Novel

□シリウス国の家庭教師とプリンセス
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大陸の最南端に位置するリカー国は塩の貿易で栄え、その多くを海を持たないシリウス国に輸出している。このため古くからシリウスとリカーは友好関係を築いてきた。
シリウス国は潤沢な地下資源に恵まれ、それらを周辺国へ提供し交換することで国益を維持していたが、資源の豊富な国の呪いとでもいうべきか、経済や産業の発展は他国に比べて緩やかだった。
両国の王同士の外遊は通例となっていたが、今回の王家揃っての招待は初の試みだった。リカーとの交流を拒み塩が流通しなくなることはシリウス国内に痛手だと判断し、リカー王に特別目をかけられていた王女だけを勉学を建前として残し、王家は出掛けることになっていた。
友好国であり小国のリカーが、まさかここにきて手のひらを翻すとも思わずに─

大陸一の先進国と謳われるモルドー帝国は自国に資源を持たない為かシリウス国とは逆に目覚ましい産業発展を遂げつつあった。
そして近年、他国侵略を繰り返し周辺国を傘下に加えては国土の拡大を遂げ始めたのである。
都市部の目覚ましい繁栄ぶりと、随一と崇められる学院があることもあって、若者の中にはモルドー帝国への進学を夢見る者が増え始めていた。
王女がモルドーに留学を望んでいるのも、海が理由という他に、帝国の技術を自国に取り入れたい想いが強いからである。
帝国は以前から資源豊かなシリウス国に目をつけていたが、シリウスの賢民は王族を中心に結束力も高く、リュウガをはじめとした名だたる猛者も多い。迂闊に手を出さずに遠巻きに狙いを定めていたが、ティアラの存在を知り、ついに痺れをきらして介入してきたのだった。


「これが…海…」
水平線から昇る朝陽を王女は眩しそうに眺めた。
「ああ。ついに海を見れちまったな。でっけぇ…」
ハヤテはその隣で感慨深げに呟いた。

「ゆっくり海を眺めてる時間もねえぞ。あれが交渉の場だな」
リュウガが指差した方向には大船が連なって停泊しており、漆黒のリカーの旗が幾つも掲げられていた。
「あの…私、実はロイ王にお逢いしたことがないんですが、どんな方なんでしょうか?」
王女がリュウガに訊ねた。
「あー。アイツは簡単に言えば…余計なことばっかりしやがるヘタレだ」
「仮にも他国の王をそんな言い方でいーのかよ」
ハヤテが驚いた顔でリュウガを見る。
「会えばわかる」
リュウガが見つめる船を皆黙って険しい顔で見つめる――



「おお〜!会いたかったぞ〜!わが妻よ!」
「きゃっ…」
リカーの若き王は護衛兵を連れたまま船の甲板に置かれた玉座に鎮座していたが、王女を見るなり立ち上がり手を伸ばして抱き締めようとする。
シンは素早く庇うように立ち王女の身体を後方に引き、ハヤテが王女とロイの間に立ちはだかった。

「何だお前達はっ!ああそうか護衛か。このロイ様の妻の守りご苦労だったな。もう下がっていいぞ」
「んなわけねーだろ。このヘタレが」
「り、リュウガっ!お前はシリウス王都から離れていたんじゃなかったのか!?」
ロイはリュウガの顔を見て焦り始めた。

「俺がいちゃマズイってのか?おいロイ。王族を誘拐たぁ今回は随分な真似してくれたじゃねえか」
「ううううるさいっ!おおオレ様はヘタレじゃない!それにちゃんとシリウス王妃と王子はもてなしているっ!未来の我が家族だからな!オレは真珠ちゃん…おっと、第一王女のことだ。このオレが名づけた。一目見た時から海で輝く一粒の真珠のように気高く美しいその姿…をオレのものにするためだ。オレは欲しいものは絶対あきらめない!」

「あの…お願いです。おやめください」
王女が意を決したようすでロイに話しかける。
「ん?想像通り声も可愛らしいな!」
「お母様と弟を解放してくださいませんか?」
「ならオレの妻になることを承諾しろ」
ロイが鋭い目で王女を見た。
「それは出来ません。私はまだ勉学中の身ですので結婚なんて考えておりません」
「ならリカーで勉強すればいい!優秀な教師も存分に与えてやろう!とりあえず婚約という形にしておいてもいい。これはシリウスとリカーにとって有益な婚姻だろう?」
「確かに両国にとって有益かもしれませんが…けれど…」
王女はちらっと一瞬シンの方を見た。
「やはり出来ません!」
きっぱりと言う王女の視線の先をロイは見逃さなかった。

「ん?まさかその男達の中に仲良くしているヤツがいるとはいわないよなぁ?そいつらと違ってこのロイ様は王だ!偉いんだぞ!まさか王女が結婚相手に普通の男を選べないことくらいわかってるだろう?」
「ど…どうしてでですか?」
キッと王女がロイを睨む。
「別に王様じゃなくても……いいじゃないですか」
王女は唇を噛み、呟く。

「いいわけがないことは貴女もおわかりのはずです」
そう言いながらシンは一歩前へと出た。
「シン先生…」
「そんなものは頭の中が花畑な夢見る愚か者の戯言だ。王族は王族同士婚姻を結ぶべきです」

「そんな言い方ねえだろ」
ハヤテがシンを睨む。
「愚かだからそう申し上げたのです」
シンは笑顔を作り、王女を見た。
「一国の王から求婚されているのですよ?返答にはもう少し敬意を示すのが王女として正しい姿なのでは?」
シンの言葉に王女は苦しげな顔になる。
「申し訳っ…ありません」

「おぉ!話がわかるな、そこの眼帯!」
ロイは嬉しそうに頷いた。
「だがオレは冷たくされるのも結構好きだから真珠ちゃんは悪くない!照れているだけだろう!」
「さすがリカー王は懐が大きい。私は王女の家庭教師を務めさせていただいておりますシンと申します。この度はシリウス国に対して特別に手厚い招待状をいただき御礼を申し上げます。」
シンの笑みにロイは気まずい様子で目を泳がせた。
「あ…ああ!オレもちょっと無茶をしたが、それもこれも真珠ちゃんへの愛のせいだ。真珠ちゃんがリカーに残り、このまま妻になってくれるなら人質…いや!王妃と王子は無事に帰ってもらうぞ!」
「あの…お言葉は有難くいただきますが、私はやっぱり…」
王女が口を開きかけ、
「お言葉をいただく?!じゃあ婚姻をOKしてくれるのかっ!?」
ロイがすかさず反応した。

「んなわけねーだろ」
シンの低い声が響き、
カチッ
「へ?」
撃鉄を起こす音がして、いつのまにかロイの間合いにまで入り込んだシンが、ロイの心臓に銃口を向けた。
「なななんの真似だ眼帯!さっきまでオレの味方だっただろ?」
「味方?どこまでメデタイ頭なんだ」
「王族同士の結婚がイイって言っただろ?!」
「シリウス国にとって小国リカーと手を結ぶメリットは少ない。せいぜい塩くらいだ。どうせ婚姻関係を結ぶならもっと有益な国を選ぶ」
「おいおいキャラ変わってるぞ?!」
「それは失礼致しました。王宮勤めに慣れていないもので。…で?冷たく扱われるのは好きなんだろ?」
「それは真珠ちゃん限定だーっ!」

後ろに控えていたロイの護衛達がシンを捕えようとするが、リュウガが制止した。
「その男は寸分の狂いもなくロイの心臓を狙っている。やはりただの家庭教師じゃねえようだな。動かねえほうが利口じゃねえのか?持ってる武器を捨てろ」
「…ちぇっ。お前達、動くなよ。ロイ様の大事な命がかかってるらしいからな」

「おい庭師。コイツの武器を海へ投げておけ」
シンがハヤテに声をかける。
「命令すんなっての!」
ハヤテがブツブツ言いながらもロイの腰に付けられていた銃を抜き、海へと放り投げる。
「あーっ!お気に入りの銃だったのにヒドイことするな金髪!」
「どっちが先にひどいことしてンだよ。裏切った方がわりーだろ」
ハヤテはロイを呆れた顔で見つめた。

リュウガの鋭い声が緊迫したなかに響く。
「さぁ、せっかくのロイの招待だ。こっちも敬意を払わねーとな。王妃と王子をここへ連れてきてもらおうか」




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