Novel

□シリウス国の家庭教師とプリンセス
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リース国は東西に細長い形状をしており、その国境を隣国モルドー帝国に大きく覆われるように晒している。
それゆえにかつては帝国の侵略も受けて領土を狭め、現在は列国の中でも極めて小さな国土を持つ。しかしこの国は絶対に滅びることはない。

リースを挟んで帝国の真逆に位置する宗教大国レギオがあるからだ。
モルドーとレギオが戦争を起こさぬようにリースが緩和剤として役立っていた。モルドーがリース侵略を始めるとレギオは素早くリースを助け、レギオの触手がリースに伸びればモルドーが裏から防御する。いわば両強大国家に振り回される形でリースは脈々と続いてきた。
こうして三国はもう何百年も均衡を保っている。


近年リース国では年若い王子が玉座につき、それと同時に永遠の中立国として世界中に宣誓した。シリウス国もリース国に同調する姿勢を取っていた為、両国の関係は良好だった。独裁色の強い帝国や宗教大国と違って、いずれも統治者である王族は穏健派だったため共通点も多かった。

リース国が海に面している土地は僅かで、入国するには一つの港しか無い。従って入国審査は他のどの国より厳しい。
偽って入国するよりも、危険な賭けだが身分を明かし素直に協力を仰ぐ方が得策だった。
シンが片時も休まず船を進めたおかげで、レギオを巡りリース港へと最短航路で辿り着く。
それでも二日かかっていたが、陸路で戻ったリュウガらには帝国軍とリカー軍の猛追が避けられなかっただろう。彼らは海に慣れないシリウスが航路を取ると予想しておらず、こちらに兵は割いていない。リースにさえ入れば、帝国やリカーはあからさまに手を出してくることは無いとシンは判断した。
航路を利用しシリウスに戻るにはレギオ入国が最短だったが、今回の一件の情報は掴んでいるであろうレギオが参戦してくると益々厄介である為、シンは遠回りになろうともレギオへの入国は避けた。


リースに辿り着いたのは夕刻で、もう陽はとっくに落ちていた。
リース国の王は名をリオンといい、まだ年若いようだったが落ち着きのある青年で、シリウス一行を快く受け入れた。


「シリウスの王女様は噂以上にお美しいですね。お会いできて光栄です」
柔和に微笑む姿に、シンは何故かトワを思い描いた。
「一国の王族が僅かな兵士と共に船旅とは、色々事情がおありでしょう。協力できることがあれば何でも言って下さい。」
玉座から離れ、わざわざシリウス一行の側までやってきて、リオンは随分友好的に声をかける。
「ただしリース国王として民を危険に巻き込めない事だけはご理解ください」
リカー王によるシリウス王族の誘拐事件は各国に既に伝わっている。その裏にモルドー帝国が絡んでいることは公にされていないが、帝国に近いリースはモルドーの動きには敏感で、すでに情報を掴んでいた。表だってシリウスを助けることは帝国の反感を買う。


「馬車一台と馬を数頭お貸しいただければ、私達はリースを速やかに出国しシリウスへと戻ります。巻き込むつもりはありません」
シンは冷静かつ有無を言わさぬつもりで告げる。
「そうですね…わかりました。もう陽が落ちています。移動は厳しいでしょう。部屋を用意しましたので今夜は休んでいってください」
思わぬ申し出にナギはシンを見る。
寡黙な近衛兵長は腕っぷしは誰にも劣らないが、こういった交渉事は苦手だった。
「有難いお心遣い傷み入ります。お言葉に甘えて休ませていただきましょう。明朝には出立致します」
シンは慇懃に礼を述べた。


国賓室へと通され、船旅に疲れた身体を皆休める。近衛兵達も慣れない船での移動に疲弊したようだった。
シンは調べたいことがあった為、リオンの許可を得て公に開放されている書庫を借りた。
さっさと一人、姿を消したシンを見て、王女が小さくため息をついたのをナギは見逃さなかった。
近衛兵や王族達と馴染まぬようにシンはいつでも一定の距離を保って行動しているようだった。

「あの…ナギさん。私もシン先生の所で勉強しても宜しいでしょうか?」
「今は非常事態です。なるべく別行動は控えたほうがいいかと」
「そう、ですよね…。すみません。我儘をいって」
国賓室のドアの前で警備をしていたナギを掴まえて、王女は残念そうに俯いた。

「勉強がしたいのですか?」
国賓室までわざわざ足を運び、従者を連れたリオンが王女に声をかけた。
「え?ええ…中でじっとしているのが落ち着かなくて。私、もうすぐ入学試験を受けるので」
「へえ!どこかに留学されるのですか?」
「はい。合格できたら、ですけど。あ、でもシン先生に見ていただいてますので、もう少し頑張れば望みはあるかと思ってるんです」
「素晴らしいですね。お美しいだけでなく聡明とは。書庫まで僕が案内しますよ。いいですよね?近衛兵さん」
一国の皇帝に案内するとまで言われれば、ナギには駄目だとは言えない。
「書庫まで同行します」
そう答えるのが精いっぱいだったが、
「私は大丈夫ですので、ナギさんは弟と母のことを宜しくお願いします」
王女の笑みと言葉で拒否を受けた。

リースが敵国ではないとしても気は抜けない。
次期継承者の王子がいる場所が、本来は近衛兵長のナギが守るべき場所だった。王女についていくと言ったのは私的感情が含まれる自覚はあった。ナギは拳を握りしめた。
「でしたら彼を同行させます」
ドアの前にもう一人立っていたシリウス兵にナギは声を掛けた。






ふかふかの絨毯が引かれた廊下をリオンと王女が並んで歩き、その後ろをリオンの従者とシリウスの近衛兵が歩く。

「あの、色々と有難うございます」

王女は若き王に遠慮がちに礼を述べた。

「いいえ。僕は何も。君はすぐに故郷に帰りたいだろうが、我が国は山も多く夜の移動は危険なんですよ。だが僕にとっては嬉しいことかな。君に少しでも長くココに居て欲しいと思ってしまってるんだから」

さらりと言ってのけたリオンに、王女は目を見張る。

「リースのような小国が平和で居る為には、他国との友好な外交が重要なんだ。母上のおかげで至らない僕が王となっても今は上手くいっている。けれど将来的に、シリウスとリース、いや君と僕がもっと仲良くなれれば独裁国家に抵抗できるだけの強固な国になれる、と思わないかな?」

何てことは無い。
リースの王が提案しているのはシリウスとの同盟、すなわち王女との婚姻。
鈍い王女もリオンが言わんとしている事は理解できた。

「何より僕が、君に強く惹かれているんだ」

リオンがそう告げたところで、ガチャンと奥のドアが開き、シンが姿を見せた。

「調べ物は捗りましたか?」

リオンは余裕たっぷりな様子でシンに微笑みかけた。

「そうだ。先生にも祝福していただけると嬉しいな。シリウス国とリース国のこれからについて」
「…」
シンは王女にチラリと視線をやる。
間の悪い事に、君に惹かれているというリース王の言葉はシンの耳にちょうど届いてしまった。

王女は何かを言いたげにシンを見つめた。

「リースは歴史ある国です。国土は狭まっているが、モルドー、レギオ両国の良い所だけを凝縮したような産業技術も保持し、民度が高い。将来性がある国と言えます。リカー国と婚姻を結ぶよりも数倍有益でしょう」

シンは一気に喋った。
そうでもしないと己の言葉に感情を乗せてしまいそうだった。

「そう…ですね」

王女は苦しげに答える。

「返事は急ぎません。貴女の留学中は婚約と言う形でもいい。僕との未来を真剣に考えてくれませんか?きっと両国にとって幸せな結びつきになる」

「…はい。そうですね」

王女はリース王に向けて笑顔を作った。
一国の王から求婚を受け、無暗に拒否するのは王女として良い対応ではないとシンに言われたことを思い出したからだった。
毎日のレッスンが役立ったと王女は必死に信じていたが、その笑顔がグニャリと歪んだものだったことにシンの指摘が入ることはなかった。






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