Novel

□シリウス国の家庭教師とプリンセス
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「わかったよ!おい!」
ロイが合図すると、黒ずくめの四人の兵士たちが隣の船から姿を現す。大きな駕籠の四方を支え、その上に王妃と王子は横たわっていた。

「おい、何をしやがった?」
リュウガが低い声でロイに問う。
「ちょっと薬で眠ってもらってるだけだ。眠っている人間は重いからな。精鋭兵と言われるシリウスのお前達でもこれだと運ぶのに苦労するだろう。せっかくの人質を逃がさないためだ」
ロイがニヤリと笑う。
「きたねえ真似を…」
ハヤテが悔しげにつぶやいた。
「生憎このロイ様は汚い真似が得意でな」
「ロイ。お前の心臓にはシンの銃があてがわれている。不利なのはそっちだ。なのにどうして余裕の顔でいる?」
リュウガがロイを訝しげに睨んだ。

その時―

「ご苦労。上出来だ、リカーの王よ」
底冷えするような声が響き、シリウス軍が振り返ると高貴な衣装を身にまとった壮年の見目の良い男が兵士を従えて近づいてきた。
ぞっとするほど怜悧な目をしたその男はゆっくりと前に進み、王女の前で立ち止まる。

「これがシリウスの王女か。まだガキだな」
目の前の男の迫力に、王女はビクッと身を震わせる。
男は王女が抱えていたティアラのケースを眉一つ動かさず感情の読めない瞳で見下ろした。

「それを寄越せ。シリウス国には宝の持ち腐れになる品だ」
男は剣を抜くと、王女に向ける。
ハヤテは二人の間に入り、剣を構えた。
「ウチのお姫様に手を出すんじゃねー」
「ほう…素早い番犬だ。」
男は馬鹿にしたように吐きだすと、剣の切っ先をハヤテへと向け直した。
「オレはティアラなんかに全然興味はねえけど、汚ねえ真似で奪おうって奴らにハイそーですかって渡せねえんだよ。欲しかったら剣でオレに勝ってみろ」

「おいハヤテ。勝手に乱闘すんなよ」
リュウガが窘める。
「あきらかに帝国の偉いヤツって顔してンのにコイツは血の匂いがする。そーとー強いんだろオッサン。腕がなるぜ」
「若造…後悔するなよ」
キンっと鋭い金属音が響き、ハヤテと男の剣がぶつかり合う。
リュウガを覗けばシリウス国で右に出る者はいないと言われるハヤテだが、男のふるう剣は重みがあり速さは互角だが体格差によって踏み込む一太刀の重みに差が出始める。
「剣は苦手なほうなんだがな」
そう言って冷笑すら浮かべる男は息もきらさずハヤテの俊敏な剣を全てかわしていく。
「どうした?口だけの子ザルか?」
「クソッ!ほざいてろ!こっから反撃勝ちすンのがカッコイイんだろ!」
ハヤテはもう一刀剣を抜き、二刀流の構えになる。
二人の激しい剣の攻防にその場にいた皆が視線を奪われていた。
シンの視線は燃えるような瞳をもつハヤテと戦っている男を自然と追う。

(アイツ…誰かに似ている気がする…誰だ?思い出せないが俺は知っている…)

「おい眼帯。よそ見とは余裕だな。オレはティアラはちょっと欲しいけど、それより真珠ちゃんだ。このロイ様を甘く見るなよ?」
ロイはニタリと笑うと服の下からすかさず球を取り出し、それを地面に投げつけた。
途端に辺りは煙に巻かれ、ごほごほと皆が咳き込み始める。

「特製コショウ爆弾だ。真珠ちゃんはいただく!!」
シンが胸元のクラバットでコショウを防いでいる隙を狙って、ロイが王女の腕を勢いよく引っ張った。
「やだっ!…あっ!」
その一瞬、ティアラの入ったケースが船の外へと投げ出される。
「落ちちゃうっ!」
王女はケースを追いかけて必死で手を伸ばした。



「シン…先生」
船の外へと投げ出された王女がかろうじて海へと落ちなかったのは、シンがその腕を掴んだからだ。
「おい眼帯。真珠ちゃんを助けたのは褒めてやるが、今のお前はこのロイ様にされるがままだ。お気に入りの銃を捨てさせた仕返しに全身くすぐりの刑にでもかけてやるか。それとも同じように心臓を狙って撃ってやるか」

「シン先生!私の手を離さないとロイさんに…」
「いいからじっとしてろ。あんなヤツは片手で充分だ。それよりティアラを絶対に落とすな」
「あ…」
王女はケースの柄を握りしめる。
「そ、そうですよね…シン先生はこのティアラのために…」
そこまで言って王女はグッと言葉を呑み、それから決心したように真っ直ぐシンを見た。
「先生…何があってもこのティアラは落としませんから、受けとってください」
「?」

王女は自らシンの手を勢いよく振り払った。
そして海に落ちる瞬間、精一杯の力でティアラを船上に投げ入れる。
ケースは放物線を描き、甲板へとガシャンと大きな音を立てて戻ってきた。
無防備な宝物に気付いたロイがケースに近づいた。

今まさにロイに奪われようとしているティアラと、海へと落ちていく王女。
刹那の選択に─
「チッ…」
シンの身体は迷わず海へと飛び込んでいた。







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