Novel

□シリウス国の家庭教師とプリンセス
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ソウシは王女と一緒にシンがいたことに少し驚いた表情を浮かべるが、すぐに冷静さを取り戻しシンに向き直る。
「…貴方も一緒に来て下さいますか?シン先生」
ソウシの有無を言わさない表情にシンは悪い予感がしたが、王女を勝手に連れ出していたという後ろめたさもあり、断る理由も見つけられず、仕方なくソウシに従ったほうが賢明だと判断する。


謁見の間の玉座には、蒼白な顔の王が側近に支えられ、ぐったりとした様子で座っている。
普段の姿からは想像つかないほどのその憔悴ぶりから、彼にとって最も恐れていた事態が起きているとシンは悟った。

「…お父様。リカー国に向かわれていたのではないのですか?」
緊迫した空気に王女は震える声で訊ねた。
王が頷くと、脇に控えていたソウシが前へ出る。
「畏れながら私からご報告申し上げます。王妃と王子が…リカー国の手の者によって連れ去られ、幽閉されているとのことです」
「…!」
王は頭を抱え、王女は信じられないといった顔でソウシを見る。

(リカー国か。たいしたことのない小国だが、王のロイは変わり者で小賢しいと聞いたことがある)

例えこれがシリウス国最大の危機だとしても、シンは家庭教師の自分が何故この場にいなければならないのか理解し難かった。

「リカー国とは友好国のはずではなかったのですか?」
王女の問いに執事は残念そうに答える。
「ええ、今までは距離を保ち目立った紛争も起こっていません。ですから今回の外遊は多数の兵士は連れておらず、主だった護衛のみで出立したことを逆手にとられ、数で制圧されたようです。王妃と王子には精鋭の近衛兵がついており無事であることは確かですが、奪還には至らなかったと聞いています。王だけは護衛隊やトワが御守りし、シリウス国まで何とか帰還できたと」

(そのトワの姿が見当たらないが…)

シンはヒヤリとした気分であたりを見廻した。
察してか、ソウシは説明を続ける。

「トワは敵兵と戦った折に傷を負い、今は絶対安静です」
王女のことを頼みましたよと呑気にオムライスを食べていたトワを思い出し、シンはぐっと手に力が入る。
「リカー国国境で出迎えの準備を終え、王が到着した直後に軍に囲まれたそうです。さきほどリカーから手紙が届き、それには王妃と王子の解放の交換条件が書かれていました」
執事は冷静に読み上げる。

(条件か。リカー国の植民地にでもなれというつもりか…?)

その場の全員がソウシの言葉を待った。

「明後日までにウルのティアラとシリウス国の王女をリカー国に差し出す事」

(…何だと?)

シンは耳を疑う。
王は重々しく口を開き、王女を見つめる。

「●●…ティアラをリカー国に渡すことに全く問題は無い。どんな宝も私にとってお前達以上のものではない。だが…お前も条件に含まれている。…これでは二人を取り戻すにはリカー国との戦争は免れないだろう…」
「そんな!お父様…争い事なんて絶対にいけません。そんなの…お母様も弟も望まないでしょう」
王女は凛とした声で言う。

「…なぜウルのティアラが…」
思わずシンが呟くと、
「今回の件、リカー国の背後にはモルドー帝国が絡んでいるかもしれません。あの国はウルのティアラを喉から手が出る程欲しがっていると聞いたことがありますので」
ソウシの情報は確かだった。
気位の高いモルドー帝国が小国リカーと手を結ぶとは考え難いことだったが、シリウス国の精鋭兵を抑え込む力はリカーには無い。
リカー単独の反旗とは思えず、おそらく裏にはリカーの王をそそのかした誰かがいるだろうとシンもソウシも考えていた。

「リカー国の王が一度この国を訪問された際に●●様に一目ぼれをされたらしく、是非縁談をと以前からしつこかったのです。お断り続けておりましたから、今回の行動に及んだかと」
「え、縁談っ?!」
ソウシの話に王女が目を丸くする。
王はしぶしぶ口を開く。
「まだお前の耳に入れるつもりはなかったのだ。世界中の国から縁談の話は来ている。だからいずれはその中からお前の気持ちを聞いて嫁ぎ先は選ぶべきだと思っていた」

(へえ…娘の意向を聞いてやるとは、どこまで本気か解らないが…この父にして娘ありか。随分『お人よし』だな)

シンは珍しいものをみる気持ちで王を眺める。

(だからリカーに出し抜かれるようなマヌケな事態になってるんだろうな)

「…お父様。私、リカー国へ行きます」
突然王女の声が響いた。
「それは…ならん。お前まで失うことになる。他の手段で捕まった者を取り戻す方法を考える」
王が首を振るが、王女は確固たる決意を含んだ表情で言う。

「もちろんリカー国に嫁ぐつもりはありません。私には縁談なんてまだ早いと思いますし、それに…」
王女はちらりとシンの方を見てから続ける。
「私は帝国学院の試験を受けると言う目標があるんです!ですからリカー国に行って、あちらの王様にわかっていただけるように説得してきます」

(…バカか。話してわかる相手じゃないから誘拐されているんだろうが。どれだけ世間知らずなんだ)

シンはため息をつくが、ソウシが思わぬことを言い始める。
「●●様。危険を承知で向かわれるというのですか?」
「ええ。リカー国と戦争なんて民の為にも絶対にあってはなりません。あちらは私を条件にされているのでしょう?ですから私が行かなければ交渉もできないんですよね?」
「…王様。お辛いでしょうが、私からも王女がリカー国と交渉を行うことを進言します」
「ソウシ。お前まで何を」
「他国がこの機会にシリウスを狙ってくるかもしれません。総出でリカーに向かうわけにもいかず、私と護衛隊はここに残り、城と王をお守りしなければなりません。ですから…●●様をお守りすることが出来る、今回の交渉と人質の奪還に最も相応しい人物を揃えています」
執事が険しい表情で言うと、後方から二人の男が顔を出す。


「いって!だから何でオレが」
「まー、そーゆーなってハヤテ。俺はお前の腕を買ってるんだからな!」
そこにはシリウス国護衛隊長のリュウガと庭師ハヤテが立っていた。




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