Novel

□シリウス国の家庭教師とプリンセス
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「休み…?」
「ええ。申し訳ありませんが本日は●●様の体調が優れない為、レッスンをお休みとさせていただきます」
いつも通りの時間に王女の勉強部屋までやってきたシンを待っていたのはソウシの困り果てた顔だった。

「手紙を届けさせたのですが行き違いになってしまい、御足労いただいたのに申し訳ありません」
執事は完璧な角度で頭を下げる。
「それは問題ありませんが、体調が優れないというのはいつから?」

(確かにあの後ボーッとしていたが…たいしたことはしてないはずだ)

「昨日夕刻から身体がおかしいとおっしゃって部屋に籠られています。医者の診立てではどこか問題がある訳ではないようなのですが…私でさえお側に置いていただけない状況です」
「そうですか。トワから部屋の鍵を受け取りました。今週いっぱいはこちらに滞在するつもりですので、もし王女様がレッスンを受けるとのことでしたらいつでもお呼びください」
「かしこまりました。ありがとうございます」
執事は再び丁寧に頭をさげる。
いつもの余裕あるソウシと違い、王女が自分すら近づけないということが余程ショックなのか暗い表情を浮かべていた。

シンは勉強部屋の前を離れ、中庭へ向かう。
勉強部屋から屋根つきの渡り廊下を挟んで隣接する豪華な白い建物の2階。王女の寝室がある塔だ。

(俺のせいか…?)

シンは中庭のベンチに腰掛け、王女の部屋の窓を見る。
「気になるわけじゃない。俺のせいだったら面倒なだけだ」
独り言をつぶやき、シンは持っていた紙を折り始める。
紙飛行機の姿になったそれは、空を舞い王女の部屋の窓枠へとコンッと小さな音を立てて着陸する。

(気付くとも限らない。あの庭師みたいなことをして俺もどうかしてる)

その場からシンが立ち去ろうとした時、王女の部屋の窓が開いた。
整えられたドレスではなく、寝着姿の王女はどこかほんのりと顔が赤く熱に浮かされたようで、妙な色香を纏っていた。
紙飛行機の主を探そうとキョロキョロとあたりを見回し、シンの姿を見つけると、パッと窓から姿を隠す。

(やはり避けられているのか。これはクビかもな…)

シンは王女の部屋の下まで移動し、声をかける。
「体調が優れないとお聞きしました。後で貴女の執事に課題と模擬試験問題を預けておきます。私の顔を見るのも嫌かもしれませんが、合格したいのであれば間接的にでも授業は続けて下さい。では、お大事に」

それだけ言ってシンが立ち去ろうとすると、
「ま、待って下さい!」
王女が再び窓から顔をだして声をあげる。

「シン先生。待って…きゃっ、わ、私…こんな恰好だから」
王女は窓の端に身体を隠して顔をちょこんと覗かせる。
「こんな恰好?」
「部屋着なんですもの…」
王女の思いがけない可愛らしい態度にシンはふっと顔を綻ばせた。

「そうですね。滅多に見られる姿ではありませんね。あの執事くらいしか知らないんでしょう?貴女のそんな姿は」
シンは僅かな嫉妬心から自分の言葉が嫌味を含んでいることに驚く。

(何を言ってるんだ。まるで俺にも見せろと言っているような…)

「えっと…今シン先生にも見られてしまったので…ソウシだけじゃないですわ」
王女は諦めたように窓から姿を出した。
「シン先生、授業をお休みしてごめんなさい。宿題は終わってるんです…でも…」
「でも?どこが悪いのですか?」
「…ずっと胸が苦しいんです」
「胸が苦しい?」
「ええ。ドキドキしたかと思うとぎゅうっと痛くなったり、ぼうっとしてしまったり、胸もいっぱいで食欲もなくて…今もとっても苦しくて。お医者様にもソウシにもなんだか言えないんですけど…きっと私 、何か胸の病なんだわ」
「お医者様は異常がないとおっしゃってるんでしょう?例えばどういうときに痛むんですか?」
医者でもないが持ち合わせた知識で答えようとシンが訊ねると、王女は顔を赤らめる。
「シン先生。言っても変に思わないですか?」
「ええ。どうして私が変に思うんです?」
「だ、だって…昨日からシン先生のことを考えているとそうなるんですもの」
王女の純朴な瞳に見つめられ、シンはしばらく言葉を失う。

「…」
シンの険しい表情に王女は慌てる。
「あっ…あの、胸が痛いくらいで休むなんて怠けてるとお思いですよね?やはり今から授業を受けたほうがいいですよね!そのっ…すぐ着替えますので勉強部屋で待っ…」
「本日は休みで結構です」
「シン先生…?」
「そのかわり私の行きたいところに付き合ってくださいますか?」
「え?はいっ…どこでしょうか?」
「宝物庫です」



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