Novel

□シリウス国の家庭教師とプリンセス
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「ご紹介が遅れましたが、こちらは王女様の家庭教師をお任せしているシン先生です」
このタイミングで執事はシンを王へ紹介した。
「…お目にかかれて光栄です」
シンは余所行きの顔で王へとお辞儀をする。
「とても優秀な先生だと王女やソウシからきいている」
「お褒めにあずかり恐縮です」
「王様。リュウガ団長とハヤテ。そしてシン先生にリカー国へ向かう●●様の同行をお願いしたいと思います」
突然のソウシの言葉にシンは驚きを隠せない様子で改めて彼を見る。

「リカーへって…ソウシさん。オレ庭師だけど」
シンと同じく驚きの表情を浮かべたハヤテの言葉にソウシはゆったりと微笑む。
「あなたの剣の腕前はシリウス兵士の選りすぐりの者でもかなう者はいないと誰もが認めています」
「ま、まーな」
ソウシに褒められ、まんざらでもない様子でハヤテは頷いた。

「国境への見廻りでちょっと俺が留守にしていた間に、リカーが随分な真似をしてくれたようだな」
リュウガが顎髭を撫でながら険しい顔になる。
護衛団長であり、すべての兵士を纏める長である彼は、たった一人で一国の城を落としたことがあると言われているほど他国でもその名は有名で、周囲の国からも怖れられている。
本来はシリウスの城と王を守る立場にあるが、時折国境付近へ遠征して雄姿を見せることで自国兵を鼓舞し、国境の守りを強固する。また同時に他国への牽制となっていた。
今回の王族の拉致は、彼が国から離れていた際を狙ったかのように起こってしまった。
「リュウガが付いていくのであれば心強いが…」
王は決断を躊躇っていたが、リュウガの登場で心を動かしはじめる。
「あっちには今、シリウス精鋭兵が指令を待つ状態で王妃と王子の側を守っている。俺が合流し、人質さえ何とかすればリカーとどっかの国の付け焼刃の連合部隊なんてたいしたことはねえ」
リュウガの言葉は力強く、王は納得し始めたようだった。

シンが執事の無茶な決定にどうすべきか思案していると、
「リカーとの交渉にシン先生のお力も必要なのです」
ソウシは改めて王に伝える。
王は頷いた。
「王妃と王子の奪還に成功した暁には三名にそれぞれ望みのものを与えよう」

(望みのもの…?)

シンは形の良い唇を引き結び、しばらく黙り込んだ。
そして答えを導き出す。

(ウルのティアラをモルドー帝国やリカーに渡すわけにはいかない。それどころか混乱に乗じて俺が手に入れるチャンスだ。成功させて報酬はティアラを望むという手もある)

「俺は美酒と美女があれば望みっつったってなぁ」
リュウガが苦笑いすると、ハヤテはチラリと王女をみる。
「オレは…まあ王妃様や王子とは昔から良くしてもらってるし…腕試しっつーか。●●を守るっていうなら問題ねー」
「私でお力になれるのであればご協力致します」
続いてシンの声が響いた。






灯りの落とされた医務室でシンは眠るトワの傍らに立つ。
身体じゅうに傷を負ったその姿は痛々しく、シンは声をかけるのを躊躇われた。
「シン…さん?」
トワが目覚め、シンに気付く。
「起こしたか?ひどい怪我だな」
「はは…情けないです。僕がもっと強かったら…王妃様や王子様も御守りできた…のに」
その声に力はなく、トワの目から涙がこぼれた。
「あれ?シンさんも…怪我してるんですか?」
トワがシンの腕に巻かれた包帯に目を止めた。
「ああ。ちょっとな。たいしたことはない」
「珍しいですね…大丈夫です…か?」
「大怪我してるお前に心配されるほどじゃねーよ。…トワ、俺は王女と一緒にリカーへ行くことになった。今夜出発だ。」
「シンさんが…?王女様も…?」
「ああ。護衛団長リュウガとハヤテも同行する。あっちの出した条件が王女だった。リカーへの交渉…いや、交渉するまでもない。人質の奪還が目的だ」
シンはティアラのことには触れず、トワに伝える。
「俺は家庭教師だってのに、この王宮は人使いが荒い」
トワは瞳を閉じ、安心したように微笑んだ。
「そう…ですか。シンさんと…お二人…が王女様についていって下さるなら…安心ですね。リカーには…王妃様の側にナギさんも残ってますし…」

「お前はゆっくり休め。じゃあな」
それだけ言ってシンが離れようとすると、
「シンさん、僕を安心させるために…わざわざ言いに来てくれたんですね…」
トワがほほ笑む。
「フン、お前が無様に怪我した姿を拝みにきただけだ」
「以前木刀でシンさんに稽古つけてもらったことがあったけど勝てたことはなかったな…」
トワが懐かしげにつぶやいた。
「当然だ。お前は真っ向から挑みすぎる。動きが読みやすい。たまには汚い手でも使って勝つことを考えるべきだな」
「手段選ばずか…。シンさんの口癖でしたね。僕は苦手だけど…」
「まあ俺はどんな手を使われようが負ける気はないが」
「はは…シンさんらしいや」

シンは短くトワに別れを告げ、医務室を出ようとすると、入れ替わりで医師と二人の看護婦が入ってくる。
すれ違ったシンに看護婦たちはほうっと見惚れたように視線を送った。
「君の包帯を取り換え傷を診るぞ。さきほどの彼の傷も後で軟膏を渡さねばならんな」
医師はああ忙しいと言いながらトワの側まで来た。
「先生。シンさんはどうして怪我を…?」
「ん?先ほどの男か?王女様を庇って宝物庫にあったデッカイ鎧の剣でザクッとな」
「…そうですか」
「さぁ、包帯を取って沁みる薬を塗るぞ」
「い、痛くしないで下さいね。僕、痛いの嫌いなんで…」
「何言っとるか。酷くなりたくなければ我慢しろ。さっきの男は錆びた剣で作った傷に特別沁みる薬を塗らねばならんかったが顔色一つ変えんかったぞ」
「だってシンさんですからね」
一人残されたトワは自分で動かすことも出来ないほど傷ついた身体と反して、温かい気持ちで瞳を閉じる。
「王女様を庇って、か。はは…やっぱりシンさん…らしいや。ならきっと、任せても大丈夫なんですよね…シンさん」






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