Novel

□シリウス国の家庭教師とプリンセス
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シリウス国中心部からリカー国へはひたすら南へ下る。
二つの国の境は馬を飛ばせば一日あれば十分に辿りつける距離にあり、リカーから指定された取引場所は国境を越えてさらに海岸沿いへと南下した場所だった。
海に面しておらず自国に大船を持たないシリウス国はただ陸路を馬で進んでいくしか移動手段はない。

「だから何でお前が●●と馬車なんだよっ」
ハヤテの抗議にシンは当然だと言わんばかりの冷めた口調で答えた。
「移動中も時間を無駄にしないよう、●●様には勉強していただきます」
「えっ?!」
王女は驚きの声をあげるが、シンは表情を変えず告げる。
「私は貴女が合格するために雇われた家庭教師ですから当然です。それに只の家庭教師は生憎乗馬が得意ではないですので」
自嘲気味にそう言うシンは、実は乗馬の腕も全く問題なかったが、王女と共に運ばれるティアラをじっくり観察する時間を要していた。
馬上にいては、その機会を失うことになる。

「オレだって只の庭師だっつーの!」
ハヤテのツッコミにリュウガが苦笑した。
「まぁハヤテ。お前は剣術大会で馬術も披露して乗馬は慣れたモンだし、いいじゃねえか。それともお前も一緒に馬車で勉強したいのか?」
「げっ。何でオレが」
「シンといったな。一番大事な運びものの側の配置を名乗り出るくらいだ。腕は立つんだろう?ただの家庭教師には見えねえが」
「そうですね」
「ま、そーゆーことだ。ハヤテ。俺達は馬で護衛だな」
リュウガがぽんっと肩に手を置くと、ハヤテは渋々馬に跨った。
「おい、変な真似すんなよ」

(変な真似か。それは王女に対してかティアラに対してなのか)

「ハヤテ…巻き込んでごめんね。一緒に来てくれてありがとう」
王女が馬に跨ったハヤテを見上げ、声をかけると、ハヤテは頬を染めぷいっとそっぽを向く。
「別に。お前になんかあったら、俺が手入れした庭を見にくるヤツが減るし。オヤジもうるせーだろうし。一緒に行けっつーソウシさんにも逆らえねーしな」
「ふふ。昔注射されそうになってから、ハヤテはソウシが苦手だよね」
「ばっ!おま、今それゆーなよ!」
ハヤテはバツが悪そうにキョロキョロと回りを見回し大きな声を出す。
真横にいたシンがちらりと冷えた目でハヤテを見る。
「おい、何馬鹿にした目で見てんだよ」
「へえ…注射がね」
「うるせー!ガキの頃の話だからな!今は注射の一本や二十本なんでもねーよ!つーかお前、わざとらしく丁寧な話し方してっけど、ネコかぶってんじゃねえの?絶対性格悪いよな?」
「私の性格がどうであろうとあなたに関係ありませんが」
「関係ねーけどムカつくんだよ」
「その点は気が合いそうですね」
「おいおい、お前ら。今からちょっとした長旅だってのに揉めるんじゃねえよ。」
ハヤテとシンの睨みあいに、リュウガが仲裁に入る。

「リュウガ団長、宜しくお願いします」
王女は続けてリュウガへ頭を下げた。
「おいおい、顔をあげろって。困ったときはいつでも俺を頼りゃあいいって言ってただろ?心配すんな。俺がきっちり守ってやるから」
「はいっ!ありがとうございます!」
「がっはっは!ま、リカー国は美味い酒が名物だって噂だ。たんまり土産でも持って帰るとするか」
まるで今から観光旅行にでも出発するかのようにリュウガは豪快に笑った。
その姿は周りの者の不安を拭い、彼がいれば大丈夫だと思わせる。腕が確かなだけでなく、そこに居るだけで成功への希望が生まれる。その存在感がリュウガが諸国一の兵士と言われる所以だった。
出発の刻は近づき、付き従う御者がドアを開け、馬車は馬の嘶きと共に夜深い闇のなか、静かにシリウス国を出発した。





緩やかに馬車が揺れ、王女はシンが口頭で出す問題を解いていく。
「シン先生、腕は大丈夫ですか?」
王女は答の合間にシンに尋ねた。
「かすり傷です。それより問題に集中してください」
「…本当に勉強なんですね」
王女が呟くと、
「何を期待されていたのですか?」
シンはゆったりと笑む。
「きき期待なんてっ…!」
「勉強以外をご所望ですか?」
「…っ」
王女が赤くなると、シンは可笑しげにクスリと笑った。

「冗談です。初めて国外へ行く気分はどうですか?海も見れるでしょう。貴女が望まない旅となってしまったようですが」
「そうですね。初めての国外はもっと楽しい気分で行きたいと思っていましたが、お母様や弟の事、シリウス国の事を考えると楽しいだけの気分ではいられません」
王女はふと脇に置かれたティアラを見つめる。
シンはその視線を追い、同じようにティアラを見つめ、呟いた。

「不吉な宝だと思いませんか?」
「え?」
王女はシンの言葉に驚いたように声をあげる。
「そのティアラを所有した国は他国に攻め込まれる運命なのかもしれませんね。かつてそれを所有していた民族のように」
「まさか」
そう言った王女の声は少し震えた。
「シン先生はそういった伝説や迷信に詳しいのですか?」
「いえ。迷信などではありません。ティアラの中心に埋め込まれた漆黒の石。それはウラルといって、たったひとかけらで膨大なエネルギーを生みます。それだけ大きなものだと国家予算を潤すのに数百年使っても釣りがくる…」
言った後、シンは自分でも信じ難かった。

(時間をかけて調べてきた情報を俺は何をベラベラと教えてやってるんだ…)

「え?!そんな大変なものなんですか?」
王女はごくりと喉を鳴らした。
「だからリカーもモルドーも欲しがるんでしょう。ただ、この石はティアラに固定され簡単には外せないようになっている。無理に外そうとすれば石が粉々に割れる仕組みだ。割れたものにもそれなりに価値はあるが、すぐに変色や腐食が起こるため保有が難しい。」
「…シン先生?どうしてそんなに詳しいんですか?」
「私がこれを欲している人間だから、と言えばどうしますか?」
シンの妖しい笑みに、王女は身を固くした。

「シン先生が…?あの…」
王女はごくりと喉を鳴らした。
「貴女にこうして勉強を教えているのも、リカーへの同行に従っているのも全部このティアラの為だとしたら?」

(温室育ちのお姫様は何て答えるだろうな)

シンは悪戯心に王女を惑わそうとする。
少し考え込んだあと、
「でしたら、差し上げます」
王女は毅然とした態度で言いきった。
その答えにシンは眉をひそめ、思わず素で返す。

「それは俺に惚れているからか?」
「ほ、惚れ?!…いいいいやそのっ…えっ?!シン先生?」
シンの雰囲気が急に変わったことと、突然投げられた言葉に王女は慌てた。

「俺のことを考えると胸が苦しくなるんだろう?それにこうして俺が触れると…嬉しいと思うんだろう?」
シンが腕を伸ばし、手の甲で王女の頬に触れると、ぴくっと王女は身を震わせ反応する。

「…そっか。私はシン先生のことが…」
何かがストンと落ち着いたように、王女は頷いた。
そして一気に頬を染め、潤んだ瞳でシンをみつめる。
「これが恋なんですね…」
王女の呟きにシンは王女の腕を引き、腰を引き寄せた。




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