Novel

□シリウス国の家庭教師とプリンセス
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シリウス国城下街外れの小さな酒場。
ワインを飲み干してシンは大きな溜息をついた。

「今日はいつも以上にお酒の量が多いわね」
店の女主人はシンに声をかけた。
「お城務めは順調じゃないのかしら?まさかもうクビになるようなことをしたとか?」
「俺がそんなヘマをするわけはない。だが…」
「だが、何?」

(ティアラを手に入れるのに思ったより時間がかかっている。宝物庫にあることはわかったが、もっと早く王宮を離れるつもりだったってのに)

「…何でもない。俺にかまうな」
「あら冷たいのね。色男が悩ましげな顔してると女が色めきたって商売困るんだけど」
女主人は入り口付近にたむろする派手な女達の視線がシンに注がれているのを見て苦笑する。
「あいつらはいつもあそこにいるだろう」
「シンに声かけて欲しいんじゃないの?」
「興味ないな」
「そう。あんたには決めた女がいるとでも言って追い払ってくるわ」
「勝手に…」
「あら。そんな顔してたわよ。誰かのことを執心して考えてるような。お相手は誰か知らないけどね」
「チッ…」
シンはちいさく舌打ちをする。
小さな店だがサバサバとした女主人が美人である事で店は繁盛していた。
レアな酒も多く、料理の味付けも良いことからシンも随分前から夕食はここで済ませることが多かった。

(王女に気に入られることは初めから狙っていたことだ。…計画どおりじゃねーか。あのまま手なずけてティアラを持ってこさせる事だって出来ただろう?なのに…)

シンの脳裏に王女の無垢な顔が浮かぶ。

(俺は何を躊躇った?)

シンは空のグラスを見つめる。

(俺に『触れられるのが嫌じゃない』…か。もしあのまま俺が続けていたらアイツはどんな表情を見せたんだろうか?)

「…って何を考えてる。面倒くさい女は好みじゃないはずだ」
「面倒?ブツブツ言ってどうかしたんですか?シンさん?」
不意に聞き慣れた声がしてシンが振り返ると、トワがにこやかな笑顔を向けて立っていた。

「トワか。お前王宮に住み込んでるんじゃないのか?こんな時間に酒場をうろつくなんてクビにでもなったのか?」
「縁起でもない事言わないでくださいよ。僕は今から仕事でリカー国へ向かう所なんです」
「リカー国?」
「はい。王様の外遊に先駆けてあちらで到着の準備をするんです」
「王がリカー国に?」
「ええ。王様と王妃様、王子様は揃ってリカーへ招かれています。王女様は勉学のため残ることになったとソウシさんから聞きましたけど。」

(運が向いてきた。王家揃っての外遊には近衛兵や騎士団も従事するだろう。動きやすくなる。)

トワは女主人をつかまえて特別メニューのオムライスを注文すると、シンのほうへ向き直った。
「どうせ毎日通ってるんだしシンさんも王宮に住み込めばいいのに。庭園も綺麗で空気も美味しいし小鳥さんも楽しそうですよ」
「俺と鳥を一緒にするな。あの執事からは通いやすいよう手配すると言われているが、色々面倒そうだったからどうしようか考えていたところだ」

(住み込めばティアラを探しやすくはなるが、こうやって自由に酒を飲むこともしづらそうだからな)

「シンさんの素がバレちゃいますもんね!」
「どーゆー意味だ。…そういえばお前、ハヤテって男を知ってるか?庭師だ」
「知ってますよ!王女様の幼馴染で、ものすごく喧嘩が強い方なんです!以前王宮で恰幅の良い男性が突然暴れ出す事件があったんですが、近衛兵のナギさんとハヤテさんが捕まえたらしいです。すごいですよね!」
「へえ。案外王宮の警備も甘いんだな」
「外庭は一般にも公開されているし、シリウス国は国民と王家の距離が近い事も近隣国の間で有名ですからね」

(たしかに俺のように素性の知れない男を家庭教師にして王女と二人きりにさせるくらいだから間が抜けてる王家ともいえる。だがそれだけ抱えている兵士や騎士に優秀な者が多いという自負が強いからかもしれない)

ちょうど運ばれてきた旗つきオムライスをトワは美味しそうに頬張る。
「ところでシンさん。王女様に失礼なことをしてないでしょうね?」
「失礼なことって何だよ」
「シンさんって本当は優しいのにワザと意地悪くする所があるじゃないですか。シンさんに冷たくされて喜んでる変わった女性も結構見てきましたが、王女様はそういうのに慣れてらっしゃらないんだし」

「……してねーよ、多分な」
「多分って、シンさん…今の間は何ですか?」
トワはオムライスのスプーンを置き、シンを真正面から睨む。
「心配しなくても、ちゃんと『優秀な家庭教師』を演じてやってる」
「僕は王女様とお話する機会も少ないしシンさんが羨ましいですよ。今回の外遊で皆さんが出はらってしまうから王女様も心細いでしょうし、シンさんこの一週間だけ王宮に住んだらどうですか?僕の部屋使ってもいいですから。王女様を守ってあげて下さい!シンさんが王宮にいてくれれば僕も安心だし」
トワは鍵を差し出した。

「何で俺が?」
「『優秀な家庭教師』なんですよね!王女様が勉強に集中できる環境を作ることも大事ですよね!」
「トワ、言うようになったじゃないか。だが俺は仕事以外であの女には近づか…」
「さてお腹いっぱいになったし!僕もう行かないと!ここに立ち寄ればシンさんがいるかなと思って無理を言って立ち寄らせてもらったんです。シンさん、王女様のこと頼みましたよ!」
トワは華やかな衣装の裾を翻して慌ただしく去って行った。

トワに渡された鍵を手に、シンは喉に再び酒を流し込み、自分に言い聞かせるように呟いた。
「躊躇うことはない。チャンスじゃねーか…」


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