Novel

□シリウス国の家庭教師とプリンセス
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「お前…何者だ」
ナギが険しい顔でシンを睨む。
場の空気が冷えたものになるが、王女の小さなクシャミで和らいだ。

ナギは自分の上着を脱ぎ王女の肩にかける。
「とりあえず王女の着替えが優先だ。妙な真似はするなよ」
シンを信用しきっていない様子のナギは王女を庇うように立つ。
「あのっ…し、シン先生も濡れてるので、私は大丈夫ですから、先生こそ着替えてください。クローゼットに男性物のお洋服もありましたので」
王女は濡れ髪のままの家庭教師へと視線を注ぐ。自分のドレスの裾がびりびりに破けていることも気にせずに―
ナギは思わず不躾な視線を王女へと向けてしまった。王女をずっと見守ってきた王宮きっての近衛兵は、抑えてきた深い恋心ゆえに、王女の微妙な感情の変化さえ気づいてしまう。

「今舵をとっている男を見張っておけ。着替えてからすぐに俺が船を動かす」
シンは王女から向けられた視線を意にも介さず、テキパキとシリウス兵たちに指示を出している。
「王妃と王子がお休みになっている部屋へご案内します」
ナギはそっと王女を促した。
「はい。有難うございます、ナギさん」
自分の身なりに構いもせず、陽だまりのように微笑む王女を見て、自分の命に代えても守りたい、とナギは強く思った。











濡れた服を着替え、身体を温めたシンは舵を執っていた。
「シン先生。ナギさんがサンドイッチを作ってくださったので、どうぞ」
王女は舵をとるシンの側へと近づく。
「あの近衛兵が?」
「はい。ナギさんはお料理が得意なんです。母も弟も目覚めたので、王族が口にするものはリカーのメイドに任せる訳にはいかないから俺が作る、とおっしゃって下さって」

「そうですか」
シンは興味もなさそうに日も沈んだ前方の海を見つめると、サンドイッチを一つ手に取る。
王女はカップに入ったホットワインを律儀に持ったままだ。それもシンに勧めるつもりらしい。
「あのリカーの男の人は何をされているのですか?」
「あれは見張りと、錘のついた紐を海中にたらして水深を図っているんです。主に座礁を防ぐためです。今夜は星も出て航路も問題ないが、夜に船を進めるのは危険を伴うので注意力と経験が必要なんです」
「シン先生は船に乗ったことがおありなんですね。海図もお詳しいようですし」
「ええ。帝国学院を出た後、育った孤児院には戻らず、しばらく旅をしていましたから」
孤児院、という言葉に王女は戸惑いを見せた。
シンはホットワインを受け取り、再び口にしたサンドイッチを流し込む。

「私のような生まれの者が王女の家庭教師なんてとんでもない、とお思いですか?」
シンはわざと意地悪く言う。
「まさか!そんなことありません!!シン先生はあの学院を主席で卒業なさってるそうですし!博識でとってもわかりやすく教えて下さいますし!すばらしい家庭教師だと思います!」
王女は顔を赤らめながら懸命に答えた。
ふっ、とシンは笑う。
「まぁ、俺の指導を受けて学院に受からないなんてことはないと思うが」
思わず素のつぶやきが漏れる。
「…っ!それは必死で頑張らないと、ですね」
慇懃な態度に垣間見えるシンのくだけた言動に王女は喜びを覚えるようになっていた。
心臓の奥がキュッと撥ねるような、覚えたての感情に『恋』という名を付けてから、些細な会話ですら王女の膨らむ想いを満たした。


「シン先生。私、まだ胸がドキドキしています。こうして船に乗っていることも、板に登ったことも、それから…こうしてシン先生といることも」
「リカーの馬鹿王が馬鹿で良かったですね」
「あっ!ロイ様大丈夫だったでしょうか?かなり高い場所から落ちて行ったのでお怪我ないといいんですが」
「ああいう輩は殺しても死なないので問題ないでしょう」
シンはサンドイッチをもう一つ手に取り、空になったバスケットを王女へと手渡す。
「もう船内に戻ってください。無事にシリウスへお連れすると約束します。そして、無事に戻ったら…」
シンは言葉の続きを躊躇った。
「戻ったら…?」
王女は高鳴る胸にバスケットを抱えながらシンを見上げる。
視線が絡んだ。
が、すぐにシンは逸らす。

「貴女を学院の試験に合格させ、私はティアラを褒美に受け取り、貴女と会うことはもう無いでしょう」









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