Novel

□シリウス国の家庭教師とプリンセス
8ページ/20ページ


「とっても美しくて…なのにどこか物悲しいティアラだと思いませんか?」
王女は慈しむようにケースをそっと撫でた。

「…そのティアラを所持していた王族は他国の侵略を受け、全てを奪われ、国を失い、民も世界中に散り散りになった。だからそう感じるんでしょうね」
「シン先生。よくご存じなんですね」
王女は驚いてシンを見る。
「そう古くもない歴史です」
シンの物憂げな瞳にそれ以上は何も聞けず、王女は再びティアラを見つめる。
「先生。ほら、ティアラの横に小さな穴があるんです。この穴は何なんでしょうね?ここだけ石が取れたのかしら」
王女の指差した部分には僅かな穴があった。銀装飾で縁取られたその部分は何かが欠けた印象をあたえる。
シンはしばらくティアラを見たまま黙りこんだ。

「シン先生は気になる作品がありますか?」
王女は場を和ませようと屈託ない笑顔でシンに声をかける。
「そうですね。この剣なんて隣国独特の装飾で…」
シンがティアラから話を逸らそうと近くにあった剣の鞘の装飾について話し出すと、
「きゃっ…」
王女の身体が突然よろけ、シンは咄嗟に支える。
「す、すみません。足元が暗くて裾を踏んでしまったみたいで」
シンの両腕にしがみつく形になり、王女はハッとして小さな悲鳴をあげ、慌てて後ずさる。
「ごごめんなさいっ!私ったら…!」
あまりに勢いよく下がったため、脇にあった鎧にドンッとぶつかった。
「おい。あぶな…っつ!」
ガシャンと大きな音をたて2メートル近い金属製の鎧が倒れ、鎧の手に飾られていた剣がシンの腕をかすめた。
シンの服は僅かに避け、うっすらと血が滲む。剣というには古く錆びついた塊だったが、だからこそ斬れない剣は鈍い痛みをシンの肌に与えた。

「シン…先生!血が…!!ど、どうしようっ…すぐに手当てをしなきゃっ…」
王女が真っ青な顔になる。
「騒ぐな。かすり傷だ。放っておけば治…」
シンが言いかけると、
「ダメです!傷口が膿んでしまっては大変なんですから!」
有無を言わさない様子で王女はそばにあった呼鈴を鳴らす。
王族が裏からここに入った際に用があれば護衛に知らせる呼鈴だった。
勢いよくドアが開き、警備の兵士達が庫内へと入ってくる。

「す、すみません!鎧が倒れて私を庇ってシン先生が怪我をされました!お医者様を呼んできてくださいますか?!」
兵士たちは王女の必死な様子に驚いたように目を見張る。
「わ、わかりました。すぐにお呼びします!」
さすがに訓練された兵達は状況を咄嗟に判断し、一人がすぐに出ていく。もう一人はシンの傍まで駆け寄ってきた。

腕に鈍い痺れはあるが、動かせないほどではない。シンは兵士と王女に大げさに心配され取り囲まれている状況を居心地悪く感じながらも、最大限に情報を得ようと、警備兵の様子を眺める。

(意外と宝物庫の見張り人数は少ない。鎧が倒れるまで王女との会話が漏れていなかったことを考えても、王女が持っているあの鍵さえあれば、いつでもティアラは運び出せる環境にあるとみていい)

シンは瞳の端でティアラを捕え、近いうちに手に入れてやると心に誓う。

数分後に医者はすぐにやってきて、シンは手厚く手当をされた。
「ったく、大した事ないってのに」
シンは小さく呟き、ふと王女の方を見ると、瞳を潤ませ今にも泣きそうな顔でシンを見つめている。
「…何を泣きそうになっているんです?」
「ごめんなさいっ。私を庇ったせいでシン先生が怪我をしてしまって…」
零れそうになる涙を堪えようとしてか、王女は顔をくしゃっと歪ませる。

(馬鹿か。お前に何かあったら俺が責任を問われるだろーが)

シンは心で毒づいたが、咄嗟に庇った時にはそんな責任問題のことなど全く考えていなかった。
だがそれを認めることを躊躇われて、わざと言い聞かせるように心に浮かべたのだ。
「●●様。こういう場合は、『ごめん』ではなく別の言葉のほうがふさわしいと思いますが?」
シンが溜息をついてから言うと、王女はハッとした顔になって、それから涙を浮かべて笑う。
「シン先生。助けていただいて、ありがとうございます」
素直にそう言い直し、微笑む目の前の女に、シンは思わず手を伸ばしそうになって、すぐに引っ込める。

(俺は今、何をしようと…いや。この女を庇ったんじゃない。ティアラの為に恩を売れてラッキーだったと、そう思えばいいだけだろう?)

シンは指にぎゅっと力を入れた。

シンが黙り込んだことで王女は不安げにシンの顔を覗き込んだ。
「痛むんですか?」
「いや…。トワに鍵を押しつけられたので今週は王宮に滞在します。後で課題を届けておきますので明日の授業までには仕上げて置いてください」
シンは落ち着き払った声で言い、宝物庫を出ていこうとした。

「●●様!!王が急遽リカー国から戻られ、貴女をお呼びです。すぐにご支度下さい!」
執事のソウシが駆け寄ってくる。
予定より早すぎる王の帰還と、ソウシの只ならぬ様子から、何か大変な問題が起きたのだと、シンはすぐに悟った。







次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ