実は…ヤマトの言い伝えでは怪談話をすると、本当に呼び寄せてしまうものらしい。自分の話をされたと思った霊が出てくるんだ」
●●「う、うみのうえですよ…ここ…ぜったい来ないもん…いいいいないもん」
シン「お前はこの船に乗りたての頃、確かにユーレイ船を見たんじゃないのか?あいつらの存在を否定するつもりか?」
●●「いいえ…たしかにユーレイさんに会いましたけど…」
シン「人間にわるいヤツと良いヤツがいるようにユーレイにもいる。昨夜お前の背後に血だらけの髪の長い女が立っていて、お前を連れて行こうとしていたから縄でベッドに縛って防いでやったんだ」

何だか極端な話の気もするけれど…本当なの?

シン「見ろ。俺は首まで噛まれた。礼を言われてもオニと言われる覚えはない」
シンさんの首筋を見るとうっすらと歯形がついていた。
シンさんに傷をつけるなんて、普通の人じゃできそうにない。

やっぱり本物のユウレイがここにっ?!
じゃあ、私を助けるために縛ったの…?


●●「ごめんなさい。…助けていただいてありがとうございました」
縄で縛られたまま、ぺこりと頭を下げる。

●●「でも、もうユーレイさんが居なくなったなら解いてくれてもいいじゃないですか」
シン「そうだな。ちゃんと謝罪も礼も言えたようだから解いてやる」



シンさんは縄を解きながら、可笑しそうに笑って、「バーカ」と小さく耳元で囁いた。

……………………ば、バカ?!

●●「えっ!もしかして今の話は嘘だったんですかっ?!」
シン「ユーレイなんかに俺がやられるわけねーだろ。お前の寝相が悪いから縛ってやっただけだ。まぁそもそも、こんなものは大体大げさな作り話だ」
シンさんが昨日の怪談本の挿絵のページを開く。
●●「うわぁ!見せないでくださいっ」
シン「これか?」
●●「だ、だからっ!作り話でも怖いものは怖いんですってば」
慌てて両手で目を覆うと、シンさんがその腕を掴んで引きはがした。
私の瞳を覗き込んで、意地悪そうに笑う。

シン「本当にお前は、弱点だらけだな」
●●「そ、そうですか?普通だと思いますけど…」
むしろ弱点が見つからないシンさんの方がオカシイような。

シン「ユウレイが怖い、虫も苦手、酒癖も悪い、すぐ騙される、寝言がうるさい、寝相も悪い、食い意地が張っている…」
●●「…シンさん、あのぅ…それって弱点というか欠点というより、だんだんタダの悪口を言われている気が…」
シン「事実だろう?」

●●「う。そうかもしれませんけど…」
改めて聞くと、落ち込んでしまう。
シン「フン、落ち込むな。俺にとっては…そういう全部を含めて、お前だと思っている。鈍感なところも、おせっかいなところも、色気が無いところもな」
色気が無いって敢えて加えなくても!!

●●「…慰められてる気がしません」
シン「別にお前を慰めてやる気はない」

や、やっぱりないの?!
ヒドイ!

シン「そうやってすぐに反応するところも含めて、●●…。俺はお前を気に入っている。ありえねーほど弱点があるお前をな」
シンさんの腕が伸びてきて、そっと抱きしめられた。

●●「シンさん…」
意地悪な言い方がすごくシンさんらしくて、弱点をたくさん言われても嬉しくなってしまう。
何だか、いい雰囲気…。


ふと、シンさんの首筋についた歯形が目に留まった。
…あれ??ちょっと待って。

さっきのユウレイの話が嘘なら、この歯形はいったい??

●●「シンさん、質問があります!首筋についている歯形は一体誰が?」
シン「俺にこんなことが出来るヤツなんて、この世でただ一人しかいないだろう」

それって、シンさんの弱点みたいなっ!?

●●「まさか…」
シン「ようやく気付いたのか」

●●「船長に噛まれたんですか?」
シン「そんなわけあるか!!」
●●「そっか。船長は男性にそんなことしませんよね〜」
シン「…そういうモンダイでもねーけどな」

シンさんがいう事を聞かざるを得ない人…。
うーん。
ソウシさんもナギさんもそんなことしないよね。

シン「お前、鈍感すぎるにも程があるだろう」
●●「まさかっ…ロイせんちょ…」
シン「貴様、わざとか?!それ以上変な想像は止めろ。今度は口を縛るぞ」
すみません冗談です、とうなだれると、シンさんが大きくため息をついた。

シン「ったくお前はまだ、俺の弱点を探そうとしているのか?…いいか、俺にとって一番怖いことは…それを失うことだ」
●●「弱点なのにですか?」

シン「ああ。復讐のために海賊になった頃は目的以外どうでもよかったから、恐れるものなど無かった」
あの頃のシンさんは、今ほど笑ったりしていなくて、今ほど怒鳴ったりもしなかった。

シン「だがお前に出会ってシリウスで過ごす毎日も俺の人生も、全く意味が変わった。失いたくないものが、この船にはたくさんある。こうやって俺を噛んだヤツを筆頭にな」

大切に思っているものを瞳に描くかのように、シンさんは穏やかな表情を浮かべた。
そして真っ直ぐに見つめられたシンさんの瞳には、私が映っている。

●●「それって、失うことが怖いほど大切なものが弱点、ってことですか?だから歯形をつけた犯人を一番失いたくない…?」
ゆっくりと確かめるように聞き返すと、シンさんは突然照れたようにそっぽを向いた。

シン「フン。あとは自分で考えろ。」
そう言ってさっさと部屋を出て行ってしまう。

それって…。
シンさんの弱点って…
シンさんが失くすことを恐れている大切なものって…
シンさんの首筋に歯形をつけたのって…

………私?

一人残された部屋で、
泣きたいほどに嬉しい気持ちと、
歯形をつけてしまった恥ずかしい気持ちが、
ようやく気付いた私を徹底的に襲うことになった。

*end*

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